第22話 「急な転機をこそ急転と呼ぶのです」
足音が、聞こえてきた。あれは一体、誰だ……?
「ふん、抵抗など所詮無駄だということだな。
おい、どうした? お前たちも仇を取りに来たらどうだ。それとも、恐怖で動けないか? ならばいっそ、自害してしまえ。楽でいいぞ、お互いに。」
「誰が! 私は貴様なんぞに殺されるほど、楽な死に方をするような運命じゃないさ!
姉御、ルースをっ! ここは私が引き付けておくから行け!」
「ちょっと、待ちなさいよ⁉」
後ろの姉御と前で盾になる形で立っているタケフミが何か会話をしているが、そんなもんどうだっていい。大事なのは、降りてくるのが誰なのかである。援軍、かもしれない。期待はしていないけれど。
「感動的だな。なら、次はお前だよ老人。」
「おいおい、私はまだ30だよ? 老人呼ばわりは御免だね、クソボケが。若いからそうやって無駄な事をやって、自分から隙を作って死ぬのさ。せいぜい楽しみにしているとも。」
……引っ張られてこそいるが、右手の銃はまだ保持できている。それに弾倉はまだ残っているし、まだ身体も動いてくれそうだ。
とりあえず、確認がてらに足の裏をべたりと地面に貼り付けて姉御の動きに抵抗してみる。そしてその次に無理矢理にでもと身体を引き起こしていくと、姉御の悲鳴とともに引っ張られる感覚がなくなった。
「ひっ……⁉ 嘘でしょアンタ、まだ息あるの⁉」
「……おいお前、流石につまらないぞ。碌な力もないくせに、よくもまあ立ち上がれるものだな? その気概だけは称賛に値するが、それだけだぞ。それとも、わざわざ自分から苦しみたいとでも考えているのか?」
誰が何を言おうとどうだって構いはしない。視界は揺らぐしまともに声は出ないが、まだだ。
足音の主を、確認するまでは何とか立ってみせよう。それが、僕の仕事だ。両の手に鞭打って弾倉を入れ直し、スライドを引く。
「生きているか。だが、もう動ける状態じゃないはずだ。大人しく下がれ、悪いことは言わん!」
「バカを言わないでほしいな、全然まだだ! 悪いが地獄まで付き合ってもらうよ、エロ同人野郎め! その触手からは媚薬でも出るか? それともローションか?」
「……減らず口、か。反吐が出るな。ならば今度は、確実に死ぬまで攻撃を続けるまでのこと!」
と、いい加減に怒り狂ったタコ型は背中から覗く触手をうねらせる。しかし、僕の視線はあくまでずっとその先にあったのだ。
もうそろそろ、出てくる頃だと。そう思い、凝視を続けていき……
出てきたそれという光景に、僕は思わず固まった。それが何故かって、それは僕にとって全く理解できない、すべての想定を超越した行動だったから。正直、この可能性だけは自分でも考えていなかったから。
「……は?」
「おい、人の話を聞いているのか! 何を見ているんだお前は! 気でも触れたか⁉︎」
……明らかに、女の子らしい走り方。学生服らしき白いYシャツと肌はそれ自身を白い壁に擬態しているようにも思わせるが、しかしその下に見える黒いスカートと振り乱す長い黒髪はそれを否定する。
そしてその手に握られているのは、得体の知れない謎の瓶。だが僕には、それに賭けるしかないという事だけは読み取る事ができた。
「冗談……! 元より僕は正気だ! そらどうした、まだまだ行けるぞ!」
何としてでも不意を突かせるため、両手を前に突き出す形で1911を構えてこめかみに2射叩き込んでやる。そしてそれによって、向こうの注意は完全に僕の方へ。更に、既に彼女もタコ型の真後ろについていた。
……これほどの状況であるのだから、チェックメイトにも思えたが……そこは、それほど甘くもないようだ。戦い慣れしていないであろう奇襲者は、馬鹿正直にも叫び声を上げた。
「このっ、タコの化け物! これでも喰らいなさい!」
「何っ⁉︎ 馬鹿が……!」
後方から迫る彼女に、タコ型は気づきもしていなかったのだろう。その一言で明らかに驚きを隠さないような表情をしつつ振り返るが、時すでに遅しである。彼女の手に掴まれていた瓶は、縦回転をしつつ宙を舞っていた。
そして、それを投擲した本人以外の全員の意識がその瓶へと向く。だが、その軌跡はおおよそ直撃コースとは言えないものだ。少し上に逸れた軌道のまま、髪に当たりそうなほどの至近距離でタコ型の頭の上を通過していく。
「っ、外した⁉︎ そんな!」
「な、あ……⁉︎ 平山優羽だと、馬鹿な! ノコノコと出てくるなどと⁉︎」
タコ型は動揺している。作戦目標たる組長の娘が、まさか出てくるなどとは考えてもいなかったのだろう。
……コンマ1秒だけ、隙ができた。彼女のおかげで。そして瓶はタコ型の上を通過し、僕らの方へと飛んでくる。この機を逃す事など、一体誰にできようか。
それを考える前に左脚は動き、速度を持ちながら一歩で僕を壁付近に運んでくれた。それも、少しの高度を持った状態で。そして右脚もそれに追随し、壁を蹴ってさらに高度を上昇。
「これで……! 届く!」
左手を、伸ばす。そして、その太い瓶の飲み口を掴み取った。
そこに貼られたラベルは、“スピリタス”。アルコール度数にして約95パーセントの、イカれた酒だ。しかし、この状況では最高に都合がいい酒でもある。
アルコールは燃えるというのはもはや一般常識だ。そして、この敵は火に弱い。彼女はどこからかその情報を知り、これを当てようとしたのだろう。
だが、まだ甘いな。ただ当てたところで割れない可能性もあるし、掴まれたら今度こそ一巻の終わり。そして、そうさせないための方法は……衝撃、だ。
「なっ、しまっ……!」
「遅いんだよタコ野郎! こぉれで終わりだぁあ!」
相手が反応して振り向く、その前に。たっぷりと振りかぶって位置エネルギーを得た酒瓶を、頭頂部へと真っ直ぐに振り下ろす。
「く……? な、何を……⁉︎」
物理的に石頭なせいで衝撃なんて効かないが、そのおかげで瓶の下部分はバラバラに砕け散ってくれる。そして無駄なようにも思えるほどに多量の内容液を周囲に散乱させると、今度は割れた酒瓶を右胸の下に突き刺す。
そして仕上げに、追撃を避けるためにバックジャンプで大きく動きつつ右手で照準。そしてアルコールに濡れ切った身体にもう一度1911の弾丸を撃ち込む。だが、残念ながらそれは着火剤にはなってくれなかったようだ。
「ちぃっ!」
「タケフミ、火! 火つけなさい、マッチ!」
「……なるほどな! よしきた、後は私に任せろ!」
だが、後ろの二人は僕の行動の意図を逃さない。タケフミは腰からマッチ箱を取り出すと、それを開けて中にある一本を取り出し火をつけ……た所で、再び襲いかかる触手ども。
「やべっ、弾かれる!」
「アタシの前でそんな事、させるもんですか!」
だが、こちらに伸びてきた8本の触手は一撃……というより、一射の元に叩き潰される。姉御の援護射撃だ。散弾を叩き込み、一撃の元に全てを叩き落としたのだろう。
そして空薬莢を排出し、更に姉御は何発かの射撃を重ねていく。そして全ての触手が引いたタイミングで、マッチを持ったタケフミが前に出た。
「助かったよ姐さん! そいじゃ、キャンプファイアーのお時間だ!」
……そんな言葉と共に、今度は火のついたマッチが宙を舞う。今度もまた、あの怪物の方に向かって。
それが、まだ人間の形を残していた部分……怪物の顔面部分に直撃すると、アルコールに浸されたその肉体はすぐに業火に包まれた。
「⁉︎ ……っ、あぁあああっ! 熱い、熱いぃっ!」
すると化け物は先程と同じように燃え上がり、先程と同じように悶え苦しんでいく。そしてやはり、先例と同じように球体らしき影が右胸の下辺りに見えた。
形こそ変われど、弱点は変わらず。結局、本質的にこの三体は同じだったのだろう。そしてそれが故に、その全てに同じ形の死は降るのだ。
「“死神”、最後はアンタが決めてやりなさい。」
「……了解。
お前は苦しませちまったが、これでお終いだ。じゃあな、
……引き金に指をかけ、銃口を向ける。そして弾き出された、致命の一発。それは外れる事なく、ついに目の前の男を撃ち抜くに至るのであった……。
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