第21話 「そろそろ駄目みたいです」
迎撃のため、僕は引き金に指をかける。そして立ち上がると、タコ型はこちらに声をかけてきた。
「……無駄だ、と何度言えばわかる? そんな半端な威力では、衝撃は与えられても破壊に至る事は決して無い。永遠に、だ。」
「おいおい、強がりはよした方がいいんじゃないかな? もう君に勝ち目はない、さっさと尻尾巻いて逃げる事だね! 3対3だったのが3対1になって、挙げ句逃げ帰るなんて恥を君自身が受け入れられるなら!」
……てな具合には、思ってもいないような事を口にできる自分の口に感謝しつつ挑発してみるものの……本心を意識してみれば、自然と脂汗がにじみ出てくるというものだ。なんてったって、さっきまで起こっていたはずの奇跡すらも現状では起こりそうにないのだから。
所詮、先程の二名をやれたのは奇跡に過ぎない。攻撃をさせる前か、攻撃への対応が奇跡的に行えたからこその事であって、さらに防御もできない場所をたまたま付けたというだけのこと。しかし、今回は防がれた。
あのうねっている8本の触手は、その一本一本全てが有機的かつフレキシブルに動いて弾丸を防いでくるんだ。そのことは、先程の攻撃で確認済みだ。
「こっちに来い、ラストワン賞! それとも、僕一人でさえも殺せない雑魚だって事実を自分自身で認めるか? もしそうなら、僕は後ろからお前を撃ちまくってぶっ殺してやろう!
僕が殺してやった同類共みたいになぁ!」
「……そんな言い方は、良くないな。
何も知らないが故の下らない言葉とはいえ、そういう言い方は聞き捨てならない。我らの“道”を奪ったお前が、そのような言葉を使うなど……到底、許された事ではないぞ!
元はといえば、お前達は所詮目的のための障害でしかなかったが、もはやその認識は改めよう! この手で、確実に、その脳髄と心臓を握りつぶさねば気が済まん!」
……いや、僕は正直ここまで効くとは思っていなかったのだがな。だが現実として、この場には怒り狂ったタコ型の顔がある。挑発にしては、ずいぶんと効きすぎなものだ。そのせいで一瞬、呆れ果てるほど挑発に弱いのではないかとも思ったが……しかし、どうも違う。明らかに、程度というやつがおかしいのだから。
多分、知らず知らずのうちに地雷というやつを踏んづけてしまったのだろう。だがまあ、ムカつく野郎には此の位言ってやるのが丁度いいってなもんだな。
「真理も知らぬ蒙昧なお前に、変えようのない現実を教えよう。儀式を待たずして自ら死を選ぶ阿呆に、望まない死を与えよう。永遠に、与え続けてやろう!」
「はっ、君は思っていたより挑発に弱いと見たな! 知性を持ったタイプの敵だとは思っていたが、この程度なら無いのとそう変わりゃしない! 今の言葉、そっくりそのまま結果として君に返そうじゃないか! これを、食らってろ!」
……乗ってくるなら上等である。ここで姉御とタケフミを追わせるよりは、ここで無駄に時間を使わせるほうがいい。とりあえず状況だけでも元に戻すため、数発ずつの指切り射撃で牽制しつつ階段まで歩いて遮蔽を取った。
「ルース、ルース! 君が囮をやる必要はない! 無茶をするな、階段から後退するんだ!」
「断る! そいつをケツから撃ちまくってこっちに追い込むんだ、勝利優先だろうが! 追い込んでぶっ殺せ、3人もいるってんならやってみせるんだよ!」
「違うわ! あれはアタシたちがさっき交戦した二体とは質が違う、逃げなさい!」
……二人の反応がおかしい。だが、その程度で止まっているわけにはいかないのだ。とにもかくにも撃ち返し、弾が切れたら弾倉を排出。そして、新しい弾倉を求めて左腰に手をかけ……そこで、感触のなさに気づく。どうやらこれは、完全に弾が切れてしまったらしい。
となれば、否応なしにM16を捨てざるを得ない。しかしすぐに右腰のM1911を引き抜き、5発ほど発砲……して、弾切れ。
「くっそぉ! 弾が、弾がない!」
「……口だけ、か。理解してはいたが、拍子抜けだな。己の無力を呪いつつ、せいぜい苦しんで死ぬがいい。」
弾倉を外し、新しいものを入れ直してから左手でスライドを引くことでスライドストップを解除する。しかし、その時には既にタコ型は眼の前にまで迫ってきていたのだ。
クソ、と叫ぶ暇すらなく前方から迫り来るタコ足ども8本。流石にまともに直撃すれば死ぬだろう事は明らかであるので、自分にでき得る限りの反応速度を出して照準。そして自分に一番近いものから順に、迫る7本の触手へと45ACP弾をぶち込んでいく。
……だが、もう一本が問題だった。それもまた弾丸によって迎撃できると信じ込んでいたが……ここで弾切れ。スライドストップは戻ってきたっきりのそれだけ。
「何っ⁉ しまっ……!」
……1911の装填数は8発ではなく、7+1発だった。薬室の一発は、撃ち切ってからの装填では入らないのだ。
それに気づいた事で声が出るより前に、残った一本の触手によって掴まれる左腕。そして右の方では手癖で弾倉を排出しながらも、左から身体が引っ張られる感覚には抵抗することはできないのだ。さらに腕を恐ろしい力で掴まれているおかげで、逃げることもできない。
……そして、その力が向く方向は急速に変化していく。背中方向へと爆発で吹き飛ばされるような速度とパワーで振り回され、右腕を動かそうと考えた瞬間にはもう既に背中を壁へと叩きつけられているのだ。そして、何かが潰れる音が響く。
「かっ……!」
……まるでパワーが違う。大型トラックに紐でくくりつけられているみたいだ。わかっちゃいたけど、こいつは人間なんかじゃない。言葉を喋るだけで、中身は全くの別物だ。
そして背中から叩きつけられたせいで、息が一瞬止まってしまう。更に眼の前でさえも朦朧としてきたが、それは左側から聞こえてくる声によって明瞭なものへと変わっていく。
「ふん、呆気ないな。」
「この……! こんな程度でぇっ!」
余裕ぶった態度と表情は、人間誰しもかなり癪に障るものだ。そんな怒りの感情のもとに僕は明確な意識を取り戻し、右半身を回して顔面を銃口で殴りつけてみる。
とはいえ、そんなものはコンクリートをぶん殴っているようなものだ。死体を殴っていると言われても納得の硬さの皮膚には攻撃など効かないと確信すると、今度は口で1911を咥えて弾倉を入れ直す。汚いが、左手が使えない以上は致し方のない行為だ。
そしてピストンのように高速で右手を引いてから戻す事でスライドストップを解除すると、近距離で両方の眼球に弾丸を撃ち込んでから残りの5発を僕を掴んでいる触手へと撃ち込んでみるが……眼はともかく、触手はやはり攻撃を受け付けてはくれなかった。無駄な銃声だけが、木霊する。
「効かないか、化け物め!」
「お前が言えたことか。腕の骨が砕ける音は、確かに聞こえたはずだぞ? 左はまだしも、右腕が動くなど……」
「骨がどうした、動くものは動くんだ! こんな風になぁ!」
不快そうな、しかし大きな疑念が混ざった表情に銃口をもう一度叩きつける。僕の方は向き合って殴り合う気でもいたのだが、タコ型は僕のことを気味悪がっているらしい。その証拠に奴は今の一瞬だけで僕を持ち上げると、そのまま空中で振り回してくる。そして気づけば、また視界はぶっ飛んでいった。それも、姉御たちのいる方向に。
「ちょっ、嘘だろ……⁉ ルース、マジかよ!」
……タケフミの声は聞こえてくるものの、今度こそ朦朧としてきた。地面に叩き落されて頭に衝撃が加わったことでおかしくなったのだろう。視界にはもやがかかり、身体がとてつもなく重いのだ。
そしてそれが故に、周囲の音がよく聞こえる。生存本能、なのかもしれない。だから……音が、聞こえてきた。誰かが階段を駆け下りてくる、足音が。
あれは、誰だ……?
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