第20話 「こいつの腕は、ちょっとキモイです」
それは、一瞬にも満たない。刹那というごく短い所要時間の下、僕の視界は天井へと向けさせられる。
「……?」
そう思っていた僕はしかし、全身を覆う浮遊感によってその間違った認識を叩き潰される。自分自身の置かれている状況に、ようやく気づいたから。
僕は、吹っ飛ばされたのだ。なんの感覚も痛みも認識もないままに。そして、ここは空中だ。まるでポラロイドカメラで撮った写真みたいに視界の動きが失われているものの、感覚だけは何故か自分の肉体に保存されている。だから、この走馬灯のような空間でも状況は理解できたのだが……どうも、状況把握のお時間はここまでらしい。僕が自分の状況を把握するやいなや、体感時間の流れは現実と同じに戻っていく。
そして視界はぶれ、動き出していたそれが次に停止した時には異常なほどに大きな痛みが後頭部を襲っていた。更に、まるで追撃でも入れているかのようなタイミングで全身を強烈な痛みが走る。
「ぐぁ……! ぐぅっ! くそ、何なんだ! 僕はいつやられた⁉」
思わず声を上げてしまう程に一連の痛みの流れは強烈だったが、所詮その程度だ。肉体に損傷は全くないという事は瞬時にわかったので、独居老人の気持ちを体感しつつも素早く立ち上がる。
……耳鳴りが酷い。それに立ち上がって見回してみたところ、周囲の状況もまた違う様子だ。おそらく僕は、吹っ飛ばされた衝撃で別の部屋に入り込んでしまったのだろう。
とりあえず両方の肩をそれぞれ1周分回した後には首も回すことで周辺確認がてらに身体のチェックを済ませると、僕は自分が無理矢理叩き込まれたであろう扉から飛び出て状況確認。
「何よあ……ル、ルース⁉ あいつホントに不死身かっての!」
「姐さん、いいから撃てよチクショー! それにわかっちゃいたけど、こっちのトカレフ弾じゃ効きゃしねえや!」
確認は一瞬で終わり。状況がヤバいという事だけは僕に伝わったから、これで十分なのだ。
完全に瓦礫に埋まっている、さっき自分がいたはずのコンクリ壁の裏。そして、その下からこれみよがしにと言わんばかりに伸びるM16。
廊下にいるのは階段を登りきったであろう人間型、そして交代で退がりながらそいつに銃撃を繰り返す姉御とタケフミ。明らかに友軍は防戦一方だし、なんか人間型はゆっくり歩いていけるほどの余裕があるし。
だが、その分背中は隙だらけというやつだ。とりあえず止まっていたって始まりゃしないので一息にM16の方へと駆け寄っていくと、僕は転がり込むように数少ない遮蔽に入り込んで黒いそれを拾い上げつついつも通りの持ち方をしてみる。
「レシーバー、バレル、マガジン……よし、目立った変形部位なし! そして、内部機構はどうだ?」
本体を左に大きく傾け、チャージングハンドルを右手で少し引いて薬室内の弾薬の有無を確認。……有る。そして今度はその右手で弾倉を抜いて異常があるかどうかを確認してみるが、こっちは無し。
故に一度か二度ほど弾倉をストックにこんこんと軽く叩きつける事で中にある弾薬を後ろに揃え、丁寧に装填してから弾倉底面を手で叩いて入りきった事を確認。その動作に自分事ながら丁寧すぎると少しにやつきつつ、グリップを握り込んで親指でセレクターの位置を確認。
「……よし、やるっ!」
そして全ての確認が終われば、敵を撃たない理由はない。できるだけ被弾面積を減少させるべく横たわってなり胸から下を隠しつつ遮蔽物から飛び出していき、いつも通りに右胸の下を狙ってセミオートで二発ほど発砲。
奴は見たところ左腕の完全回復がまだのようだが、頭部、胸部、右腕は再生しているとも言える。全くもって恐ろしい回復力だが、万全とはとても言い難いだろう。少しでもここから援護すべきだ、と考えての判断だったのだが……どうも、それは逆効果だったらしい。
「……ん? ああ、おまえか。何故まだ生きている、コンクリートを破壊できる威力で吹き飛ばしてやったというに。いや、まあ構わんか。どうせもう一度殺しきってしまえば同じ事だ、所詮は私にまともな攻撃さえ届けさせられない敗北者なのだから。」
奴はまるでどこかのホラー映画のように首を180度回転させてそう言うと、その背中を段々と膨らませていく。
……ひとえに膨らむと言っても、何も蚊に刺されたようなちゃちな膨らみではない。風船にヘリウムガスを直で叩き込んだ時のように、膨張という言葉すら生ぬるく感じられてしまうほどの体積の増え方で大きくなっていくのだ。
そして、ある瞬間……その膨らみが、破裂した。
「どうせ、貴様らの誰にもこれを破ることはできない。私がこの盾であり剣となる“手”を持つ限り、私はあらゆる戦いであっても不敗となる事であろうな。」
「……うっわ。こいつぁ、ちょっとコミカライズ厳しいぞ……!」
そして、破裂した背中。そこから出てきたのは粘液のような水であり、何者かの血であり……触手、だった。背中から、合計八本の触手が生えてきていたのだ。
一見すると蛸のようだが、吸盤もなければ色も違う。こいつの場合は原色に近い赤だが、最近の蛸は灰色やら保護色もかなり多いだろう。つまりこいつは、猿真似どころか蛸真似というやつだ。全く似ていないじゃないか。
……だが、眼前の廊下に佇む男は平然そう……というか、特にこういう事を気に留めていなさそうに無表情を貫いている。僕らからしてみればどう考えたってあの触手はヤバいが、どうヤバいかを確かめるためにも、一旦ちょっかいだけは出さなければならない。
「ち、ゴタゴタしたのが背中にひっついたって勝てるもんでもないって事を僕が存分に教えてあげようじゃないか! デカさと強さは直結しないんだ、僕らみたく謙虚であるんだね!」
「謙虚? みすぼらしいだけの弱者が偉そうに囀るな。まともな攻撃手段もないのだから、大人しく倒れて……」
と、なにか言いたげそうだった人間型……いや、タコ型の言葉を遮るようにセレクターをフルオートにしておいたM16によって声はかき消される。俗に言う塩対応、だな。何を調子に乗っていたのか知らないが、付き合ってやるほど暇ではないというのだから声を聞く必要もないのである。
そして狙い撃つは、8本の触手が出て来ている大元の部分。単発では効くものも効かないのでフルオート射撃に切り替え、引き金を強く引き切る。
「っでぁぁああっ!」
「……無駄なことを。そんなもの、私には届かないという事は知っているはずだ。」
奴の言葉は最初の一部分だけ耳に入ったが、後は銃声でかき消された。毎分900発という圧倒的連射速度で1700ジュールの破壊力を持った弾丸を、爆音と共に20発と少しほど叩き込んでいく。
……だが、これもまた効果を見せてはくれないようだ。全弾直撃のはずだが、奴はびくともしていないではないか。
「流石に拳銃弾とは比べるまでもないが、逆に言えばそれだけだ。貫通などできないし、この手は破れない。」
タコ型は顔だけこちらに向けるのをやめ、身体もこちらの方へと向けてくる。その方法こそ恐ろしいものだが、これで向き合う形になった訳だな。
ああ、まったく気味が悪い。とりあえず右手でマガジンリリースを押しつつ空になった弾倉を左手で叩き落とし、新しいものを腰から引っ張り出してきて再装填。
そしてボルトリリースを再び手首で叩くが、相変わらず近づいてくるタコ型。それを迎撃するため、僕は再び引き金を引く……!
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