歌を忘れたカナリヤは

 私はここで頷いていいの?

 この気持ち的にはうれしいだと思う。

 邪魔物の私に、そんな言葉をかけてもらえるなんて思ってもいなかったから。

『ここにいていいよ』なんて、最近親にだって言われてなかった言葉だ。


 いや、違う。

 きっとこれは、断る前提のお誘いなんだ。


 様式美ってやつ。


「義理でしょ?世間体でしょ?だって態々こんな役立たずに声かけないよ」


 自分で言って悲しくなってくる。

 話し出したら、もうこの勢いで行くしかない。


 あれだよね。

 何かの会に誘われて、喜び勇んでいったら呼ばれてなかった。

 で、『真に受けてバカめ』って言われるパターン。

 笑い者ににされるんだけだよ。


 もう、そうなったら笑うしかないよ。

 そう思うよね?


 三人に笑いかける……うまく笑えてる自信は、ない。


「ほら、笑ってよ。馬鹿なやつ、いるよなって。なんて馬鹿な勘違い野郎だなって。おめでたいやつだって。自意識過剰なんじゃない?って……っ、お前なんて……呼んでないって!!」


 珍しく感情が溢れ出す。

 声を荒らげて言いきれば、オッサン組に何故か悲しそうな顔をされ、隣にいた侍女さんたちが動いた気配を感じる。


 そしてスッとハンカチを差し出された。

 気づかぬうちに泣いていたらしい。

 自分の言った言葉で傷付いているなんて、何て面倒臭いやつなんだ。

 無言で受けとり、涙を拭う。


 私は静に泣く方なのでしばらくは、私のたまに鼻をすする音だけが部屋の中に響く。

 みんな、静観している。


 勝手に怒鳴って、勝手に泣いて、困らせるやつの対応なんてめんどくさいにも程がある。


 しかし、わかっていても泣き止めない。

 直ぐに泣き止めると高を括っていたが、なかなか涙が止まらない。

 いつまでも泣いている何て恥ずかしい、そう思っているのに涙は次から次へと溢れてくる。


 何時もなら直ぐ、泣き止めるのに。

 それどころか涙なんてほぼ出ないのに。

 泣き止みたいときのおまじないを久しぶりにやってみる。


 違うことを考えて意識をそらすやつ。

 そう思ったのに、そうさせてもらえなかった。


 何時までも続く静寂に耐えかねたのか、それとも違う理由は解らないがオリバーが口を開いた。


「たぶんだけど、な。緊張の糸が切れたんじゃないか?こっちに来てから今日まで随分と色々とあって……まあ、来る前から色々あったんだろうが、馴れない生活に緊張も不安も我慢もあったんだろう。だけど、お前さんはなにも言わずに耐えてしまった。何処かで吐き出さないと辛いからな。泣きたいときは泣いた方がいいぞ」


 頭をグリグリっと撫ぜられる。

 ……やめろよ。髪がぐしゃぐしゃになるじゃないか。


 ちらりと抗議をしようと視線を上げれば、オリバーにまるで自分の子供を見るかのような優しい笑顔で見られていた。


「貴女が嫌がることはしたくありませんが、迷惑がかかるなど考えないでください。むしろ迷惑をかけてください。一人で抱え込まないでください」


 アレンにも優しい笑顔で言われる。


「話ぐらいは聞きますよ。楽しい事を考えたいなら、ウォルターを眺めるのがオススメです」


 リアムがよくわからないアドバイスをくれる。


「私たちだって、アイナ様の事が大好きですからね!」


 侍女ズが鼻息荒く、これもまたよくわからない宣言をする。


 この世界の人達は、優しい。

 優しすぎてつらい。


 引っ込もうとしていた涙がまた出番だと勘違いして、張り切って出てきたじゃないか。

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