第12話「よくもまあこれだけ耐えるものです」

そうして僕は、命を賭けたナイフ戦に赴くのだ。


「もうこうなれば何使ったって一緒だ、装備に文句を言うつもりは毛頭ない!」


小さく細いものの、命賭けるには十分な得物だ。どうせ僕みたいな子供がどう頑張ったって、鍔迫り合いじゃ負けるんだからね。

問題は、どうやって戦いながら弱点を探すかだ。逃げ回っていたって勝てない。あの化け物はおそらく、まあ身体に見合った体力くらいはあるだろう。


「ウゥゥウウウ、グゥウウウゥウウゥ……!」


おっと、とうとう歩き始めたぞ。やはり奴の目標は僕なようで、こっちの方に歩いてくる。しかし、その音が何やらおかしいのだ。何と言うか、鉄塊を床に叩きつけてるような感じ。そしてそれでいて、歩きの速度が一般的な成人男性と変わらない。こんな不気味な事があるか、と。そんな事を考えていると、奴は遂に僕まであと3歩くらいの距離まで来た。そしてそのタイミングで急に足を止めると、下で交差させた腕をゆっくりと上に動かし始めた。当然、あのクソ長い指も同じだ。

……当然、あの指は届かないし腕も勿論届かない。そのはずではある。しかしながら、僕の経験はここで横に避けろと僕に働きかけてくるのだ。


「グググググググゥゥゥゥゥゥウウウウゥゥウ……!」

「あー、つまりこれはヤバいって事ね!」


現実と感覚の生み出していたギャップに混乱して一瞬ばかり足が止まったが、ここで奴は何かを溜めるような声を出す。そして自身の腕が上に動く限界の部分で交差を外すと、手首までも後ろにやり始めた。

まあ、どう考えたってヤバいだろう。ここは己自身の感覚に従って横に跳んで身を躱すと、そこから1秒も経たないうちに爆音とともに眼前の床が土煙を上げながら真っ二つに割れる。そしてそれにビビって何だ何だと驚きつつもさっきまで明らかな攻撃態勢を取っていた敵を見ると、奴は地面に対してすべての指をめり込ませるほどの破壊力のある攻撃を行っていた。


「ち、ケツ痛ってぇ……クソ、アニメで見たぜこういう攻撃! ファンタジー映画じゃねぇんだぞ、現実は!」


地面ごと敵をぶっ飛ばす攻撃だ。もうナイフ戦とかそういう次元の話じゃなくなってる、切り合いは諦めるべきだろう。というか大体何だこいつの攻撃は、明らかに人間の出せる威力じゃないぞ。


「なんて威力だ、クソボケめ! 戦車並みかよ!」


とりあえず緊急で躱したせいで近くの床に座り込んでしまったので腰を上げ、向こうが攻撃で床に刺さった指を引っこ抜こうとしている事をいいことに一気に駆けて背中側に回り込む。そしてとりあえず時間稼ぎのため、トンプソンのストックを脇で挟みつつ近距離で膝を狙って引き金を引いた。フルオートを、もう一度だ。


「てめぇ、こなくそぉぉおおおっ!」

「⁉ ゥゥウウオオオオオオ!」


膝は新しい脚と古い脚との接合部だ。しかし、それにしてはそこまでの強度はない。故にそこを攻撃すれば、相手の移動方法を奪えるのだ。

右側は10発、左側は20発ほどで脚は簡単に千切れた。とはいえ、サブマシンガンなら本来はこんなものだろうな。拳銃弾だってある程度のパワーは当然持っているのだから。


「ち、最後の弾倉か!」


最初から入っていた弾薬も含め、弾倉は合計で4本しか持ってきていない。これで最後ではあるものの、何にせよ今の僕に節約などという言葉はありはしないのだ。身体が軽くなったと思いつつ、この男の膝から下がちぎれて身体の位置が下がった事を利用して一気に背中に駆け上がり、まず左手のナイフで首元をひと突き。

しかし、これで終わるほど簡単でないという事はとうに分かっている。だからそのナイフを一旦引き抜き、今度は後頭部をひと刺し。そしてそれをまた引き抜く事によって出来た深い傷口に、トンプソンの銃口を突きつける。

そして、今までのフラストレーションごとぶち込むような気持ちで僕は叫んでいた。


「お前は頭が弱えんだろ、僕が直々にこいつで脳味噌叩き直してやる! ありがたく思え、クソッタレがぁああああっ!」


セレクターはフルオート。迷いなく、引き金は引かれた。

1発も頭から外れないように銃本体を上から思い切り押さえつけ、反動を無理矢理消しての銃撃だ。

そうして短機関銃は人を殺すにしては軽い音を立て、しかし確実な衝撃をこちらに与え……そうして、30発の斉射を終えた。


「はぁ、はぁ……ち、長居は無用!」


本当にこれで死んでいてほしい所ではあるのだが、こいつは人間の常識が通じない怪物である。念には念を入れて、僕は敵の背中を蹴ることで一気に離れるという一種の安全策を取った。

そして2本の足でしっかり着地すると、僕はトンプソンを捨てて1911を引き抜き、敵の方に向ける……が、もうこいつは動き出そうとする様子はないように見えた。


「……ま、死んでるよな。同じ位置にあれだけ打ち込んだんだ、貫通してないはずはない。

僕は確かに脳味噌のある位置を狙って銃撃したはずだ。頭がダメになれば、身体もダメになるのが道理ってもんさ。」


……もう安全だ。そう僕は判断し、1911を腰に戻した。

まあ、これで駄目ならもう無理だからな。僕が観測できた中で一番回復に時間のかかった部位……頭部を弱点と判断し、全力で銃撃した。もう気力も弾薬も残っちゃいない。


「まあ今まで見たことも無いような怪物だったが、所詮は道理の内に存在している者だからな。それを超えることは、何人たりとも……」


ありえない、と言おうとした瞬間。何か、呻き声のような

音が聞こえた気がした。


「ありえない、よな? クソ、これで駄目ならどうすんだよ。」


……否定したかった、可能性。しかし現実はあまりに残酷だ。

腕が、大きく動く。後頭部に手を当てているようなので、攻撃の効果は確かにあったのだろうという事は伝わがな。


「……Sei fuori stradaお手上げだな。」


攻撃を、しなければならない。しなければならない……が、こっちにはもう武器はない。そもそも45口径はまったく効かないんだから、どうにもならない。ナイフを刺しに行ったって、浅い数を与えるばかりだ。どう頑張ったって決定打にはなり得ない。

そもそも、弱点となっているはずの頭部への攻撃があまり効いていない時点でもう半分詰みのようなものなのだ。この状況をひっくり返す方法は、残念ながら……ない。

ここから僕に出来ることは、まだ動く足を全力で活用してゆっくりと死ぬ事だけだ。後の者たちが何とかしてこいつをぶち殺す事を、無意味にも期待しながら。


「グゥゥ、ゥゥゥウオオオオオゥッ!」

「……来い、クソ野郎。世界一不毛な、最低最悪の鬼ごっこを……!」


始めようぜ、と。覚悟を決めた僕が、そう言おうとしたその時。僕の前方奥側……つまり階段側から、何か光る物体が飛んできた。

そしてそれは目の前の怪物に直撃すると、即座に破裂して周囲1Mほどの範囲に炎を撒き散らす。無論、あの怪物自身にもそれは同様だ。人間だった頃に着ていた服が災いしてか、布に燃え移って身体を焼き尽くしていく。

……するとどうだ。さっきまで僕の攻撃にはほとんど反応していなかった怪物は、火のついた上半身をうねらせて明らかに苦しみ始めたではないか。

そして、階段からは更に男性の声が2人分ほど聞こえてくる。


「おい効いてるぞ! こいつ、火が弱点なんだ!」

「生き物なんて大体そうだよ! いいから斉射しろ、少しでもダメージを与えるんだ! 何だかわからないがルースはどう見ても危機なんだ、相手が何であろうと敵であるのには変わりない!」


よく聞いてみると、その声は田中さんとタケフミのもののようだ。2人は何か言い終えると、すぐに銃撃の爆音を奏で始める。

そして、たった2人の支援部隊が奮闘しているその最中。僕は燃え上がる怪物の左胸に、何か異質な物体の影を見ていた……。



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