花の隙間

古夏を含めての通し練習をしてから

また数日経た頃。

お盆休暇前最後の部活動に

舞波は連絡ひとつすらなく休んだ。

既に帰省してしまったメンバーもおり、

残った部員だけで

読み合わせができる部分と

役や舞台に必要なものなど、

主に話し合いが必要となるものを進めた。


由佳子は仕事が早いことに

既に台本の修正を終えていた。

鳩羽は退屈だからと言いながら

本当は外の世界の状態が

好ましくないことを案じ、

内側から変えようとしたこと。

純は消えず、漆と一緒に

宇宙へと向かっていくこと。

最後、純以外の人格が

漆を見送る場面では、

純が漆の向かう先にいることと

変更がされていた。

そして。


由佳子「私、漆の父の役します。」


と、声を震わせながらそう言った。

私が提案したことも伝えていたが、

その必要すらないほどに

京香は迷うことなく二つ返事をしていた。

そして、杏が蜜柑役として入っていたが、

大会用のメンバーとして

桃が役を務めることになった。

蜜柑は漆の父と母以外の

全ての役と同時に舞台に上がる。

父か母か。

元の役振りだとしても

青磁、父役の予定だった

京香は不可能で桃一択。

由佳子は本人の意向もあり

セリフが少ない方がいいとのことで、

結局桃になるのだった。


桃「あんまり表に出る性分じゃありませんが、演劇部のみんなのためなら仕方ない、頑張っちゃいますかー。」


と気だる気に、

しかしどこか楽しそうに言った。


そんな部活動を終えて夕方。

何の気まぐれか、

それとも今後を案じてか、

徐に一叶の家に向かっていた。


インターホンを鳴らす。

乾いた音が何度か響き、

少しして一叶が顔を出した。


一叶「蒼?珍しい。」


蒼「少しいいかしら。」


一叶「もちろんどうぞ。杏は来てないから安心して。」


蒼「杏は今帰ってる途中よ。」


一叶「あれ、知ってるの?」


蒼「一緒に部活に行っていたの。帰りはどこか寄ると言って、途中で解散したわ。」


一叶「そうだったんだ。まあどうぞどうぞ、入って。長くなるかもしれないでしょ。」


蒼「そうね。」


靴を揃え中に入る。

生活はさほど荒れていないようで、

程よく人が生きているのが

わかるような清潔化のある部屋だった。

その一角、棚の上に

やたらと植物を飾ってあるスペースがあり、

気になって徐に近づいてみる。

ぱっと見るだけで

小さな花束3つ分くらいはあるだろうか。


蒼「どうしたのよこれ。前からあったのかしら。」


一叶「ううん、この夏からだね。」


蒼「また急ね。」


一叶「意外といいもんだよ。水やりとか花が落ちたりとか虫のこととか、なんかいろいろ大変だけど。」


蒼「でも綺麗なのでしょう?」


一叶「そうだね。でも大変なものは大変。あればいいけどこれは駄目ってやつ。」


蒼「そう。」


そういえばいつだかに見せられた紙芝居でも

花の例えをしていなかっただろうか。

これがもっと増えてゆくと、

眺めるより世話の時間のほうが

かかるようになってしまうのかもしれない。

そうなれば幸福と不幸の天秤は

緩やかに不幸へと傾いていくだろう。


一叶「そういえばまだ部活してるんだ。一応引退したはずだけど。」


蒼「助っ人よ。役者が足りないからって頼まれたのよ。」


一叶「あ、杏がツイートしてたやつかも。」


蒼「ネットリテラシーのない人ね。」


一叶「まあまあ。本名晒されてる時点で…って感じじゃない?」


蒼「より一層引き締めなければならないでしょう?」


一叶「可愛げがないなぁ。ひとつ駄目になったら他を一層固めるよりも、ひとつ駄目になったらいっそオープンにする子の方が可愛げがあったりするもんだよ。」


蒼「理解できないわね。」


一叶「それにしても蒼が助っ人なんてこれまたどういう風の吹き回し?」


蒼「頼まれたから受けただけよ。」


一叶「受験はやめたの?」


蒼「あなた、意地が悪いのね。」


一叶「ごめんごめん。素朴な疑問なんだよ。」


一叶は植物のポットに

水やりをしながら話す。

適当にクッションに座り

その姿を眺めていた。

いつの間にかジョウロまで買っている。


一叶「どうする予定なの?」


蒼「本気で聞いているの?」


一叶「今の気持ちとして、一応ね。」


蒼「…進学希望ができるのであれば、ね。」


一叶「何を学びたいの。」


蒼「数学や物理…地学も興味あるわね。隠されている答えひとつを追い続けられるものがいいわ。」


一叶「じゃあ時代の影響があったり、不確定な…うーん、人の心とか子供とかを扱ったりするのは考えてない感じなんだ。」


蒼「そうね。」


一叶「政治や法学も似合いそう。」


蒼「人の心を扱うじゃない。法学だって時代の影響をもろに受けるわ。」


一叶「あはは、そういう固いところが似合いそうって話だよ。」


蒼「何が面白いのか理解できないわね。」


一叶「じゃあさ、大学に入ったとしてやりたいこととか」


蒼「一叶。」


彼女の名前を呼ぶ。

半袖のTシャツに長ズボンを身につけた

ラフな格好をした一叶が

水をやる手を止めて振り返る。

「うん?」と

無垢な目でこちらを見つめた。


蒼「あなた、やっぱり嫌がらせがしたいだけでしょう。」


一叶「いいや。未来に希望を見ることはいいことじゃん。」


蒼「その未来は来ないと言っているの。知ってるじゃない。あなたが言ったのよ。」


一叶「そうだけど。」


蒼「何よ。」


一叶「残りの時間、もし叶わないとしても少しだけでいい、楽しく過ごせたらいいなって思うんだ。」


蒼「……これまでのこと、あなたに感謝はしているわ。けれど!無闇に希望を持たせるのはやめてちょうだい。不要だわ。」


一叶「でも…。」


蒼「落胆するのが目に見えているのであれば、そんな希望持たない方がいいのよ。」


淡々と話しているつもりが、

やけに言葉尻が強くなってしまった。

一叶は困ったように眉を下げ、

ジョウロを置いて正面に座った。

角部屋だからか、

日差しがどの部屋よりも降り注いでいる。

植物たちも嬉しそうに

その恩恵を受けていた。


一叶「部活動の助っ人をしてると聞いて、実はちょっとほっとしてるんだ。」


蒼「どうしてよ。」


一叶「勉強だけをただこなす日々から足を踏み出したみたいで。」


蒼「その方が楽だったわ。」


一叶「希望を持たない方がいいなんて言いながら、その希望を持ってるから勉強してたんでしょ。」


痛いところをつく。

彼女を不意に睨んだ。


一叶「だから、残りの時間を思い出作りに使おうって行動に変えたみたいで、ちょっと安心したというか…嬉しいというか。」


蒼「余計なお世話よ。」


一叶「余計なお世話だとしても…蒼が少しでもいい人生だと言える日々を願わせてよ。」


蒼「やっぱりあなた、意地が悪いわ。」


一叶「それでいいよ。それがいいよ。」


言い聞かせるようにそう言った。

遠くで鴉が鳴いた。

花は微かに揺れ、

日が沈むとともに今日の終わりを告げていた。


今日から1週間、

部活動は休みとなる。

人によっては帰省をし、

人によっては実家にいるのだろう。

それこそ台本を書いた由佳子は

帰省して親族らに囲まれるのかもしれない。

古夏は台本と向かい合い、

舞波は想像もつかないが

何かと楽しく過ごすのだろう。


1週間。

束の間の休み、

私は鳩羽と向かい合う。

今の自分と重ねながら、静かに、静かに。

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