第16話「今度はそろそろヤバいかもしれません」
「階段付近でコンタクト! 1階から上って来たのね、このクソ共!」
「ち、援護する! 狭い階段だから1体ずつしか登って来られないはずだ、ここで抑え込めば一気に有利に立てるぞ!」
状況は最悪であり、そして最善だ。僕が先程止めを刺していれば違ったかもしれないが、結局あの怪物の2階への侵入を許してしまった。
しかし、まだ各個撃破は狙える段階だ。迎撃のために急いで階段に急行して付近の壁に張り付きつつ覗き込むと、やはりそこでは2体の怪物が前後に分かれて1体ずつ狭い階段を上っていた。
そしてよく見ると、前方にいる1体には人間の脚部がない。更にその代わりに、蜘蛛のような形状と材質をした8本脚とそれを支える蜘蛛の腹部のような楕円形の腰部がくっついていた。
それらは大方、先ほど切り裂かれた後に再生させたのだろうが……いかんせんこういう狭い空間では、かなり動きづらそうだな。そして姉御もそれを理解しているのか、僕らに指示を飛ばしてくる。
「アンタたち、あの動きづらそうな奴を先にやるよ! 火力を集中しなさい!」
「了解! 僕は目ん玉ぶち抜くから、タケフミと姉御は脚をぶっ潰せ!」
とりあえず、持ってきたM16のストックを肩付けしてセレクターをセーフからセミオートに変更。そしてひとまず遮蔽にしている壁から上半身を乗り出して照準器を覗き込み、登ってきている蜘蛛型の右の眼球に狙いを定め、そうして僕は一発目の射撃音を響かせた。
「キュッ……⁉ キシャァアアアアッ!」
……今のような室内戦は、距離にしてみれば2メートル半もないような超近接戦だ。しかしいつもと違って向こうは撃ってこないのだから、今のところただの的である。貫かれた右の眼球を思えば、こいつだってそれくらいは理解できるだろう。
「よし、やっぱり頭部には効果がある! このまま左もだ!」
「それはいいけど、コイツの声きもっ⁉ 虫みたいな見た目して体もキモいのに、声まで汚くてどうすんのよ!」
「姐さん、お喋りはもういいからさっさと狙って! こいつ、さっきのに比べて脚が硬すぎる! 外骨格じゃないんだぞ、畜生!」
そして遅ればせながら、56式の重い射撃音とショットガンの巨大な発砲音が持ち主の会話とともに聞こえてくる。しかし、2人共僕と違ってまともな遮蔽を取っていないようだ。
確かにこれは銃撃戦ではないし、まだ敵は攻撃の兆しを見せていない。とはいえ、それは全く何の警戒もせずに身を隠さず撃つ理由にはならんだろう。銃撃の爆音でかき消されるかもしれないが、僕は一旦全身を遮蔽に戻してから彼らの方に向いて叫ぶ。
「タケフミ、それに姉御! 遮蔽物なしでやり合うのは無茶です! 僕の撃ってるところの下か、せめて逆側に!」
「大丈夫よルース! あいつら絶対撃って来ないから! それに、あんたが目も潰したんだから勝てないはず無い!」
「そうだぞ、それにこちらは高所だ! 地の利もある、いけるぞ!」
……彼らは僕の警告に対し、見向きもしないまま余裕ぶった表情で銃撃を続けている。今喋っているのは、所詮単発での射撃をしているおかげで音が通る瞬間があるからにすぎないのだろう。
現に彼らは、喋っている時に少しでも息を吸う瞬間があればそのついでとばかりに銃撃している。まあ、これに関しては仕方あるまい。彼らが敵の攻撃を受けるのは自由だ。
……そう思いつつ、僕が再び蜘蛛型に銃を向けて左眼を狙おうとした時だった。
「……っ⁉︎」
強烈な悪寒が、首筋から背中にかけて走る。そしてそれはまるで、何かのサインを思わせるような感覚だった。
何かが、ヤバい。鍛え上げられた自身の勘がそう声高らかに叫び出したのを感じ、僕は一旦少しサイトから目を遠ざけて周囲の状況を探る。
すると、蜘蛛型が前方にやっていた2本の脚を何故か少し横に動かすのが見えた。そして、奴が腰部を少し上に向ける動き……まるで、腰部中央を使って何かを狙おうとしているような動きも見えていた。
それは、確かに一瞬の事だ。しかしそれに名状し難い何かを確信した僕は、焦り始めた喉にグッと力を込めてまた叫ぶ。
「おい、ヤバいぞ! 死にたくなけりゃ2人とも今すぐ離れろ!」
「ルース⁉︎ ちょっとアンタ、さっきから様子変だけど⁉︎」
姉御は言い返してくるが、もう遅い。僕は蜘蛛型が彼女らの方に向けている腰部に銃口を向け直し、セレクターをフルオート射撃に切り替えて引き金を引く。
……ベトナム戦争で米海兵隊の新入りどもがマガジンコントロールに失敗しまくり、そのおかげですぐに3点バースト仕様のM16A2が導入されたという逸話があるほどの連射速度だ。
「く、こなくそぉおおおおっ!」
それを、指切り無しで一気に全弾叩き込む。反動制御はその分キツくなるが、もはや構うものか。腕力と気合で抑え込み、数秒間を耐え凌ぐ……が、どうやら全弾撃ち終わってもあちらは大きなダメージを受けていないように見えた。
だが、まだ諦めるわけにはいかない。すぐに遮蔽に隠れてマガジンキャッチボタンを押しつつ本体を左に振って弾倉を捨て、腰から新しい30連STANAGマガジンを取り出して再装填。そしてそのまま左手でハンドガードを掴むと、今度はチャージングハンドルを右手で引いてからボルトフォワードアシストを念の為一度ぶっ叩いておく。
……と、そんな事をしていると姉御たちも僕の行動に気がついたらしい。或いは、射撃音がうるさすぎて気づかざるを得なくなったとも言えるが。
「ルース、アンタ何を……っ、再装填! 援護しなさい、タケフミ!」
「はいよ姐さん! ったく、この化け物は硬すぎや……⁉ って、危ねえ! 姐さん動け!」
そして、その瞬間にできた数秒の隙。運が悪いのか、或いは狙われていたのか……蜘蛛型は、姉御に向けた腰部の中央から高弾速の何かを射出した。けっこう大きい、白色の何かだ。
そして僕も再装填が終わって構え直していたとはいえ、流石に高速で射出されていく物体にはどうすることもできはしない。せいぜい目で追うのが限度だ。そしてそうであれば、その向かう先にいる二人の動きも見えているというものだ。
「姐さん! ……っ、ちぃ!」
白い何かは、確かに姉御の方に向かっていた。しかしここでタケフミが僕から見て奥側に姉御を突き飛ばすことで姉御を射線の上から引っ剥がすと、彼は避けられないと判断してか手に持った56式を体から少し離しつつ盾にするようにストックとハンドガードを掴む事で
そして、白い何かはタケフミの方へ向かっていき……見事、彼は56式で攻撃を受けきってみせた。見ると、どうも奴が撃ってきていたのは粘着性の蜘蛛の糸を固めた物のようだ。一歩間違えば死んでしまっていてもおかしくない、賭けとすら形容できる程の行為だった……が、まだ終わっていない。
「タケフミ、離せ! レシーバーが溶けてる!」
「何⁉ クソっ、折角のAK系が……!」
「いいから捨てろ! 死にたいのか!」
タケフミが盾にしていた56式の形が明らかに変化していくのを見ると、僕はすぐさま叫んで彼に指示を飛ばす。そして彼の方も口では名残惜しそうにしながらも、身体は正直だと言わんばかりにすぐに融解し始めていたソレを蜘蛛型の方に投げつけてから僕とは反対側の壁に隠れた。そしてどこから持ってきたのかトカレフを取り出すと、一度プレスチェックを行う。
更に姉御の方も、突き飛ばされて倒れ込んだ方向が幸いして隠れられたようである。とりあえず、危機は脱した。
……だがこうなると、かなり厳しい展開だ。これでは僕らの側が、間違いなく一方的に不利な展開じゃないか……!
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