自分の気持が分からない

「叩き直してやる」って物理かよ!!

 なんて心のなかで突っ込んで見たものの、目の前の剣先をみて口に出せる訳ではない。


 怖い。


 だって、今まで生きてきた中で刃物を向けられた事などない。

 自分で自分に、とはわけが違う。

 何だかんだ言いながらも、ここまで命を脅かされたことなどないのだ。


 しかしそれと同時に、ある思いがでてくる。

 何時だって言われていた言葉だ。

「死ね」「帰れ」「消えろ」「キモい」「死ねばいいのに」等々さまざまな言葉をいわれてきた。


 その言葉を言われる度に思っていたのは、『そこまで言うならお前が私を殺してくれればいいのに』と。


 毎日、毎日、自分の死を願っていた。

 そこまで願うなら殺してくれればいいのに、本気で思ってないくせに。

 簡単に口にしやがってと、殺してくれない口先だけの他人を恨んできた。


 実際に刃物を手にして実行する気もないくせに、と。

 今まで思ってきたことを目の前の人は行動に起こしている。

 そう思ったら、私は思わず笑ってしまった。


 この人は、願いを叶えてくれるんだ。


 そう思い、笑ってしまうほど、もう自分の感情がわからない。

 恐怖と驚喜と不安と諦めと……もう、何だかよくわからない。


 わからないから、笑ってしまう。

 叫んでここから逃げ出したい、不安で泣きたいし、怖くて足が震える。

 でも、ここ何年も願ってきたことが叶うなら、逃げるは愚策だろう。


「なんだ。殺してくれるんだ」


 思いの外、落ち着いた声が出る。

 震える足に鞭をうち、一歩ずつ前に進む。

 抜刀した人は、まさか自分から近づいて来るとは思ってなかったのだろう。

 驚愕を浮かべながら私を見ている。


「殺してくれるんでしょう?」


 微笑みながら尋ねてみると、驚愕が恐怖にかわる。

 何をそんなに怯えているの?

 あなたが先に言ったんでしょう?


「ひっ。お、おかしいだろ。何がおかしいんだ。何で笑っているんだよ!!」



 もう、自分で自分を止められない。

 相手の目が恐怖に染まっていようとも、自分で蒔いた種なのだから、発言には責任を持ってほしいものだ。


「お、おい。そこまでにしとけ。い、行くぞ」


 先に我に返ったもう一人に声をかけられ、抜刀していた人も慌てて剣を鞘にしまい、転びそうな勢いで悲鳴を上げて走り去っていく。


 その後ろ姿を眺めながら、安堵と落胆が入り交じるため息をこぼす。

 でも体は正直でその場にペタンと座り込んでしまった。


 死を目前とした恐怖をはじめて味わい、座り込んだまま小刻みに震える体を抱きながら、自然と静かに涙を落とした。


 その涙が何の涙なのかはわからない。

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