第33話 “love letter-②”
【16:47 第一体育館裏】
……もぬけの殻だ。わざわざ優羽さんの言葉に乗ってやって、彼女の言う方に来てやったというのに、誰も待ち人なんていないじゃないか。
「……で、これがあなたの仰られた“告白成就スポット”ですかい?」
「いや、そのはずなんだけど……おっかしいわね、私が調べた限りではここで行われた告白の成功確率は100パーセントなのに。」
「って、君調べかよ……じゃあ学校にそういう噂が流れている訳じゃないってこと? みんなが言ってるとか、そういうんじゃなくて? それじゃあ誰もいないワケだよ。なんにせよ、ここには誰もいなかった。」
「そうね、悔しいけど結果はその通りだわ。それじゃあさっさと第二体育館裏に移動して、手紙の主を見つけに……」
と。彼女がそう言って歩き出した、その刹那。
何かが、僕らの右で蠢いた。
「……⁉ 待て、優羽さん! そこを進むんじゃない、僕の方に退がれ!」
重い鞄を下ろしつつ叫び、施設を背にしつつ臨戦態勢を取る。頭をふわふわとした平和ボケ気分から仕事の方に切り替え、見回して武器になりそうなものを探し始めた。
「へ? 何よ、そんなに慌てて。どうし……」
「あまり声を出すな、すぐに来るぞ! 必ず壁を背にして、できるだけ僕の後ろに位置するんだ。絶対に変な動きはするなよ、死ぬぞ!」
「え、えぇ⁉︎ 急に何を言って」
「うるさいぞ、聞こえないだろ! これは間違いなく人間の発する音だ、囲まれてんだよ!」
……人間の発する音、というだけではスピリチュアルな術であるようにも聞こえるが、決してそのような事はない。死んでいないのだから、人間が音を出す事は普通の事だ。隠れているなら、尚の事。
隠密行動は独りよがりであってはならない。生物、植物、そして環境……例えそよ風が吹くだけでも、音というのはあるものだ。
「草陰に3人、施設奥側の角に2人! だが少ない、もっといるはず!」
……数年間だけかもしれないけれど、僕は生き残って来たんだ。ありとあらゆる地獄、ありとあらゆる悪夢の中で。
敵がどこにいるのか、なんてのは生き残るためには一番最初に知らなければならない事だ。それを知る方法なんてものは、一番最初に身に付けている。
「退がってこい、こっちだ! 君とてこの場でやられる訳にもいかんだろう!」
「ちょ、ちょっと⁉︎ 何が見えてるのよ、引っ張らないで……きゃっ!」
悠長なことをやっている場合ではない。彼女の肩を強めに掴んでこちらに引きずり込み、そのままの勢いで投げつけるように後ろに突き飛ばす。壁から人間が生えてくる事など、あるはずはない……と、思う。この施設にニンジャ屋敷のようなからくりがあれば別だろうがな。
「な、何故気づいたんだ……! 知っていたのか!」
「っと、出てきたな。けどお前らか、安心したよ。朝の奴らの取り巻きってとこか? それとも、雇われかな?」
男2人と女1人が、目の前の草陰から立ち上がってくる。そしてさらに右からは、誰かが歩いてくる砂利と土の音も聞こえてきた。
だが、そちらは単純な歩行音ではない。引きずったり、止まったり……まるで、誰かを引っ張ってきているようだ。そうして、音の主が姿を表す。
「驚いたわね、そこまであなたが戦い慣れているだなんて……元ヤンとか、その辺り? ま、関係ないけど。」
「う、うぅ……ごめん、なさい……」
……東さんに、ナイフを突きつけながら。つい数時間前、僕らに土下座をしていた女が、その姿を表した。
「あなた……! 東さんに、何を!」
「あら、動かないでくれるかしら? 彼女の可愛い顔が傷ついちゃう。こいつって男にも人気なのよね、だからちょっと嫌い。」
瞳孔は開き、髪は乱れたままだ。作っているのがバレバレながらも狂気的な笑みを浮かべつつ、彼女は突きつけたナイフを上下に揺らしたり、ちらつかせたりしてみる。
草の裏の皆様も僕の反応を見た時には驚いた様子だったが、今では勝ったとでも言いたげだ。
「けどよかったぁ、やっぱりイイコトってあるものよね。こいつへの憂さ晴らしも、あんた達への復讐も、一度にぜぇんぶできちゃう。」
「っち、この卑怯者……! まだ懲りないつもり⁉︎」
「懲りるぅ? そもそもあんたのせいでこんな事になったんじゃない。責任、取らせてやるってだけよ。でもそうするにはそこのコバンザメみたいのが邪魔で仕方ないから、あんたのお友達に協力してもらってるの。」
……僕どころか、ナイフにすら注意を向けていない。素人丸出しだとは最初から思っていたが、これでは素人以下だな。“状況的有利”と“勝利そのもの”を誤認している。そしてこの場にいる敵は、全員がそういう認識でいるらしい。
「でもまあ、憂さ晴らしをするのが私じゃないっていうのがちょっと残念ね。できれば直接手を下したかったんだけど……まあ、この目で見られればなんでも良いか。」
故に、僕は脚を動かしていく。腰まである植物の方へと近づくにつれ、目の前の3人は表情を驚きのものへと変えていっているのがよくわかった。
……右の拳を握りしめる。それを見える位置にあるはずだが、彼らは戦闘態勢の一つも取らないようだ。
「へ? ちょっ、何を……」
混乱の隙に、振りかぶって中央の男の顔面に拳を叩き込む。そして姿勢を低く取りつつ流れるように左の女の腹を殴りつけ、そこを抑えている間に右の足首に蹴りを入れ、倒れた所で後頭部を踏み砕く。
「てめ……っ、何を!」
と、先ほど殴った男が叫んだ瞬間に一歩下がって肘を下から打ち込み、右から反転しつつこめかみに肘をもう一撃。そして姿勢が崩れる所を確認しつつ腹にヤクザ蹴りを入れ、もう1人の方に吹き飛ばした。
まるでドミノのように、身長の似た大の男が倒れていく。蹴った方には意識がなく、巻き込まれて倒れた男は下敷きだ。そして最後にトッティも圧巻の蹴りをそいつにぶち込むと、全員静かになってくれた。
……そして目を向けるは、最後の一人。僕が軽く睨みを効かせてやると、彼女はのけぞりつつナイフを東さんの首元により深く突きつけながら叫ぶ。
「んな……! わ、私は人質を取っているのよ⁉︎ 命って重いのよ⁉︎」
「あのな、僕から一つアドバイスだ
それと、もし人質を取るのなら単独じゃ駄目だ。複数の人質がないと、君の側も攻撃できないってことが丸わかりになってしまう。死んだ人質には全く価値がないからね。」
と、老婆心ながらも彼女には不要なアドバイスをしてみる。まあ、今後二度とこういう行為をしないと思えるような激痛を感じるわけだから、このアドバイスが有効に活用される事は永遠にないのだろうけど。
「……龍二、止まりなさい。これは命令よ、東さんが傷ついてしまうような行動は控えて。」
そして、場違いな事を宣う女も1人。さっき彼女の言葉に従ったのがまずかったのかな。お互いの立場というやつを教えておくべきだった、とは考えても仕方のないことではあるのだが。
とにかく、邪魔立てされるわけにはいかない。顔だけ振り向き、簡潔に、彼女に言う。
「……あのなぁ、よく聞け。僕は君の指示に従う道理はない。
何故なら君は僕の事を雇ったわけでも、僕を指揮下に入れているわけでもないからだ。さっき従ったのはあくまで合理性があると判断したからであって、君の言葉を何もかも聞き入れてやるわけじゃない。
あくまで僕の仕事は、君を守ることだ。君の友人を守る事は仕事のうちに含まれていない。ゆえに、君の友人がどういう目に遭おうが君を優先する。」
……彼女は、言葉を返してはこない。目を見開き、こちらを驚愕の表情で見つめてきているだけである。
そして、僕がそんな彼女を放っておきつつもう一度向き直った時。その目に映っていたのは、スカートのポケットに左手を突っ込んでいる東さんの姿だった──
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