第24話 「住処を変えねば生きていられません」
【18:53 市街地】
まあ、所詮は狭いビルに収まってしまうような距離と切り捨ててしまえばそこまで。そうして特段何の苦も無く姉御の後ろを歩く少女の横へ辿り着いた僕だったものの、問題はそこからだ。
「……ねえ姐さん、やっぱり500メートルは近くない? 最低でも車両で10分以上かかってたどり着くような距離に置いておかなきゃ、一緒だと思うよ?」
「あら、そんな事ないわよ? 明確に敵に位置が割れている場所と比べたなら好立地じゃない。
それに、大都市の市街地はロケーションとしてはポピュラーだと思うわ。明らかに人が寄り付かない場所や変な場所は怪しまれるし、近場に建物が沢山あるというのは探す側にとってかなり面倒な要素だもの。」
「いや、もっと他に場所あったでしょ。今の時代にそうそう重装備を隠せる場所なんてないんだから、仕方ないっちゃ仕方ないのは理解できるけど……」
……片や、3年間もの間殺人に明け暮れる日々を送ってきた少年。そしてその横で歩くは、特にそういう世界に触れたことの無いであろう少女。まあ、ヤクザの娘が殺人処女だなんておかしい話ではあるのだが。
サッカー選手の娘が、ボール遊びを一度もした事がないと言っているのと同じだ。或いは、経験な信奉者から生まれた青年が聖書を読んだことありませんって感じか
マジでどうかしている。腐っても死と暴力を生業とするクズ連中だよな? 僕らと同じで、犯罪組織なんだよな?
「まあ、あそこしかないんだから仕方ないわよ。それに、この国には“灯台元暗し”なんて言葉まであるくらいなのよ? もしあの
「いやいや、はいそうですかって諦めるわけにもいかないから。ホント、大丈夫なんだよね?」
「さあね。もしそれでもまだ不安があるのなら、もうアタシじゃなくて上の方に言ってほしいかも。
どうせあそこに着いてまずやる事なんて、上層部の方々に一時間遅れの定時連絡入れて思いっきりキレられる事なんだからね。例えそこに至るまでの道筋がどうであっても、結果が変わる事ってないし。あいつら鬼みたいに時間に厳しいし。」
「え、それマジで? 私たちあんなに死ぬほど頑張ったのに、まず最初に怒られなけりゃいけないの?」
……前の二人が羨ましい。さっき感じた躊躇を、どうも僕はずっと引きずり続けているようだ。入れそうな隙間なんていくらだってあるというのに、いつまでたってもそこに飛び込めないでいる。そことは形が違う事がわかっているから、とでも言ったところかな?
とはいえ、背後で一人蚊帳のお外にいながら歩みを進める田中さんに話を振るわけにもいかないだろうしなぁ。せめて、彼女からこっちに何か振ってくれれば……
「……あの、ルース……さん? 今、少しよろしいですか?」
おっと、そんなこと考えていたら早速だな。願ったり叶ったりって奴だ。“棚ぼた”とはまさにこの事だ、最高だな。すべて最高だ。
……ただ、呼び方にちょいとばかし文句があるというだけで。
「あー、結構なんだが……その呼び方やめない? 僕、何というかすごく悲しくなるから。ルーツを知らないなら知らないで結構なんだけど、ほぼ初対面の人に言われちゃうとちょっと心に修復不能な傷ができちゃうかなー……なんて。」
と、自分自身の表情やら雰囲気に冗談めかした要素を半分くらいまぜまぜして投入。しかし彼女にはそれを感じ取ってくれるだけの察し力は無いらしく、特に笑いもしないどころかすごく申し訳無さそうな顔をされてしまった。
「あぁっ、ごめんなさい! ちょ、何と呼べばいいか……!」
「龍二だ、それでいい。むしろ僕の方こそ何と呼べばいいか分からなくって難儀してたんだ、ちょっと君をどう呼べばいいかもついでに教えてくれると有り難いかなぁ。」
「え、あ、じゃあ優羽とでも呼んでください。」
……あら、そりゃまあ意外だ。いたいけな少女が出会って初日の人間にファーストネームをわざわざ呼べなどと、相当な事態であろう。普通はファミリーネームの方だろうよ、平山の方だろうよ。というか僕自身、現に一度か二度は彼女をそう呼んだ事だってある。
まあ彼女に限った話ではないものの、男に女をそう呼ばせるって事には結構な好感度が必要だろう。無論、お互いに。そして、僕がそこまでの状態にあるとは思えまい。……そんなにヤクザの家が嫌か、この女は。
「そうかい、優羽さん。……で、どうしたんだい? 何か用があるんでしょ?」
「……あの、その、私……その、あなたに……」
と、何か彼女が口に出そうとした時。しかしそれは、少しばかり高揚した声色でいた姉御の言葉によって遮られる。
「さ、着いたわよアンタたち! ここが我々最大の防衛拠点にして最高の隠蔽拠点! そう、今ここに在りますは本邦最高峰にして最強の
……どこがやねん、と。思わず場所にちなんだ言葉遣いが出てしまう程のそれが、目の前に佇んでいた。
倉庫、だ。それ以上にこの施設を適切に形容できる言葉を僕は知らん。僕とて別に日本語話者ではないが、まあこの施設を説明しろと言われれば皆こんなもんだろうな。
そして、示し合わせたかのようにその両側の土地はきれいに空いている。少し不自然と思えなくもないものの、まあ倉庫ならこういう事もあると納得することはできる。少々無理やりだ、と言われればそれまでだけど。
「姐さん、マジぃ? 家二軒分くらいの敷地しかないけど、これで何する気なのさ。」
「タケフミ、家二軒の方がまだマシさ。階層が無いんだから、寧ろこっちの方が狭いと思うよ? それに一般的な邸宅じゃないから水道とかネットとかその辺通じてなさそうだし、設備的にはその辺の家の方がいいもんだと思うな。」
と、一般の住宅とは比べるべくもない眼の前の惨状に男二人は喚くかのごとく言葉を交わす。しかし、そんな事をした所でこの地獄を変える事はできやしないのである。顔は下へと向き、ため息が精神世界から漏れ出して来るのは二人共同じだった。男どもが、随分とまあ嫌そうにため息を吐き捨てる。
そして、希望を求めて彼女に縋った。まあ、諦めているか否かと聞かれれば諦めながらの行動だった訳だけども。
「姉御、一応聞いておきますけど……ここに住む、なんて事ないですよね? ハウスってのは名前だけのもので、僕らの住居はそれで別に色々とあるんですよね、ね?」
「……え、ここで寝泊まりするけど? 田中さん除いた全員。」
「……僕らも?」
「僕らも。」
あぁ、もうやだ。
だって無理じゃん。こんなとこ。まだ入ってないけど、外観があからさまに無理って言ってるじゃん。もうちょっと外観くんの言い分も聞いてあげよう? 多角的な視点って大事だと思うよ?
「はい、じゃあご入室〜! 大丈夫よ、色々と設備は揃ってるから。もう既にアタシたちの協力者たちが中にいてアタシ、ルース、タケフミの荷物は搬入終わってるし、優羽さんに必要だと思われる生活必需品は揃っている。まあ、それでも一日だけ不自由な生活になっちゃうんだけど……いいかな、優羽さん?」
「姐さん? 聞いてないことが多すぎるんだけど姐さん?」
「はい、私は大丈夫です。あの家から出ていけるなら、何でも構いません。」
「……今、すごく問題のある家庭環境が見えたんだが。ルース、どう思う?」
「いや、こういうのは専門家に任せたほうがいいな。というわけで田中さ……って、あいつもういないぞ⁉ いつ帰ったんだ、それに音もなく!」
ああ、頭痛がしてきた。もう状況は無茶苦茶だ。
こんな場所で、一体どうやって生活しろって言うんだよ……!
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