第59話 他の人はどうしてるのか分からないけど

 別に悪質とかそういうことではないんだけどね。

 管理が面倒になるので、中途で抜ける(拝読後)人は次から企画への参加拒否。

 その人がどうのと言うよりは、せっかく参加している他の人に抜けがあったら困るので。

 なのでそういう人は要らないです。

 別に読もうが読むまいが、俺の人生にとって大差ないので。

 それよりもちゃんと、参加してくれる人を大切にしたいなと思う。今後のためにも。


 感想に関して言えば自分が上手く書けているかどうかってのは、基本どうでもいいことなんだよね。だってそれは自分の問題でしょう?

 感想の書きやすさは、それを読んでどれだけ何を考えたのかに関係する。

 何も考えることがなければ面白い以上の言葉は出てこないかも知れないし、そもそも感想が書けない人ならなんの感想も書けないかも知れないでしょ?


 単に好きだから書いているというのは好みの域を越えない。それは同じような趣味趣向を持つ人には語る何かを与えるかもしれない。でも、人は皆価値観も体験も違う。だからこそ、そこに共通要素をプラスしたり、明確なテーマを提示したりするわけでしょ?

 それは感想を持ちやすくするために行われることもある。


 感想が欲しいと考えるなら、なるべく万民向けにすべきだと思うんだよね。

 この世には男性向け女性向け、大人向け子供向けと言うような向けが存在する。

 層はなるべく広い方が良く、センシティブなものを含まない方が感想は書きやすい。だって相手はそれを見てセクハラと感じることもあるだろうし、偏見や差別と感じるかもしれないでしょう?

 そしたらなるべく広い層に読まれても問題ないもので参加する方が、感想を書かれる可能性は上がる。もしくは向けが合致する企画に参加することだと思う。

 それは賞やコンテストでも考え方は同じだよね。


 どんな感想が欲しいのかにもよるけれど。

 今回の企画と言うのは、自分にとってはどんな風にしたら企画がやりやすいかテスト的な意味合いも含めて行っている。

 恐らく次にやるならば「一人一作で全部拝読はするけれど、感想は約束できない」と言う形で行うと思う。

 拝読は参加順。ジャンルは小説形式なら可。こんな感じ。


 カクヨム自体の民度は悪くないと思う。

 ただね、役所や銀行などの窓口で番号札を貰ったにもかかわらず、いなくなる人っているよね。それと同じで中途で抜ける人と言うのは周りのことを考えていない人だと思うの。

 思いやりのない人に未来を感じないんだよね。

 どんなに面白いものを書けたとしても、現代はネットが当たり前の時代。そこで重要視されるのは営業なんだよ。人との繋がりを大切に出来ない人は成功できない。

 そういう人はこれから苦労すると思う。

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