第13話「問題はまだ山積みです」

……燃え上がる怪物。その左胸に、何か異質な影が見える。

その形状は、明らかに真球だ。人間の体内にはあるはずのない、ともすれば人工物であるとさえ思わされるそれは、僕にその真球自身をあの怪物の重要器官であるかのように思わせた。


「……今撃たなくていつ撃つ、僕。」


援護が来たとはいえ、迷っていられる暇があるわけじゃない。手段があるなら撃つまでだ。

腰からゆっくりと1911を抜き、安全装置を外して弾倉、続き薬室をチェック。いつでも発砲可能な状態であることを確認すると、僕は拳銃用の射撃姿勢を取って冷静に、落ち着いてサイトで狙いをつける。

相手は動いているが、問題ない。動きにはパターンが有り、それを掴んで弾丸を撃ち込めば勝てる。そんな判断の下、僕は移動の軌跡を読んである一点に集中。その位置に来たらぶち抜いてやるという覚悟で、その時を待つ。

……響く銃声、叫び声、話し声。そんなものは息を止めれば忘却の彼方へと飛んでいき、残るのは視界に映る物のみだ。

慎重にタイミングを合わせ、引き金を引く力で照準がぶれないようにゆっくり、しっかりと引き……


「……そこだ。」


発砲音を、一発だけ響かせる。

……そうすると、耳障りだった呻きは消えた。そしてそれとほぼ同時に銃声の二重奏も演奏が止まり、ビル内には焚き火のような炎の音だけが残る。


「……勘は当たった、って事で良さそうか? こいつ、本当に死んでんだよな?」


そして残ったのは焚き火の音だけでなく、疑問もだ。今までにも死んだと思わさせられてから2度も生き返られては、流石の僕だって同じ轍は踏まないものである。まあ、この怪物の生死を確認する方法など僕は持ち合わせていないのだけれど。


「おーい、ルース! バケモンの死体ばっかりにかまけてないで、こっちに来るんだ!」


……おっと、流石に深読みのし過ぎも考えものか。それにさっきの一撃は明らかに他と違う感じ……何と言うか、“生々しさ”があった。まあ、死んだと見ていいだろう。

とりあえず、僕をお呼びの彼の方へと僕は駆けていく。そして彼のすぐ近くで立ち止まり、薬室から弾薬を抜いて安全装置をかけてから腰に拳銃をしまった。


「よし、銃の扱いは結構。よく今まで持ちこたえたね、私が直々に褒めてあげよう。」

「ああ、それはどうも。ヤクザの連中、あの化け物が生き返ったの見たら逃げやがりまして……今、あいつらどこいます? 一人一発ずつ僕の手でぶん殴ってやりたい所なんですけど。」

「そういうな。あんなもん見て、小便漏らさないだけマシだよ。だいたい君、生き返ったの見たんだろう? よく立ち向かえたね?」

「……まあ、無我夢中でしたから。」


実際、まじで何だって立ち向かえたのかわかりゃしないんだもんなぁ。今から考え直してみると、2階への退却も普通にアリだったとさえ思えるほどのイレギュラー。“弾丸効かない、生き返る、ヤバいもんいっぱい生えてくる”。そんなもんお出しされていれば、どう考えたって失禁不可避だったはずなのに。

まあ、銃のおかげでもあるのかな。武器がある分対抗しようという心理が働いて、その結果乱射しまくったとか。

……なんて自分の理解不能な行動に我ながら苦しんでいる間にも、田中さんからは更に言葉が飛んでくる。


「いやぁ、大変だったね。一体この人間の形をした怪物は何なんだい?」

「……さあ? 僕らにもわかりゃしませんよ。情報を持ってるはずの幹部はこの事言ってくれなかったし、敵の隠し玉かもしれませんね。それとも或いは、ただの無関係のヤバい集団か。

田中さんの方は何か聞きました?」

「ぜーんぜん。だいいち、この襲撃の情報自体掴めてなかったんですよ? うち。普通に考えて知ってるわけないじゃないですか。」


まあ確かに、まともに考えてみればそりゃあそうだとはなるな。つまるところ、あの怪物はマジで我々の誰もが知り得なかった情報だった訳だ。

……そう考えるとよく勝てたな、僕ら。3人で共倒れだっておかしくなかったっていうのに。僕ですら気付けなかった弱点を的確に突いた二人には、本当に感謝するしかない。しかし、どうやったのだろうか?


「あの、2人は何であの怪物の弱点が火だと気づいたんですか?」

「ん、あれかい? ただの偶然ですよ、偶然。ねえ、タケフミさん?」

「ああ、まあそうですな田中さん。とりあえず得体の知れない物には火で対抗しようとなって、モロトフ一発だけ作ったんだ。しかしまさか、ああまで効くとは。」


……つまりその偶然がなければ、僕らは任務失敗だったという訳だ。ちょっとばかし運ゲーが過ぎないかな? この戦い。


「……さて、御堂竜二さん。3階の緊急避難ルームにてお嬢様がお待ちです。ぜひともご一緒頂けますか?」

「喜んで、田中さん。それじゃ、勝者共の凱旋パレードと洒落込むとしますかね……!」


【18:12 3階 緊急避難ルーム】


「……はい。」

「いや、はいじゃないんですけど。」


期待外れだった。3階で大勢して待っていたポンコツヤクザ共は全然僕のことなんか称賛してくれないし、かといってぶん殴れるわけでもなかった。そしてそれでもお嬢様だけはと信じてプリンセスの私室にエントリーしたら、待っていたのは部屋の端っこに三角座りで固まっている人間らしき謎の物体だった。


「僕とっても頑張ったんですよ? 死ぬような思いして、全ての敵を1階に抑え込んだんですよ。この部屋には足の一歩も踏み入れさせませんでした。なんです、なんだっていうんです? これが凱旋した兵士への待遇だってんなら、ランボーみたくM16持って立てこもりますよ?」

「落ち着いてください御堂さん、彼女は銃声でさっきまでパニックを起こしていたんです。こうなってしまうのも無理ありませんよ、なんせ初めて殺し合いが身近になったんですから。」


蹲っている彼女は顔も見せようとしない。そして言葉こそないものの、近づくなと大声で言っているのと同じような雰囲気が感じられるな。まあそれは、この部屋に俺達マフィア組と田中さん組長さんしかいないからこそ出る雰囲気なのだろうが。


「……じゃあ彼女はいいです。あ、水とかあります?」

「ああ、そこにウォーターサーバーと紙コップが。」

「あ、どうも。」


とりあえず、喉が渇いて仕方ない。まあこれくらいはいいだろうと、彼女の近くにあったウォーターサーバーで紙コップに冷水を注いでいた時だった。


「……あなたが、下で銃を撃っていた人なの?」


……彼女自身が作り上げたはずの重苦しい緊張感に、彼女自身がメスを入れるかのように僕に話しかけてくる。聞いている限り本来の彼女の声は透き通るように綺麗なのだろうが、今ではくぐもった鼻声でしかないようだな。まあ、銃撃戦でパニックを起こす一般人は珍しくもない。大体みんな最初はこんなもんだろう。誰でも最初は初心者であり、僕だってその例外ではないのでね。

ってなわけで、重い空気にはボスとの直接会談で慣れている僕としてはガン無視を貫いても構わないのだが、この空気のまま僕が会話を放り出しておくと姉御やタケフミに田中さんを含めた全員が迷惑を被る事しか考えられない。

……もう一仕事、かな。


「まあ、概ねそれで正しいよ。それで君の名前は? signorinaお嬢さん。」

「……平山。平山優羽。あなたは?」

「御堂竜二だ。まあ短い付き合いになるけど、色々とよろし……」

「違う。本名で答えて。」


なんて、食い気味に言われてしまった。こうなってはもう言ってしまったほうが都合が良かろう。

……彼女に見られていないことを確認し、姉御にちらっとアイコンタクト。すると彼女は微妙な表情をしつつも、少し首を縦に振った。

そしてそれを確認すると、僕はようやく本名を口にする。


「……ミケーレ・カナヤマ。別に覚えなくていいよ、どうせこの国の中じゃ偽名しか使わないんだから。」


……さて、と。どうも彼女は、僕が想像していたよりも大分面倒臭いご様子だな……!

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