祝福の花
夏希「もう少しで演劇部のリハだからそろそろ移動しよっか。」
桃「りょーかいです!大道具は舞台袖に置いとくんでしたっけ?」
由佳子「そうだよ。運びきれなかったら放課後にもう一回順番が回ってくるからその時にしよっか。」
碧里「杏ちゃんは放課後間に合うのかなー。」
古夏「…。」
京香「一応そういう連絡は入ってたな。」
碧里「わわー見てなかったー。」
夏希「舞波は特に出番が長いからリハ集中ね。…って言っても数十分しかないし立ち位置確認しかできないと思うけど…。」
舞波「蒼先輩と桃…可能なら夏希先輩も残って欲しいです。」
夏希「わかった。」
他のみんなは荷物の準備と搬入を、と
夏希の声が響く。
部長の指示に従い、
皆それぞれの方へと向かった。
舞波が古夏と
役を交換して欲しいと
申し出てから早2、3週間。
その間、私たちは着々と
練習を重ねて完成まで持っていった。
負担の大きい漆の役、
セリフ量も他の役とは
比にならないほど多いが、
昨日、一昨日の練習を見るに
綺麗に暗記し動きまで覚え切っていた。
大会用に蜜柑役の代役として
桃が抜擢されており、
次に負担が大きいであろう彼女も
蜜柑役・漆の母役をこなしていた。
演技には自信がないと言っていた由佳子も
何度も通しを行う間で
多少は緊張や不安も緩和したらしい。
何度も何度も繰り返し練習する。
その間にこれと言って衝突も問題も
起こらなかった。
動きや抑揚、物の運びで
話し合うことはあっても、
意見を交わし合う程度で終わる。
ある意味何もなく、
ある意味平穏で堅実。
それでいい。
ステージの袖で
他の部活やクラスの出し物のリハが
終わるのを待つ。
「時間でーす」と生徒会の人だろうか、
声がかかると生徒らは
まだ時間が足りないとぼやきながら
渋々立ち去っていく。
桃「順当に最初のシーンからいきましょう。」
舞波「おっけ。」
蒼「わかったわ。」
舞波「桃。」
桃「ん?」
舞波「主役、やるから。」
前に並んだ2人が
言葉を交わす姿が目に入る。
すぐさま半ばメモ用紙と化している
台本へと目をやる。
周囲からは文化祭準備日らしい
騒がしさが敷き詰められている。
その中の2人の会話は
凪いだ瞬間の水面の上で鳥が羽ばたき
できた小さな波紋のような静けさがあった。
ふっ、と桃が吹き出す。
舞波は彼女の方を向かなかった。
桃「だいじょーぶ、見てくれるって。」
桃が舞波の背を叩く。
2人でずっと演劇部に所属してきたのだ。
高校生になって舞台に初めて立つ。
彼女たちの間では
確と通ずるものがあるのだろう。
そして舞台の上に立った。
私と舞波のシーンから始まり、
傘やその他小道具の位置を
確認しながら進める。
桃がここで音響が、光がこう、と
呟きながら動いている。
音響や照明の構成は由佳子や桃が
主体となって決めてくれた。
本番当日はどうしても人が足りないため
幽霊部員となっていた2年生
協力を仰いだところ、
それなら力になりたいと
言ってくれた人がいた、と夏希から聞いた。
去年裏方の経験がある部員らしい。
文化祭で観に来るらしい、と
嬉しいような、
しかし苦い顔をしながら言っていた。
大小道具の製作も音響探しやQシートを
書くことも既に終わっているために
今更手伝うと言い出したのだろう。
お世辞にも情に厚いとは言えなかった。
蜜柑役の桃と舞波のシーンになった頃、
ちょうどよく部員たちが
荷物を運び終えていた。
それからすぐに時間はやってきて
半分あたりのところまでのみの確認となった。
皆がひいひい言いながら
クラスの準備の方へと戻っていく。
次の集合は数時間後だった。
解散する中、1人の背中に向かって声をかけた。
蒼「桃。」
桃「はいはーい、どうしました?」
蒼「はじめに謝るわ。ごめんなさい。リハ開始の会話を盗み聞きしていたの。」
桃「ああ、舞ちゃんとの?あはは、あれは周りに聞こえるくらいの声量で話してましたし盗み聞きじゃないですよー。」
蒼「その時の桃が言ってたあれ、どういう意味だったのかしら。」
桃「えーっと、どれですかね。」
蒼「見てくれる、と言ってたこと。」
桃「ああ、それ。」
「そうですね」と
考えるように腕を組んでから
軽く斜め上を見た。
それからすぐに腕を解いて肩をすくめた。
桃「私から話すのもあれなのでぼかしますが、人それぞれ舞台に立つ目的も目標も違うじゃないですか。」
蒼「そうね。」
桃「舞ちゃんには舞ちゃんなりに舞台に立つ理由があるんです。」
蒼「注目を浴びたいということかしら。」
桃「表ではそう言ってますけどね。」
蒼「本当の理由は別にあるの?」
桃「さぁ。今回もしもいろいろとごたついて、話す必要があると思ったら話したかもしれませんが…幸か不幸か…いや、幸いですね、そうはならなかったので。」
蒼「話すつもりはないのね。」
桃「もーそんな気になるなら本人に突撃しちゃいましょーよー。」
蒼「嫌よ。時間をかけてまで知りたいわけじゃないわ。」
桃「先輩も舞ちゃんも不器用なんだからー。」
桃は真顔のまま
非常口の人のような変なポーズをすると
「また後で、先輩!」と
かつて記憶にある桃らしく去っていった。
そう言えば彼女は
元は、といえばいいか
私が高校1年で桃たちが中学2年だった2年前は
お調子者の類で言わば変人だった。
舞波は相変わらず気分屋だったけれど、
当時よりは真面目らしさがある。
由佳子は前々から大人しい印象だったが
思っていた以上に自軸を持って制作していた。
夏希も桃と似ていた印象だった。
ムードメーカーで頼りになる、
特に同級生たちと話している時に
よく笑っていた記憶がある。
が、今回この舞台の練習では
皆大人になっていた。
なりきっていた部分が大きいのかもしれない。
もっと楽しく練習したかったのかもしれない。
集団は生き物だ。
所属している人間が変われば
環境も大きく変わる。
今回様々なところに気を配り
大人らしく振る舞っていた
夏希や桃を中心に、
今後彼女たちが少しでも
肩の力を抜いて過ごせる場所であればと
微かながらそう思う。
自分もクラスに戻ろうとしたところ
ちょいちょいと袖を引かれた。
振り返ってみれば、
そこには手に台本と
会話用のノートを持ったままの古夏がいた。
蒼「何かしら。」
古夏「…。」
ノートに指を挟んでいたらしく、
ぱっとページが開かれる。
そこには整った形で
「ありがとう」と書かれていた。
何が、と普段なら問うてしまうし
今も聞こうとしたけれど、
口をすぐさまつぐんだ。
蒼「こちらこそ。明日から2日間、最善を尽くすわよ。」
古夏「…!」
古夏はくしゃ、と笑って
大きく頷いた。
彼女の最後の舞台、
意図せずだろうか、参加することになった舞台。
それなのに古夏は心なしか
楽しみにしているようだった。
それが嬉しくもあり、
また終わりを待ち望んでいるかのようでもあり
寂しさの芽も僅か見えた。
あっという間に授業時間が終わり、
クラスの準備から抜けたり
帰宅してもいい時間となった。
その間、勉強したり
部室に残って台本を読んだりなどして
時間を潰していると、
舞波、そして古夏がやってきて
次に杏が走ってきたのか
息を切らしながらやってきた。
杏「おはようございますー。」
舞波「おはよ。」
杏「あれ、他の先輩方は?」
蒼「クラスの出し物の準備よ。」
杏「あー、文化祭だしそりゃそっか。」
舞波「私のクラスはほぼほぼ終わったし、3年生は出し物ないしでこの3人が残ってる。」
古夏「…。」
杏は「そうなんだ」と
額に浮かんでいる汗を
拭いながら部室に入った。
雑談、そして軽く
はけや入りの確認をしていると、
続々と部員が集まってきた。
2回目のリハまで
あと30分となった時、
ようやく皆が部室に集まった。
夏希「金曜で疲れてるだろうに来てくれてありがとう。」
杏「んーん!帰宅部で暇っすから全然。」
杏は大袈裟に手をぶんぶんと
大きく振った。
初日の時と比べたら
彼女も随分部活に打ち解けたと思う。
この風景は後今日を含め
3日しかないと思うと
不思議な気分になる。
舞波「あの。」
気になるところを読み合わせようという
流れになったところ、
舞波が恐る恐る声を上げた。
舞波「…今更で申し訳ないんですけど、演出のこと…ちょっといいですか。」
由佳子「うん。もちろん。」
舞波「最後のところ…漆と純以外は花束を持っているじゃないですか。これ…何となく違和感があって。花束をなくしたほうがいいんじゃないかって思ったんです。」
花束をなくす。
最後、純の元に向かう漆へと
皆が遠くから
花束を手にそちらを眺む構図になる。
直接漆に手渡すわけではないが、
おめでとうと祝福している
表れになっていることは確かだった。
京香「もしそうなったとして取り外すだけだからそこまで大きな変更じゃないけど…なんで急に?」
舞波「さっきも言ったように何となくでしかなくて…花束で…それぞれの役の色の花だしその意味合いを伝えやすくするのもわかるんだけど…こう、違和感なんだよね。」
由佳子「そっか…。」
桃「もしかしたら舞ちゃんの念頭には古夏先輩への花道を飾るっていう考えがあるからじゃない?」
舞波「それはそうかもしれない…けど…。」
蒼「歯切れが悪いわね。」
舞波「だってどう言えばいいか私だってわかんないんですから。」
蒼「頭の中を整理してから」
杏「まあまあ、意見してくれるってのが嬉しいじゃん?何となくでも言葉にしてくれた方が嬉しいし、他の人の話から何かわかるかもしれないし!」
夏希「由佳子的に削りたくないかどうかが重要じゃないかな。」
由佳子「花束の演出は…いってらっしゃいとかおめでとうとか、そういう祝福の意味を込めたかったんだ。だから視覚的にわかりやすく…と思ってこうしてた。」
舞波「おめでとう…。」
碧里「あのー、私もいいですかー?」
碧里がそろりと手を挙げる。
「もちろん」と声をかけると
緊張した面持ちで台本を眺めだした。
碧里「私もここの花束のところ、ちょっとふわふわしたかんじがしてたんですよー。何でかなって思ったら、おめでとうの明るい感じと実質別れだから…寂しい感じで意見が分かれちゃってるんじゃないかなー…。」
桃「確かに。漆と純以外は消えてしまうし別れ…か。」
碧里「明るく送り出すのも大切だし、登場人物はみんなそれを受け入れているようだからそんなに寂しくなかったけど…舞波ちゃんは寂しいところが見えたんじゃない?」
舞波「そうかも。次いつ戻ってくるかわからない大切な感情たちなんでしょ?送り出してもらうのは嬉しいことかもしれないけど、いなくなるのは寂しい。」
台本内での別れに加え、
舞波は古夏のことを気にかけており
舞台上の古夏へのお別れも指している。
明るい送り出しよりも
寂しい別れのイメージが
定着してしまうのも無理はない。
役決めをした当初、
舞波と漆は全く反対の性格だと思った。
しかし、この数週間の間に
古夏への感情の重ね合わせもこうじてか、
ここまで漆らしい視点を持つとは
今の今まで思わなかった。
そのくらい、彼女も
この舞台に本気だったのだ。
京香「それは漆から見た皆の話だろ?」
舞波「そりゃそうだけど。」
京香「少なくとも青磁ら…消える方は、笑顔で送り出したいって思うもんじゃないのか?」
桃「笑顔になってって勇気づけるみたいな…まあおめでとうと似るけど、そういう形で花束を渡すってことだよね。」
京香「それに、店のオープニングや舞台やらなにやら、花をもらう側に権利はないというか。言い方はとても悪いが、押し付けられるものだろ。だから漆の意思に関係なく内側の感情らが渡したいと思ったなら持ってくると思うんだ。」
何故か今の今に限って
花が多いと不幸だなんて話を思い出す。
今回の舞台で漆は
花束を持って帰るわけではないけれど、
もしも持って帰れるなら喜ぶのだろうか、
それとも見るたびに
別れを思い出して
悲しくなるのだろうか、
なんて考えてしまう。
押し付けられること自体に
漆の両親の考えの押し付けも
重なって見えてしまう。
直接的な関係もないが、
両者のシーンを見るに
人は知らずのうちに
押し付け、押し付けられているようにも
見えなくもない。
夏希「どちらの心情もその行動もわかる…どちらを見せたいか…。」
杏「いや、わかるなー…。でも蜜柑や青磁、若葉あたりが花束作ろうって言ってお祝いするのは自然に見えるんだよなー…。」
由佳子「周りは祝福…当の漆は傘の下…遮光されて真っ暗。それで寂しさって表現できてるんじゃないかなと思う。」
舞波「身勝手なおめでとうほど悲しいものはなくないですか。蒼先輩はどう思います。」
彼女から私に
疑問を振ることがあるのかと
少々驚きながらやや思考する。
由佳子の言った通り、
花束で祝福、傘の影で悲しさは
表現できるのでは、と思う。
…いや、もう答えは出ているのだ。
舞波の指摘するタイミングが遅すぎた。
小道具は既に準備しているし、
そこに部費がかかっていることも事実。
造花なので今後いつかに
使いまわせる上、
この後もう1回舞台の上で
数十分リハーサルができるとしても、
そもそも演出を変えるのは
ぶっつけ本番になりかねない。
実際全て通しで練習できるのは
1回あるかどうかだろう。
らしくもなく生唾を飲む。
これでいいのかと不安になる。
とく、とく、と心臓が鳴るが、
それでも声を絞り出した。
蒼「…花束は使う。このままの方がいいわ。」
舞波「鳩羽も別れを惜しんでいる側だと思います。」
蒼「そうね。けれど由佳子の意見のままよ。送り出す喜びと悲しさは既に花と傘で演出できると思ってる。それに、部費だってかかっているし、今からの変更はリスクがあるわ。変えるメリットがない。」
杏「メリットがないとまで言わずとも…。じゃああれだね、悲しさのところは舞波の実力勝負ってことだ。」
期待してるからね、と
杏が慰めるように、
しかしにこやかに舞波を小突く。
舞波の自信はこの程度で
揺らぐはずもなく、
芯のある目つきで頷いた。
明日は本番1日目。
大会出場メンバーでの舞台となる。
杏の手助けがあるのは2日目。
蒼「…。」
そろそろ時間だよ。
夏希が皆に声をかける。
夏休みに入ってすぐの頃、
彼女は肩を縮めて怯えるようにして
助けを求めてきた。
部長なのに何もできなかったと
言わんばかりの後悔の滲む姿だったが、
今ではその面影も薄く
部長らしく指示をしている。
もう大丈夫なのだ。
いや、もとより彼女たちは
立派な人たちなのだ。
私がいなくともきっと
舞台を作り上げていたに違いない。
それを客席から見るのも悪くなかったろう。
が、数奇な運命だこと、
舞台に上がることを決意した。
皆が部長の指示に従い
次々に部室を出ていく。
念の為と手には台本が握られている。
席を立つ。
しかし、足を動かしたくなくて
その背中を見つめていた。
最後、古夏が皆の背を追おうとして、
何故かこちらへと振り返った。
早く行かないの、と
言わんばかりの純粋な疑問の目だった。
古夏「…?」
蒼「……いえ、なんでもないわ。」
ゆっくりと首を振る。
音もなく髪が靡いた。
台本を握る。
もうすぐで終わってしまう。
この時間も舞台も全て。
それが今更になって
少し、ほんの少しだけ怖くなった。
蒼「行きましょう。」
かたん。
靴を鳴らす。
隣には小さな靴音。
私の憧れた、
憧れだった古夏のものだった。
大会当日、私は出られない。
それを伝えられないままで
今日まで来てしまった。
らしくもない。
舞波の意見に対し伝えるのが遅いと考えながら
自分はそれ以上の罪を背負っている。
明日からの2日間、
高校生活最後の舞台が幕を開けるのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます