第25話 「誰なんですかこの人」

【19:12 セーフハウス・デルタ】


「やっほー★ ようこそ、我らが“セーフハウス・デルタ”へ! ここはヤクザ護衛部隊専門の前哨基地アウトポストにして、最低最悪の防衛拠点だよー★」


……疲れ果てながらも倉庫に入った僕らをこんな具合に出迎えるは、茶髪でスーツ姿の女性。まあスーツと言っても一般的なそれではなく、もっとこう、何と言うか、ギャル感のあるようなやつではあるのだが。全体的にタイトで短く薄く、白い肌があらゆる所から見えているような服の事だ。

この倉庫の中にいる以上、彼女も我々のなのだろうが……しかしこの女、もうちっとばかし自分の服のことを気にしたらどうなんだ? 露出具合とか。痴女か何かかな?


「……っ⁉ げっ、出たぁ⁉ ウソでしょ、いや予想はしてたけど! 何となく西井っぽいなぁ、とか勝手に思ってたけど! 

やめてよ、アンタが出てくるのは想像だけにしときなさいよ! ホントにアンタがアタシたちの協力者なの⁉ 嫌な予感しかしないじゃないのよ!」


……おっと、どうやら姉御の機嫌が非常に悪いようだ。彼女の声には先程とはまた別のベクトルで露骨に感情が乗っており、僕らがこのまま放っておけば思い切り殴りかかりにでも行ってしまいそうなくらいだ。しかし、ここは彼女自身の自制心の見せ所だろう。

僕にとっては特に止める理由も何も無いので、その辺りにある腰を下ろせそうな段差に座りつつ先に買ってポケットに突っ込んでおいたペットボトルを取り出す。

ちなみに、中身は“ビッグミン”とか言うらしい。色を見る限り、所謂エナジードリンクとかそういう類の飲み物の一種だろう。

……とまあそんな事を思いつつ、僕は厳重に封をされていたことでその圧力を高めさせられていた炭酸が弾けるような軽い音を聞く。そしてそれとほぼ同刻、後ろからもペットボトルのキャップを開ける音が一つ……いや、また一つした。


「はーい、そーだよ〜★ いつでもどこでも皆のアイドル、西井澄子ちゃんでーす★」

「いや、アンタ一度だってアイドル扱いされた事無いでしょ! アンタの嘘はいっつも赤すぎて全身から血が噴き出るわ!」


ちょっとオーバーすぎないかその表現は、と思いつつぐびりと一口。味は悪くない、というか寧ろ好きなくらいだな。果実のような程よい甘みと制圧射撃のような強い炭酸を舌で感じるのは、、戦いのあとの至福のひと時だ。少し眠くなってくるこの時間帯だと、目が覚めるようである。


「いやいや〜★ ワタシみたいに可愛い女の子は、アイドル扱いされた事くらい何度でもあるって★」

「ウソコケ! じゃあどの組織でアイドル扱いされたのか、一つでも多く言ってみなさいよ!」


そして、後ろからしてきた開封音はタケフミと優羽さんによるものだろう、と。そう思った僕は、一応確認のためにキャップを締め直しつつ後方を振り返る。

……まあ、それは幸運だったのだろう。後に僕は、この行動をそう評価するに至るのだ。


中央情報局C I Aでも、ロシア連邦保安庁F S Bでも、朝鮮労働党統一戦線部三 号 庁 舎でも、中華人民共和国国家安全部M S Sでも、公安部外事課F A Dでも、もう引っ張りだこだったんだよ?」


……結露のせいだろうか。ペットボトルの中央部分を持っていたはずが、僕が持っていたのはキャップ部分。だが、炭酸飲料を取り落とさなくてよかった、などとホッとしている場合ではないのだ。

今挙げられた名の中には、僕でさえも知っている諜報機関もあった。それに加え、今の会話を最後まで聞いたタケフミは飲んでいたお茶を思いっきり吹き出したのである。そんな彼の姿を見れば、彼女の存在がどれほど異端なものであるかは明らかだ。


「え、えぇえぇぇええ……ちょ、思ったより経歴ヤバかったわね……反復横跳びで片付けていいの、この女を?」


どう考えたってろくな女じゃない。もう何重スパイかわかったもんじゃないし、この感じだとそもそも国家への帰属意識があるのかどうかさえ疑わしい。

こいつはもう、災害か何かだ。しかもこの事実に関しては、一番彼女に近しいはずの姉御でさえも知らなかったのだろう。もう僕は、しばらく彼女の方を振り向けそうにない。


「まーまー落ち着いてよ★」


しかし、そんな姉御の自制心を知ってか知らずか彼女は口調を変えようとはしない。そのおかげで姉御の表情は段々と道端に落ちている犬のクソを踏んだかのようなようなものになっていくが、西井と名乗ったその女性はそんな姉御の怒りなど気にもしていない様子だ。

……友人にしたってフレンドリーが過ぎるよなぁ、西井とかいう彼女。というか、姉御の方は彼女を友人だと思っているのか? 横目で見ただけでもすごい表情だ、それも般若がお面投げ捨てて逃げ出すくらいだな。


「だいたい、アンタ今いくつなの⁉ 3年くらい連絡なかったけど、一体何やってたのよ!」

「……女の子に年齢は聞かないものなんだよ?」

「アタシ相手に何百回も聞いた女がよく言うわよ。記憶喪失かっての。確かアタシが前に会った時にはアンタ33だったから、今でひいふうみい……」

「ああっ、待った待った! 後生だから勘弁してよ、後でご飯奢るから!」


……33? もし仮に今がその当時の年齢であったと仮定しても、結構きついぞ? というか、今の彼女は絶対に36を超えているよな? あれ、四捨五入すれば40だぞ?

そんな知的好奇心が、僕の身体……いや、首元を突き動かす。そして油を差し忘れたロボットのようにゆっくりと彼女の方を振り返ることで、とりあえず軽い復讐によって姉御の機嫌が多少なりとも改善されたことは確認できた。

……彼女の年齢と顔面の相関関係に関しては、物凄く興味がある。あの20代どころかティーンエイジャーみたいな顔面には物凄く興味を惹かれるが……それを聞いてしまえば、彼女は怒り狂うだろう。というわけで、僕は残念ながら建設的な会話を始めるべく彼女の事を聞いてみる。


「……ねえ姉御。この人まさか……」

「ええ、こいつがそう。アタシの大韓民国国家情報院N I S時代の元同僚にして、アタシがマフィアの人間になる切っ掛けを担った張本人。いつでもどこでも影みたいに現れて、嵐のようにアタシの人生をグチャグチャにしながら消えていくバカ女。」

「えー、ハーちゃん酷い〜。そんなに酷いこと言われたら、ワタシ泣いちゃう〜。」

「誰がハーちゃんか、誰が! ……とにかく、彼女が今回の作戦でのアタシたちの協力者スパイ。認めたくないけど、事実よ。」


姉御は肩にひっついてくる西井さんを腕力で何とか引き剥がしつつ、僕らにそんな事実を突きつけてくる。見ている分にはコント的とも取れるようなやり取りではあるのだが、これが30代の所業だと考えると寒気が……


「ちょっと、人が真面目な話をしようとしてるんだから……って、ちょっ! 一応こいつらも男なんだから揉むな、バカ!」


……いや、待て。同期と言ったか?

そういう表現を用いるのだから、そう数十歳も年齢が離れているという事はありえまい。なんだって韓国の諜報・防諜機関にいた人間がイタリアマフィアに所属しているのかという疑問は残るものの、まあそれはいい。結局僕の興味は、最初から年齢というその一点にしかないのだから。


「あっちょ、精神年齢いくつなのよアンタは! 子供向けアニメだってこんなバカみたいな取っ組み合いなんてやらないってのに、いったい何なの⁉」

「んー、なんでワタシのほうが大きいのかな……生活リズム? 食習慣? 生まれ持った才能……じゃない、とはまあ信じよっかな。」


情報を整理すると、つまりこの人たちはアラサー……いや、なんならアラフォーまであり得る訳だ。にも関わらず、やっているのはティーンエイジャーの真似事。なんなら、それ以下だろう。今まさにタケフミにお茶の飛沫がかかったかどうかの丁寧な確認をされている彼女が、それを証明している。


「あっちょ、アンタいい加減に……!」


と、そろそろ姉御が本格的に反撃に転じようとしたその瞬間。突如、スピーカーから声が響いた。


『……Signori, silenzio諸君、静粛に!』


……そんな、聞き覚えのある言語……いや、が。


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最強マフィアの死神共よ、ヤクザの娘(美少女)を救え!……あっ、ついでに世界の方もお願いします。 おにいちゃんです @karukano

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