第19話

久しぶりにヴァンパイアハンター協会本部に足を踏み入れた綾美は、剛田剛から意外な話を聞かされた。


「俊也が、シルバーウォールでトレーニングみたいなことをしてるらしいよ」


その話を聞いた瞬間、綾美の心には不安がよぎった。


「何か、嫌な予感がする……」


その時、本部内に鳴り響く緊急事態のサイレン。


一瞬の静寂の後、戦闘可能なヴァンパイアハンターたちが一階に集合するよう指示が下された。


「これは……」


剛が続けて語りかける。


「レッドツリーが、シルバーウォールを襲撃するって話があって、どうやら今日がその日だったのか。情報不足で予測が外れたみたいだな」


その瞬間、綾美の心配は確信へと変わった。


俊也の安全が心配で、彼女は即座に行動を決めた。


「俊也が心配……私、行かなきゃ。」


剛は綾美を止めようとした。


「待てよ、綾美!お前、まだ病み上がりだろ!無茶は―」


しかし、綾美は剛の言葉を振り切り、決意を固める。


「いいの、剛。私は俊也を守りたいの!シルバーウォールも、私たちの仲間も」


その言葉を最後に、綾美は剛や他のハンターたちと共に、シルバーウォールへ向かう準備を整えた。


レッドツリーによる突然の襲撃、そして俊也がいると思われる危険な場所への決意は、彼女にとって簡単な選択ではなかった。


しかし、ヴァンパイアハンターとして、そして何よりも俊也を大切に思う人間として、綾美は自分の全てをかけて戦うことを選んだのだった。


綾美は剛たちと共にシルバーウォールに向かうことになった。


車を運転するのは剛の上司である金子さんで、三人でシルバーウォールへと向かうことになった。


通常、関西人で陽気な性格の金子さんだが、この時ばかりはその表情に深刻さがにじんでいた。


車内で、金子さんは今回の事態の深刻さを語り始めた。


「レッドツリーの連中が、シルバーウォール内のAランクやSランクのヴァンパイアたちを解放してしまっている可能性がある。そうなると、過去最大級の被害が予測されるで」


そして、金子さんは綾美と剛に真剣な口調で言った。


「万が一、AランクやSランクと相対したときは、迷わず逃げるようにしてくれ。今のお前たちの力では、二人合わせてもBランクのヴァンパイアを倒せるのがやっとってところやろ」


その言葉を聞いて、綾美の中で恐怖の感情が大きくなった。


マエストロとの戦いを思い出し、その時の絶望的な状況が脳裏をよぎる。


しかし、それと同時に、俊也を助けたいという気持ちも、より一層強くなった。


「どんなに危険でも、俊也を見捨てるわけにはいかない……」と、綾美は心の中で固く決意した。


車は夜の道を疾走し、シルバーウォールに近づくにつれ、綾美の心は戦いの準備と、俊也への強い想いで満たされていった。


不安や恐怖を抱えながらも、綾美はこの危機を乗り越えるため、剛や金子さんと共に力を合わせていく覚悟を新たにしていた。


綾美たちがシルバーウォールに到着した時、その場は既に煙と炎に包まれていた。


目の前に広がる混沌の光景に、金子さんは衝撃を受けて「なんやねんこれ……」と呟き、言葉を失った。


レッドツリーとの激しい戦闘が、もう始まっている。


その現実が、綾美の心を重くした。


「お前ら、逃げるなら今のうちやぞ!ほんまに大丈夫か!?」金子さんが緊迫した声で問う。


しかし、綾美と剛の答えは既に決まっていた。


「戦います」と二人は同時に口にし、決意を固めた。


シルバーウォールの門を潜る瞬間、綾美の心は俊也への思いで溢れ返った。


俊也と共に過ごした日々、彼が彼女の父を救ったこと、そして綾美自身を何度も救ってくれたこと。


これら全てが綾美の中で渦巻き、彼女の戦う意志をさらに強くした。


「俊也……」綾美は心の中で呼びかけながら、「解放!」と力強く叫び、殺鬼刀を構えた。


シルバーウォールの中心部へと進む彼女の足取りは、俊也への深い愛と責任感によって支えられていた。


俊也との絆が、この困難な時に綾美に無限の勇気を与えた。


綾美は俊也のため、そして彼らが共に築いてきたものを守るために、レッドツリーの脅威に立ち向かう。


俊也と過ごした時間、互いに支え合った絆は、綾美にとって戦う理由そのものだった。


シルバーウォールの中で、綾美は俊也を見つけ、共に戦い抜く覚悟を確固たるものにしていた。


シルバーウォールの深部に進むにつれ、綾美、剛、そして金子さんの前に、恐るべき存在が姿を現した。


それは、ボディビルダーのような逞しい筋肉を誇るパワータイプのヴァンパイア、「フルマッチョ」だった。


そのランクはBに位置づけられ、その名の通り、圧倒的な力を持つことで知られていた。


金子さんが冷静に「いくで」と合図を送ると、綾美と剛はフルマッチョに対して戦闘態勢を取った。


綾美はその抜群の敏捷性を活かし、瞬く間にフルマッチョの側面へと移動。その隙に剛が前方から力強く切りかかり、フルマッチョの注意を引きつけた。


フルマッチョは剛の攻撃を容易く受け止めると、巨大な腕で反撃を試みる。


しかし、その一瞬の隙を綾美が見逃さず、高速でフルマッチョの背後に回り込み、鋭い斬撃を腰に浴びせた。


フルマッチョが苦痛の声を上げる中、金子さんが前線に躍り出る。


「今だ!」金子さんの声が響くと、彼は一瞬のうちにフルマッチョの正面に立ち、巧みな剣技で連続攻撃を繰り出した。


フルマッチョは金子さんの速さに反応できず、混乱する。その隙に綾美と剛が再び攻撃を加え、フルマッチョを完全に追い込んだ。


最後は金子さんが一閃の斬撃をフルマッチョの首元に叩き込み、その巨体を地に倒した。


綾美たちの息は荒く、しかし、彼らの表情には一抹の達成感が浮かんでいた。


この緊迫した戦闘は、綾美たちにとって重要な試練であり、彼らの結束力と各々の戦闘能力が試された瞬間であった。


フルマッチョを倒したことで、一時的な安堵を得たものの、綾美の心はまだ俊也の安全について深く案じていた。

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