第19話 「わからないけど、とにかくヤバいです」

後は、その攻撃が効いたかどうかだ。

もしここから僕らが炎で攻撃しなければならないと言うなら、この戦いはここでチェックメイト詰みである。果たして弱点は、破壊されたのだろうか……?


「ちぇっ、ここで弾切れとは! 後ろで見てる二人はさっさと援護しなさい、アタシは一旦退がるから!」

「っ、了解! 僕が援護する、タケフミは回収しろ!」


なんて考えていたうちに、姉御の言葉で僕は再びスタジアムの観客席から戦場へと引き戻されていく。

自分が手に持っているものがバルーンでもビールでもなく、金属の塊を敵にぶち込むための装備だと思い出した僕はすぐさまそれを構え直し、蜘蛛型の微細な動きの一つすら逃さぬように弱点部位へと照準を合わせて待機……していると、想像通り完全な球体が胸部右側に現出する。恐らく、あの怪物の弱点だ。どうも弱点はずべて共通らしい。

綺麗ながらも脆弱な、宝石のようなそれ。知らぬ者から見れば、質屋に持っていきたいと思わされるほどの物なのだろうが……いかんせん、これは呪われているのでな。

なんせ、人間1人分の血と死がへばりついている。これがルビーのように見えたとしても、その光景は幻想以外の何物でもありはしないのだ。

と、照準を合わせつつそんな事を考えていると蜘蛛型の上半身に異変が起こる。開いていたはずの身体にできた穴が、だんだん狭まっていくのだ。受けていた傷が、みるみる回復しているのだ。

奴は先程からピクリとも動かないが、それは回復に能力の全てを費やしているからなのだろう。ならば、ここで弱点をもう一度狙い撃つ。


「すぅぅぅぅ……っ!」


息を少し吸い込んでから呼吸を止め、片目で視界をギリギリまで狭めて照準。ガク引きをして照準をずらさないよう、ゆっくりと引き金を引き絞る。

そして、ちょうど球体の半分が隠れた瞬間に僕は発砲。そして、まあ当然だが、こんな数m程度の距離で僕が外すはずはない。球体には綺麗な穴が空き、蜘蛛型の身体にできていた穴の回復は止まった。


「……敵撃破数、これで2だ。ざまあみやがれ、手間取らせやがって。」


……奴は死んだ、と考えていいだろう。となるとひとまず姉御が心配であるので、銃口をおろして遮蔽に隠れつつ反対側の遮蔽へと叫ぶ。


姉御、タケフミ、そっちは無事ですか! 特に格闘戦をしていた姉御、敵の攻撃は喰らいましたか!」

「馬鹿言わないで、一発も喰らっちゃいないわよ。全部不意打ちで片したし、攻撃できる隙なんて与えてない。

それよりアンタどうなのよアンタ! 遮蔽代わりの壁がもうほとんど潰れてるし、かなり下に血が付いてるじゃないの。後ろ向いて、後ろ!」

「え……? 僕、全然生きてますけど⁉」


姉御のそんな言葉に、僕は自分でもわかるくらいあからさまにキョトンとしつつも後ろを振り返る。すると、確かに床には新しい鮮血が飛び散っていた。何をどう考えても、僕が関係した血であろう。しかし僕がその事実に驚きを隠すこともなく身体全体をやたらめったらに触りまくったにも関わらず、どこにも出血している部位どころか傷でさえもないように感じられていたのだ。


「は……いや、傷なんてあるわけが……⁉」


傷なんてあるわけがない、と。痛みも感覚も何もなかったのだから、と。それを言おうとした時、僕は視界に映っていた光景に己の目を疑う。

なんせ、自分が先程まで使っていた遮蔽物……コンクリ壁の、僕の胸くらいの高さの位置に、見るも無惨なばかりの大穴が空いていたのだから。


「……うっそぉ。だって僕、ホントに生きてんだぜ? そんなはず、そんな馬鹿な事がある筈が……!」


……攻撃を、確かに受けた。しかし僕には傷一つない。相反する想像を招く2つの事実が、僕の精神を思い切り揺さぶってくる。果たして何がどうなっているのか、本当に何もわからないような状況。しかし、そんな中でも聞こえてくる声があった。


「……の、国……失敗作……生物兵器……!」


しかし、その声の主が何者かはわからない。何せ聞いたことのない声であるのだから、班別が可能な訳が無いのである。そのため僕は一旦情報の処理をすることをやめて戦闘準備に入りつつ、遮蔽をきちんと確保し直すために屈み込んだ。

……そして、それは姉御とタケフミも同じようだ。得体の知れない男の声だけが反響しながら響き渡る空間で、プロフェッショナル三人組が勝利の喜びに浸って浮かれる道理はないのである。


「精神構造……オフターゲット変異……の国に送れない……!」


向かい側では、タケフミが立ってTT-33のプレスチェックを。そして姐さんはM870に12ゲージ弾を装填しつつ、しゃがんでタケフミの足元で攻撃の準備を進めているようだ。

……その最中、ちらりと僕はアイコンタクトで二人との情報共有を試みた。この声に聞き覚えはないか、と。しかし、帰ってきたのはタケフミからの首を横に振るという単純明快なアンサーのみだった。

意図が伝わっていなくてもダメ、伝わっていたとしてもダメ。まあ何にせよ結果は聞き覚えがないという答えで一致しているという事を脳内で勝手に確認すると、僕はその主を敵であると判断して立ち上がり、アンブッシュ待ち伏せ攻撃のために一步分ほど壁から離れて待機。


「敵の、撃滅……下方階層より襲撃……!」


と、そうしている間にもどんどんと声は近づいているようだ。そのため今度もタケフミに向かってアイコンタクトを行うと、今度の彼は首を縦に振ってくれた。

そして僕らはそんな具合に戦闘態勢を整えていき、衣擦れから銃の作動音やら何やらに至るまですべての音を消し去る事で擬似的な“静寂”を無理矢理に生み出す。この空間にある音が、この誰も知らない声だけになるように。

……階段を登る足音と、繰り返される同じ内容の言葉。特定の音声を流すボイスレコーダーを搭載したヌイグルミがあったなぁ、と僕は少しばかり過去に思いを馳せてみる。待ち伏せというのは例えそれが即席のものであっても攻撃開始の瞬間までは暇なのだ。

慣れたものだから、緊張もしない。敵がどのタイミングで出てくるのかは感覚でだいたい読めてしまうので、僕はこうして考え込む事すらできるのだ。例えば……この声が何者によって生み出されているものなのか、とか。


「……の国、蝶の国、蝶の国……」


相変わらずショートしたロボットをも超える勢いで連呼している言葉に、僕は聞き覚えがない。ここにいる皆が、違いなくそうだ。さっき下にいた敵の一人が言っていたことを聞いたというのはそうだが、それにしたって意味がわかった訳では無いのだ。

……そう、僕は下で聞いていたんだ。そして、今ここには僕ら三人と人間型がいるのみ。他に来た者はいないし、いるはずがない。だが、それはおそらく最悪の可能性を示しているのだ。少なくとも、僕にとっては。


「蝶の、国に……お前たちを、送ろう!」


……怪物だと思っていた敵は、意思を持っている。他の奴らも持っていたのかもしれないが、こいつだけが言語を使うということは、この敵が他と一線を画している存在であるという証明だ。……だから、警戒心を持った。

しかし、次の瞬間。僕が確かに抱いていたその感覚ごと視界はぶっ飛ばされたのである。


「……この力によって。」


一瞬だった。気持ちの切り替えをしようと、意識して瞬きをしたその一瞬。ともすれば1フレームにも満たないであろう、その刹那。それだけの所要時間のもとに、僕の視界は天井の照明へと向かされていたのである……














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