第30話 “abnormal days-②”
……この諍いを、放って置くべきか否か。とりあえずそれを確認するためにも、事情に疎い僕にはどうあっても情報というものは必須だった。
しれーっ、と。まるで最初からその場にいたかのように、僕はちょうど真横にいた男に声をかけてみる。
「……ねぇ、あの五人って大丈夫なの? 僕ってばさっき来たばかりだからわかんないんだけど、あの真ん中のは一体何をしたのさ。」
「え、お前知らないの? 昨日の。あいつ、サッカー部のキャプテンやってる中山に告られたのを振ったんだよ。それで、中山のファンに詰められてんの。
……あれ? そういえば、お前ってどこの……」
「ありがと、後で何か奢るよ。じゃ!」
面倒事が起きぬうちに速攻で逃げ、少し離れた位置から彼女らを観察……する間もなく、事態は動いた。動いてしまったのだ。
「ねぇ、だいたいあんた何読んでんのよ。見せなさいよ……っ、こいつ!」
「や、やめなさい! それを離して、離しなさいってのよ! 離せ、この……!」
「取っちゃえ取っちゃえ!」
「ちょっと、やめて……っ!」
よくわからんが、彼女が読んでいる本の取り合いになってしまった。そして、本なんていう手と比べると大きめな物を取り合おうとすれば、まあ当然起こり得るであろう事も、起こる。
「っ、あ……!」
「あっ。……何々? 公爵令嬢、王子……へぇ、あんたこういうのが好きなんだ! ウケるー!」
「ちょっと……! 返せ、返しなさいって! こいつ……!」
……こういう所は日本育ちでなくてよかった、と常々思う。というのも、僕とて読書は好きだというのもあるが……ただの色恋一つでここまでとなると、もう手がつけられないような事態も多いだろう。しかも、貰い事故的にこうなるのなら尚更だ。
ただ、そうであるとはいえちょっと言い争いが激しすぎや……あ、突き飛ばした。個人同士の諍いに干渉するつもりはないが、暴力沙汰になるのは笑えないな。
とりあえず、すぐに動けるように机の妨害を受けないような位置を探しつつ鞄から携帯式の小型無線を拾い上げ、電源を入れて警告を発する。
『……問題発生だ、来てくれ。』
と、一言だけ音を入れて胸ポケットに収納。まあ朝は忙しいだろうからそこまで期待していないが、一応な。
……そして、問題は僕だ。介入するか否かは、ここの展開次第で決めないといけないからな。
掴み、たまに突き飛ばしといった具合に素人ファイトを披露している彼女らであるが、この様子なら組織の回し者である事は……いや、だからこそ可能性はあるのだろうか?
間違えれば、この後の作戦に大きな支障が発生する可能性もある。それに、初日から目立つのも癪だ。フェデリコによると、日本の高校では目立ったらアウト……らしい。知らないけど。
冷静に、冷静に……
「ほーんと、人の男を盗るとかさぁ。おかしいんじゃないの?」
「ほんとに! ロクな親に育てられてないよね! 育ちが悪いのよ、親がダメだからこうなるの!」
──確定だ。誰が何と言おうが確定だ、僕が確信して確認した。やるべき事は一つだけ。緊急で敵部隊を無力化し、その結果としてターゲットを護衛する。
交戦の回避は不可能だ。それに、素人4人程度なら徒手空拳でも何とかできるだろう。動きを見る限り、まともな運動や格闘技なんてロクにしていないらしいからな。
……ああ、平山も胸ぐらを掴んで殴りかかった。状況的に丁度いいとはいえ
とりあえず殴り合いの喧嘩をおっ始めた4人の視界の死角から近づき、両の拳を重ねて固める。そして足音を殺して接近しつつ、腕を振り上げ……
「この、あんた……!」
と、バカみたく横に腕を振って平手打ちなんてやろうとしている女の頭へと、大きく握り込んだ2つ分の拳を上から下へとぶちかます。
──鈍い音、鈍い感覚。声どころか音さえも立てることもなく、女は悶絶しながら膝を地面へと着ける。そして彼女はあまりの痛みに耐えかね、ついに悲鳴を上げた……が、それも一瞬だ。声が上がるのを予想していたわけではないけれど、僕は右足を大きく上へと掲げるように動かしてから追撃として踵落としを一閃。
「ぎゃっ……」
「え……⁉ 結衣! ちょっと、あんた何して……」
そして視線だけ動かして周辺状況を確認しつつ、一番早く反応した右隣の女の方へと一歩踏み出して間合いを詰め、空いていた右手を握りこぶしへと変えるやいなや下から持ち上げて顎に軽く一撃を与えて怯ませる。
すると相手はすぐに腕を動かして被弾部位を手でかばおうとするが、時すでに遅しか。僕の左手はその腕より早く伸びていって彼女の胸ぐらを掴むと、体を逆の向きへと動かしつつ右腕を引き込んでからの全力ストレートを一発。今までの数発の中で最も速い鉄拳が彼女の顔面を襲うと、特になんの苦も無く殴り抜ける事ができる……そして、相手の体勢を崩す事も。
そうした彼女がなんとか立ち上がろうと足を動かし、しかし後ろにあった机に足を引っ掛けて倒れたことを確認すると、今度の僕はその奥にいた女へとターゲットを変えた。
「きゃっ、何……⁉」
こちらの左脚であちらの左脚の皿の下を蹴って膝に衝撃を与えられた彼女が目をつぶり、膝をついた。更に、そこを押し出すように頭部を前へと蹴り込む。
しかしここで後ろからの足音を感じ取ったことで僕は振り返りつつ、右肘を振って牽制しながら向き直って目標変更。
そうして後ろの方の女を見ていると、どうも状況に対応し始めているらしい。戦闘開始から十秒かそこらだが、よくもまあやってくれるものだ。
「っち……何よあんた、一体誰なのよ! どこのクラスでも見たことないけど⁉」
「さあね。僕が誰なのかっていうのはどうでもいいけど、それはそれとして君は隙だらけだよ!」
……なんて言ってやっただけで、彼女は目線を一瞬僕から逸らす。やっぱり、素人というのは御しやすいものだ。まあそうでなければ、僕らのような人間が必要無くなってしまう訳だけれども。
とにかく、向こうには隙ができた。それを突かんとする僕は倒れた
角といっても安全性の観点から丸いものだが、威力は十分。そしてさらにもう2発ほど顔面を机の表面に叩きつけると、とうとう彼女は意識を失ったかのように身体に入れた力を失う。そして僕が手を離してやると、いとも簡単に倒れ伏してしまった。
……手段はアレだが、これにて一件落着だ。周辺をもう一度見回して敵性目標の全滅を確認すると、今度はターゲットの安全確保のために優羽さんを……探そうとしたところで、目線をふと少し下げる。すると、なぜか彼女はいた。しかしながらとにもかくにも理由より前に安全確認だ、と彼女に手を差し伸べる。
「……脅威を排除。さて、大丈夫かい? 優羽さん。キャットファイト寸前ってとこだったみたいだけど。
良かったね、僕がいてさ。さあ立って、傷がないか調べよう。」
とりあえず、目立つ場所には傷は貰っていないらしい。それに、意識の不安定化等の目に見えない被害もなさそうだ。
……しかし。彼女の表情は、それにも関わらず暗くなるばかりだ。勝ったんだから喜べばいいのにと思っていると、ついに立ち上がった彼女は僕が差し伸べた手を取って言った。
「……ちょっと、こっち!」
「え? ……は?」
訳の分からないままに引っ張られる手。しかし僕と彼女とではそもそもの肉体的スペックが違うのだろう、他には引っ張られる力がかかるばかりで身体はついてはこない。
……数秒ほど引かれたところで状況を理解し、彼女の方向へと歩いていこうと足を前に出してみると、2人は同時に動き出す。
……彼女は、なんなんだろうか──
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