第23話 「まだまだ問題は山積みです」

【18:49 3階 緊急避難ルーム】


「……あー、御三方。まずは感謝を。娘を救って頂き、ありがとう。私の心ある限り、私に可能な限り、感謝しよう。といっても、そんなものでは到底足りないという事は重々承知しとりますけれど。」


部屋の中央に立っている彼は、開口一番にそう言った。関西弁が抜けてさえいるんだから、きっとこの言葉に嘘はないのだろう。

……しかし、しかしだ。僕らは僕らで、言いたい事は結構山盛りなのである。まあ、僕自身やタケフミがそれを口に出す事はないのだけれど。


「そうであれば、なぜ増援を出さなかったのですか?

……ああいえ、もはや増援云々の話ではありませんね。それ以前の問題でした。

なぜ護衛対象が戦闘に参加するという事態をみすみす見逃し、危険な目に遭わせるような行為に至ったのかについて説明を求めます。この子は、貴方の娘でしょう?」


これがまさしく理由だ。姉御は今日イチ怒り狂っていて、もはや逆に冷静とまで呼べる程の状態にまで達していた。口調や語気こそ変わらないものの、言葉の節々には確かな怒りが篭っているように思える。


「いや、それは……優羽が勝手に!」

「それを監督するのが親であり大人です。その自覚すら捨て去られましたか?」


まあ、思う所はあるのだろう。僕の後ろに隠れている彼女は、明らかにパニック症状を起こしかけているような状態だからなぁ。

息は荒く、僕の右肩を握りしめる左手に込められた力はさっきの触手といい勝負しているくらいだ。正直言うと今すぐにでも引っぺがしてやりたいけれど、それやるともっとひどい症状が引き起こされかねない。

なんなら腕にちょっと返り血もついてるし、パニック抑制のために力を込めている可能性だって否定できない訳なので、この痛みのために短絡的に引き剥がすのは愚策だろう。


「……まあ、今は一旦この話は置いておきましょう。終わった事をいくら話題に出してもどうしようもないですからね。

しかし、これだけは理解して頂きたい事があります。貴方の娘さんは、間違いなく攻撃対象とされているという事ですが……よろしいですね?」

「え、ええ。それはワシらも身にしみて理解しとります。」

「そして、貴方がたは我々に貸しを作った。これも、事実ですね?」

「……まあ、はい。」


言われている側は何とも他人事のような様子だが、とにかく言質は取れたと姉御は判断したのだろう。彼女はついに、核心的な事を切り出した。


「であれば、ある程度こちらの要求は飲んでいただけますね? 仁義、という物もヤクザにはもあるのでしょうから。」

「……内容によりますよ。ワシらはこの国一番と言うても過言やないほど巨大なヤクザですが、それでもできひん事はある。

ともかく、聞きましょか。あなた方はワシらに何をせえと?」

「いえ、あなた方が何かする必要はありません。……ただし。娘さんは、我々の手配した施設で保護させていただきます。あなた方とこの施設は、世界を背負わせるにしてはあまりにも信頼不足ですから。」


……まあずいぶんと相手を舐め腐った台詞ではあるものの、それは姉御の感情が反映されているからというだけだ。論理として考えれば至って平凡だし、実際にそうであるが故に上の皆様はこの方法を取ることで合意に至ったはずなのだ。

明らかにバレている場所より、少しでもバレない場所を選ぶ。ただのビルより、もう少し防衛設備の整った場所を選ぶ。当然の話だ。一般人ですらも、最低限このくらいは理解できるだろう。


「……え、つまりあんたら娘を連れていくて……ちょっと、そんなアホな!」

「防御設備が貧弱すぎるのだから仕方がありません。防犯カメラの一つも設置されていないのですよね? そこらのコンビニでさえ、もう少し防犯対策が施されていますよ?」


彼女はそう言いつつ一旦振り返ってから、僕の方に近づいて来るやいなや肩……ではなく、そのもう一つ奥にいる少女の方をぽんぽんと軽く叩く。そして切れたナイフも驚きの態度だった数秒前とはまた大きく異なり、優しい口調と表情で彼女に語りかけた。


「……勝手な事を言ってしまって、ごめんなさい。でも、貴女を守るためにはこうするしか……」

「いえ、私は構いません……む、むしろ歓迎です。」


おっと、これは流石に意外だったか。年端もいかない少女との会話ということでニコニコしていた姉御も、食い気味にそんな事を言われれば驚いたような表情に塗り替えられるというものであろう。

ま、驚いたのは彼女だけではないけど。だいたい歓迎ってなんだ、歓迎って。普通こういうのって、涙の別れとかあるもんなんじゃないの。

とはいえ、そうなると少し面倒だから僕らとしてはこれでいいんだろうけど……ずいぶんとまあ、拍子抜けだね。


「え、えっと……? まあとにかく、そういう訳ですので。

衣食住の方に関しましては我々で既に用意はできていますので、ご心配頂くことはございません。では、我々はこれで失礼致します。」

「いや、おいちょっと待てや! ワシの娘やぞ!」

「だからこそお守りさせて頂くのです。貴方だけならまだご自身で身を守る事もできるでしょうけれど、娘さんとなれば話は別ですから。」

「せやかて、これはあんまりでしょ! なんぼなんでも許されまへんで、それは!」


……随分と抵抗するなぁ、おい。これじゃ涙の別れなんてやってくれた方が余程マシだぞ。

まあしかし、姉御もこの辺は無策ではないらしい。特に驚いた様子もなく、更に次を切り出していく。


「……では、こうするのは如何でしょう。そちらの組織の方から一名、連絡要員としてついて来て頂くというのは。

そうすれば娘さんも安心ですし、緊急時の連絡も容易く行えるでしょう。それに、こちらの内情を知る方がいらっしゃられるのならそちらも色々と考えを組みやすいはずです。そうでしょう?」

「いや、でもねぇあんたら……!」

「もしご必要でないと仰られますのであれば、それで結構です。では今度こそ、我々はこれで失礼致します。」


……姉御は踵を返す。そして僕やタケフミもそれに続いて移動しようとした時、そこに待ったがかかった。


「ま、待て! 待てや!

……わかった。そっちに一人、連絡のために人を送らせてくれ。」

「承りました。それでは、どなたを? 時間もありませんので、無駄な協議はナシで。今ここでお決めください。」

「……わかった。ほな、田中。お前行けるか?」

「ええ、私はいつでも。よろしゅうお願いします、御三方。……それでは早速、その安全な場所とやらに行かれますか?」


田中さんは、特に表情も変えることなくそう口にする。そして、姉御がそれに応え……る前に、しかしタケフミが先に口を開いた。


「ああお二方、ちょっと待った。行くのは構わないけど、姉御はこの子おぶって行ってもらえる? せめて、このビルから出るまでの間だけでいいからさ。ね?」

「は? なんで?」

「何でって、十代かそこらのいたいけな少女が見ちゃったらまずいでしょ? 私とかの慣れた人間ならまだしも、ついさっきまでパニック症状を起こしていたんだ。叫び声とか銃声とかでそうなっちゃったんだから、血とか肉片とか見たら……」


と、彼がその先を言葉にする事はない。それはきっと野暮であるからというよりかは、彼女にそれを想像させたくもないという彼なりの思いやりが形になった行動なのだろう。全く、随分とまあ思いやりの強い人間である。

姉御とは出力の方向性こそ違えど、両者はほとんど同じ意志を抱いているに違いない。まったく、思いやりが強いというのはいいものだ。


「ああ、なるほど。貴女にとってはそちらの方が良いのかしら? お嬢さん。アタシは貴女の意思に従おうと思っているけれど。」

「……それでいいなら、お願い、します。」

「はーいはい。では運びますので、お目をお塞ぎくださいまし。」


……右肩にあった刺すような痛みは、そうして一瞬のうちにぱっと消える。だけれども、僕は自分自身の顔を後ろに向ける事を少し躊躇した。後ろで響く、先程と同じような足音にも関わらず。先程は、そんな事は簡単にできたというのに。

そうして、足音だけが過ぎ去ろうとする。今の躊躇が何だったのかは分からないが、仕事にそれほど関係があるもんでもない。とりあえず湧いて出てきたナニかを振り切るように首を回すと、僕は仲間に少し遅れる形で足を階段の方へと向け始めた……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る