第14話「女には面倒な者もいるものなのです」
どうも彼女は、僕が想像していたよりも大分面倒臭いご様子だ。
「さて、君はなぜ僕が偽名を使っているとわかったのかな? それとも、僕のことは最初から知っていたかい?」
「……イタリアマフィアが日本人の名前をしているわけがない。まさか、その程度でバレる事も想像していなかったの?」
「まあ、別に僕らは敵じゃないんだから想像するわけないよ。第一、マフィアだってバレてるならもう偽名がなんだって話じゃないかな?」
僕はそう言って一杯水を飲んでからもう一度冷水を注ぎ直していると、彼女はまた何かを僕に言ってきた。
「……沢山、銃声を聞いたわ。でも、人を殺したのは最初だけなんでしょ? 後から乱射してたのは、人の形をした怪物を撃ってた。違う?」
おっと。どうもここからは、一旦真面目な話をするらしい。あの場にいなかったにも関わらず、彼女はまるで全てを見ていたかのように僕に事実確認を行ってきた。とりあえず冷静になるため、僕は一旦コップの水を一気に飲み干す。
……まあ彼女にとっての乱射の定義と僕にとっての乱射の定義の違いにもよるけど、概ね彼女の言っていることは正解だ。そのうえ、僕は別にそれを隠す必要もない。
まあ結局のところ、僕は“そうだ”とだけ言ってさっさと終らせてしまえばいい話ではある。
しかし僕はそれでも、彼女がどうやって戦闘の概要をこの安全区域の中で知ったのかを知りたくなったのだ。故に、ジャブ程度のつもりで彼女の方にも会話を振ってみる。
「へぇ、君もなかなか鋭いね。何故そう思ったの?」
飲みきったコップにまた水を注ぎつつ、僕は軽い探りの結果を待つ。まあ、この程度は小手調べですらないという認識だったので面白い話が聞けるはずもなかったんだけれども。
「……小学校の頃、社会科見学でアイスクリームの工場に行ったの。それで、アイスを箱に入れる機械を見た。規則的に、何の誤作動もなく音を立てて動いてた。
最初にあなたの鳴らしていた銃声は、それと一緒だった。別にそれだけよ。」
……お、おう。思っていたよりろくでもない答えが帰ってきたようで、僕は逆に少し安心した。まあ、一般人への軽い探りで得られる情報などまあ大抵こんなものであろう。
とりあえず彼女が何言ってるんだかなんて全くわかりゃしないのだが、まあ少なくともこの言葉は僕の事を冷血クソ野郎とか何とか思っているからこそ出る言葉だ。聖人相手にこれはない。
とはいえアイスクリーム工場の機械と同列に並べられているとなると、流石の僕もショックではあるけれど。
「お、おう……」
……ああ、助けて姉御と叫びたい。しかし彼女はもうほとんど僕の目の前にいるというのに、この重っ苦しい空気感に押さえつけられて動けなくなっている様子だ。そして、タケフミも同様である。更に面倒なことに、一旦護衛を配置換えしようとしていたようだ。ドアを開けて人を動かしているだけの組長が羨ましくてならん。
この状況は面倒だな、と。少しばかり嫌な気分になっていた時。その悪感情を増幅させてくるような言葉を平山は言ってきた。
「……御堂竜二。あなたは、何者なの? いや、人間なの?」
「あぁ?」
比較的温厚であることを自負している僕であっても、これには流石に怒らざるを得ないだろう。この女、守られる立場でありながらいい根性してやがる。
「おい、言うに事欠いてこの僕を人でなし呼ばわりとはいい度胸じゃないか。誰がさっきまできみを守ってやったと思って……」
「……ここで貴方に会って、声を聞いて、分かったことが一つだけある。貴方は人殺しじゃない。それですらない。私が見ている貴方にはまるで、まったく感情がないように思えるの。」
随分とうるさいVIPだな。お嬢様気取りだというなら、もう少し静かにしてくれないだろうか。
だいたい、人殺しですらないって何だよ。誰が望んで人殺しになんぞなるものか。どうせこんなものは、実戦を何も知らない馬鹿な民間人の餓鬼の戯言だ。
……まあ、それにしては僕の本質が突かれているような気がするからあまり暴力的にやれないのも事実ではあるのだけど。例え、彼女の言葉に一切信じる価値がないとわかっていようとも。
「僕にだって感情の1つや2つはあるさ。さっきまでの君のようにパニックを起こすこともあれば、喜ぶことも悲しむことも何度だってあった。何も僕の事を知らないくせに、よくもまあ知った風な口を訊けた物だね。」
「……だって貴方、何も変わっていないじゃない。
あなたはあなた自身が撃ち殺した人間が生き返って、異形の存在になるのを見て、そしてそれを殺して……そんな事をやった後で、どうしてそんな軽薄そうな態度でいられるのよ。」
……彼女の言葉に信じる価値はない。僕には感情がある。だって、僕はまだ生きているのだから。その証拠にさっきも僕はあの怪物に対し多少なりとも恐怖したし、今でだってまさに僕は彼女に対して苛立ちを覚えている。僕に感情がない、なんてのは今流行りの悪い嘘さ。
「あまり殺した相手の事は考えないようにしてるんだ。だから、あんまり感情も動かない。」
「……ねえ、だとしたら貴方は本当に人間なの? 貴方に心はあるの? 昔のSF映画みたいなアンドロイドじゃないって、自分自身で証明できるの?」
彼女はそう言うと、蹲りながらも初めて顔を上げてこちらにそのご尊顔を見せつけてきた。
……彼女はいわゆる、当たり強い系黒髪ロングの美形。だがその顔はしかし、目元の赤みと涙によって崩れかけの化粧で台無しになっているではないか。
よくもまあこんなにギャン泣きした後だってのに僕に噛みついてこられるな、なんて具合に彼女に抱きかけた多少の尊敬の念をそこらへ放り捨てた後にもう一度紙コップの水を飲み干す。
「そりゃあ勿論、僕は人間だよ。そうでなけりゃ、こんな風に声に抑揚がつく事なんてないとは思わない?
それに僕はただ、仕事と生活との間で考え方を分けてるってだけさ。別にそれ以上の事は何もないって。」
「……信頼できない。」
「別に僕は君に信頼なんざ求めちゃいないよ。まあ、信頼できないからって守られる事を拒否するのはやめてほしいけど。」
「それは一般的に負け惜しみとして言うのであって、本気で言う言葉とは違うはずよ!」
そう叫ぶと、彼女は急に立ち上がる。こんな時間帯だというのに、制服姿のまま。
……普通に学校に通うのか? それじゃいくらなんでも僕らだって守りにくいだろうに。いや、それとも何か方法でもあるのか? 上にこの事態が想定されてないはずはないし、まあ僕が気にするべき事でもないか。
そして、問題は彼女だ。立ち上がった彼女はこちらに近づきつつ、明らかに語気を荒らげて言う。
「あんた何なのよ! さっきから私がこれだけ言ってるのに、何も態度変えないで!」
彼女はわずか数歩で僕の目の前に立つ。そしてその直後に僕の方へと動かんとした彼女の右手を、この眼が見逃す事はなかった。
「少しは反応くらいしなさいよ、気持ちわる……っ⁉︎」
と。彼女がそれを言い切る前に出してきた右手を、僕は自分の右手で掴む。
彼女が伸ばした右手の先にあったのは、恐らくながら僕の服の胸ぐらだ。流石は暴力団組長の娘というだけあって度胸だけはあるが、逆に言えばそれだけだな。
「……アマチュアめ。
馬鹿をしつけるには、眉の毛一本動かす必要もない。表情も語気も変えぬまま僕がそう言った事で膠着状態に再び入りそうになったが、ここで部屋のドアが勢いよく開かれると共に入ってきた若い男が焦った様子で叫ぶ。
「組長、敵が2人生き返った! お嬢を絶対に出さんでください。あのバケモノはまだ1階です!」
「……ちっ、脱出は一旦後回しね! 行くわよルース、あとタケフミ! アタシたちの手で怪物の生き残りを潰して、突破口を切り開く!」
「了解だ姐さん! ルース、もう一度やるぞ!」
……遊びの余裕はなさそうだ。僕の言葉に少しだけ怯えを見せている平山の腕を離し、僕も急いで扉の外へと駆け出していく……。
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