第17話 「鉄壁などありはしません」

……これでは、一方的に僕らが不利な展開じゃないか。


「クソ、あれにはイカれた濃度の消化液も混ざってるな⁉ なんだって私のAKが融解しやがるんだ、気に入ってたのに!」

「この期に及んで文句言いなさんな! アンタ自身が生きていただけでも有り難いと思って神に感謝の一つでも捧げなさい、馬鹿! あとルースにも!」


被害者たるタケフミと姉御はそう毒づきつつも、二人して角に隠れて様子を伺っているだけの状態に落ちぶれているようだ。まあ、僕が言える事ではないが。

しかしまあそんな事はともかく、問題は蜘蛛型だ。あれが射撃武器を持っているという事は、今までのような迂闊な攻撃はできない。そう思いつつ、今度は複数飛んでいく蜘蛛糸の塊を視線だけで見送っていく。

そして僕らに当たるはずもない見当違いの場所へと撃ち出された糸の塊は、着弾地点の周囲を侵食するようにじわじわと誘拐させていっているようだ。もしもあれを喰らってしまえば、ギャグアニメのように糸でぐるぐる巻きだなんてお優しい結果になるような事は絶対にないだろう。

……そんな極限状況の中、僕は口を開いてみる。


「畜生、前に砲口か! 素材が女だからって事かよ、あのクソアマ!」

「分からんぞルース、白いアレを吐いてるって事はオスの可能性だってあるんだ! まああんなもんナカに喰らったら、お股の中身がクリームシチューってなもんだがな!」

「なるほど、では僕らならケツの穴が広がってクソがしやすくなりますね!」

「ちょっとアンタたち、アタシの前でクソみたいな下ネタ言うのやめなさいよ! しかも、面白くもないし!」


と、ちょっと想像できちゃうグロめの下ネタを交わして精神を安定させつつお互いに精神がマトモであるという事を確認し合う。そうすると、今度は姉御が叫んだ。


「だいたいタケフミ! なんでアタシの身代わりになんかなったのよアンタは! アタシたちまだ出会って初日よ、何十年も連れ添ってきた妻の身代わりになったんじゃないのよ⁉」

「でも私達はもう仲間だ。それにそちらには理解できなくとも、私には仲間をどうしても失いたくない事情があってね!」


……いい感じの台詞を姉御の方を向くことなく言いつつ、タケフミは遮蔽から身を乗り出してトカレフを2発射撃。そしてそれに合わせ、僕の方もM16をまたセミオート射撃に切り替えて左の眼球を狙い撃ちにしようと弾丸を撃ちまくるが……先ほどとは違って、敵も動くことを覚えたらしい。数秒前まではほとんど微動だにしていなかったはずの上体の動かし方が、ここにきてどんどんとハードになっていく。

……と、狙いに集中している僕は蜘蛛型が向きを変えていることに気づく。向こうとしているのは、こっち……⁉︎


「キカカカカカッ! カッ、カカカカカッ!」

「……っ、やべっ⁉︎」


間一髪、ギリギリ攻撃前に予備動作を察知できた事で僕はすぐさま遮蔽物に隠れることができた。

そして逃げおおせた後に聞こえるのは、壁の裏から鳴り響く溶解音。そして音が鳴る間にも、また連続して粘着質な何かが壁面に叩きつけられるべちゃべちゃという背筋が薄ら寒くなるような異音が耳を混乱させる。



「……ちっ! 全く、今のは危なかったな! 僕の腕で撃っても、こいつじゃ奴の目玉には当たりゃしないようだな! 

って訳で姉御、12ゲージの散弾で目ん玉をぶち抜いてくれ! そうすれば状況は何とかなりそうだぞ!」

「分かってる、今やるわよ! 7、8……よし、装填完了! 何とかして隙を作ってくれれば、顔を出して銃撃できると思うわ!」


姉御はM870に散弾を込め終わると、僕ら二人に隙を作れと言ってきた。しかし、そんな事ができればもうやっているのだ。現にタケフミは僕らの会話中にも何発かトカレフを撃っていたものの、全く効いている様子がない。攻撃は弱点があったであろう位置に確実に当たっていたのに、だ。

トカレフは拳銃だが、7.62x25mmという少し大きめの口径の弾薬を用いているため貫通力もそれなりに高い。それが防がれる、ないし無力になってしまうほどに威力の減衰が行われる……という事は、だ。もはや奴の上半身を覆っている物を、皮膚とは呼ぶまい。

あれは、だ。恐らくM16で撃っても、残念ながら効果は薄いと思われる。見える限り、すべての部位がそうだ……頭部を除いて。

頭部だけは、恐らくそこまで硬くない。だが、そこを撃てればもうやっている。これでは堂々巡りだ。どこかしらに、攻撃の効く位置を見つけ出さねばならないだろう。


「クソ……どうする、どこに撃つ! 無駄弾は御免だぞ! タケフミ、撃ってみた感じ効きそうな場所は!」

「ない! 砲口は撃てないし、身体は硬すぎる! 下半身は外骨格に守られているようだ、蜘蛛のくせに! 隙を作るなんて事を言う以前に、火力が足りなさ過ぎるぞ! ブローニングM2はないのか、それかDShk!」

「ヤクザがそんなもの用意できるわけないでしょ⁉ いいから考えんのよ、攻撃が効く場所!」

「姉御、ゆっくり考えている時間はありませんよ! ゆっくり一歩ずつですが、蜘蛛野郎は確実に階段を登ってきているんだ!」


……さっき見たが、あの蜘蛛野郎もなかなか器用なもので一本ずつ丁寧に脚を上げて階段を登っている。もし僕が同じことをやったら、間違いなくどこか引っ掛けて盛大に転げ落ちてひっくり返るだろうな。


「ならその足を止めなさいよ!」

「駄目です姐さん、さっき56式で撃ちましたが効いちゃいない! あれは外骨格じゃない、剛鉄でできた装甲服か何かだ! 戦車みたいなもんです!」


心の焦りが言葉を荒くさせるが、それは僕に限った話でもないか。姉御もタケフミも、そうする必要がないにも関わらずまるで銃撃戦の渦中にでもいるかのように叫んでいる。

駄目だ、まず足を止めて時間を確保しろ。外骨格だって万能じゃない、動かしているのだから全部は覆えないはずだ。守られていない部位がある。


「ちくしょう、どうすれば……って、あぁっ!」


……僕は焦りのあまり、間違ってマガジンリリースボタンを押し込んでしまう。そして、地面へと落ちていく弾倉。慌ててそれを拾い上げた時、僕の目には自分自身の脚が映っていた。どこがどう動いているのか、はっきりわかってしまうほどの至近距離だ。そして、僕は一つの結論に思い至った。

守られていない場所……それは、関節だ。


「……タケフミ! 拳銃で、そっちから一番手前にある脚を狙えるか!」

「ああ、問題ない! だが何を狙うんだ、私の手持ちではあれに弾は通らんぞ!」

「そうだとも、“動かない部分は”攻撃を通さないさ! だが逆に考えれば、動く部分は弾が貫通する! 

一番手前にある脚部関節を狙え! そこが弱点じゃなけりゃ、潔く死ぬとしようぜ!」

「関節……そうか! 了解した、タイミングを合わせて一気に叩くぞ! 体勢を崩してやるんだ!」


思い立ったが早いか、すぐにタケフミに目標を伝達。すると彼も一瞬戸惑った顔をさせたもののすぐに意図を理解したらしく、いったん二人して隠れて攻撃準備に入っていた。


「……タイミングは、攻撃が止んだ瞬間だ! 

蜘蛛野郎にはな、糸の塊の連射を開始してから三秒半くらいで撃つのを辞める癖がある! 弾切れだか何だか知らないが、攻撃をしない瞬間があるなら利用するまでだ!」

「よし、その……っと、来たぞ!」


そして僕が攻撃タイミングを行った途端に、お誂え向きの連射攻撃が始まってくれた。周囲のコンクリートもかなり穴が空いてきたが、これで一旦は打ち止めだ。

……いちいち声を出さずにいる道理はない。僕は、タイミングを合わせるために叫ぶ。


「3、2、1……今だ!」

「クソ蜘蛛め、こいつでどうだ!」


僕が合図を叫んだ数瞬後、僕と彼の二人が同時に上半身を出して関節部に狙いをつける。サイトの中心で敵を捉える瞬間も、引き金にかけた指に力を入れるタイミングも、全く同じになるように。

……ついに、引き金は引き切られた。それとほぼ同時に、ボルトが前進していく。そして撃針が弾丸後部にある雷管をぶっ叩いた。それによって、耳をつんざく銃声と共に弾丸が発射される……!





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