第11話「死人は蘇らないはずでした」
牙のような何かが、男の肩口から飛び出した。
「……っ! クソッタレがぁぁぁあぁあああぁあっ!」
もう我慢できない。もう、駄目だ。これは無理だ。何なんだ、この化け物は。
いや違う。考える前に引き金を引け、それが生き残るための唯一無二の道だ。
毎分600発という少々高めな発射レートで、弾倉内の弾を一気に30発撃ち切る。しかし、それでもこの攻撃はまるで効果がないように見えた。
「う、ぅわぁあああああ!」
「う、撃て! 撃ち殺せ、早く! こいつはヤバい!」
「撃て、撃て! 倒せぇっ!」
僕が絶望しつつ再装填をしていると、後方からもパニクった味方からの支援射撃が来る。しかし、彼らが持っているのは基本的には拳銃だ。それらは威力も火力も確実にトンプソンより貧弱であり、奴らには100発当たっても効かないぞといった雰囲気である。
「クソ、あと60発……! 全員、目を狙うかもっと火力のある武器を持って来い! ロケットランチャーは無いのか!」
「あるかそんなもん! 目なんぞワシらに狙えるかい!」
「……おいお前ら! あいつら効いとらん! 皆2階に退け、退けーっ!」
後ろで誰かがそう叫ぶと、僕の戦術指示も忘れた味方は全員踵を返して2階に逃げていく。だけども、僕はここから安易に下がる訳にもいかないね。
というのも、今下がると後がなくなる。VIPの待機している位置が3階であるのだから、そもそも敵を2階にすら入れないのが理想だ。というか大体、ここで迎撃できない相手なら2階でやり合ったって3階でやり合ったって一緒だ。
まあとりあえず装填は終わったので、今度はセミオートで眼球を狙って1発ずつ射撃。するとこれに関しては効果があったようで、目玉が吹き飛んだ。
「グォォオオオオゥウウウウン! ォオオオオオオゥウウン!」
そしてベレー帽の怪物は元々あった手でもう既に無くなった眼球を抑えるように目に手をやりつつ、おおよそ人間のものとは思えないような牛に似た大音量の叫びを響かせると、今度はその両膝から何か節のあるもう1対2脚の脚を出現させた。
しかしその脚はこれまた人間らしい物ではなく、血まみれで筋肉どころか骨までむき出しのクソイカれレッグだ。手羽先の食べカスだってもうちょっと可愛げがあるってなもんだろう。
「……あー、もしかしてこれ怒らせただけ? いや、眼がないのに視覚がある訳ないよな……大丈夫だよな、僕の方に迫ってきたりしないよな⁉」
奴はまるで肉食動物が牙を見せびらかすように全然変化のない爪を強調するポーズ……まあ、メロイックサインの指全部出している版といえばわかりやすいだろうか。とにかくそういう訳のわからないポージングを始めると、今度は全部の指をナイフのように鋭い骨の刃へと変化させた。そしてそのままターンしながら周囲の物体を切り裂いていく。
……まあ、その周囲の物体の中には再び立ち上がった奴の元仲間がいたりするのだけど。そしてそいつらは2人共、その刃でぶった切られたっきり起き上がって来ないのだけど。
ああ、見ているだけで吐き気を催しそうだ。この作品がR-18Gの枠組みに入るのは御免だよ? どう頑張ったってアニメ化できねえじゃないか、これ。
「ち、イカれた戦闘マシーンめ。だけど、こっちには文明の利器があるんだよ。」
……ちょっと怒った僕は周囲を探してみると、想定より良い物があるという事に気がついた。それこそが一家に一台、消火器である。階段の踊り場をちらっと見たら見つかった代物だが、その入手難易度とは裏腹に結構な火力を持った装備だろう。
「イカれ野郎め、そのトチ狂った脳みそ冷やしてやるから覚悟しろよ! オラ、これでも喰らってみたいか⁉」
すぐに消火器の扉をぶち破って中身を取り出し、安全栓は抜かずに左手でレバーを持って味方殺し野郎に直撃するようにぶん投げる。そして血とは少し違う色の赤い鉄の塊が綺麗に胸部に直撃すると、これだけでも結構痛かったのか奴はもう一度咆哮を始めた。
「オォオオオオオオゥ! ウウゥゥゥゥウウウウオオオオオオ!」
「オウオウうるせえんだよ、オットセイ野郎! これで終わりだ!」
奴が咆哮を行っていて動いていないうちに、血と消火器とをしっかり区別してトンプソンを右手だけでピストルのように1発発砲。
しかしこれでも銃口さえ向いているなら当たってしまう物なのだろう、弾丸をもろに受けた消火器はかなりの爆音と衝撃をもって爆発。そしてそのついでに、何がどうなってそうなるのか分からないような真っ白な爆煙をその周囲に漂わせてこちらの視界を奪ってきた。
まるでスモークだ。階段近く故に狭いとはいえ、ここまで見えなくなるものか。僕にできるのは、その場で祈ることだけだった。
「……さて、どうかな……?」
……そうして、一瞬の霧は僕の独り言と共に晴れていく。そして、僕が見た輪郭。煙の中から現れたそれは、先程とは異なる形状をしているように見えた。
よくよく見ると、人間の身体の方の左脚が吹っ飛んでいるようだ。胸から落ちた消火器は確かに左側にあったし、間違いないだろう。
「ゥウウ、オォォゥウウウ……!」
「ち、これだけか⁉ 空中で爆破してりゃ違ったかな、足だけ吹っ飛ばしたってどうにもならない!」
問題は、身体へのダメージの入り方がいかんせん大分ショボいという事か。足がすっ飛んだって3本脚でも別に動けるし、攻撃に肝心な上半身は無傷。これならやらない方がマシだったよ、最悪だ。
流石に今の僕はさっきまでのように恐怖にまみれた表情ではないが、それにしたってこれは酷いと言われそうな位には表情が歪むものだな。眉と眉の間に死ぬほど力が入ってしまってならない、力が入りすぎて勝手に目が閉じるくらいだ。
「ケッ、
……そして今度も目を一度閉じると、その次に僕が見たのはこれまた衝撃の光景。
なんと、吹っ飛んだはずの敵の左脚部が半分くらい再生してしまったではないか。あれだけ頑張って吹っ飛ばした左脚が、膝くらいまで治っている。
これは、何かの見間違いなのか。そう思って左手で目を擦ってみると、今度は完全に治りきってしまっているではないか。奴の左足が、ある。
「
と、再び母国語で罵倒しようとした所で気づいた。ものすごく、大事な事に。
脚部が再生した。つまりこいつには、何らかの超人的な再生能力があるという事だ。そして、それはつまり、眼球も再生するという可能性が極めて高いという事だ。
「……畜生め。」
トンプソンを右手で保持しつつ一旦下ろし、左腰からナイフを抜く。
奴は、手当たり次第ボコボコに壊して回るのをやめた様子で静まる。そして、上半身を回してこっちを向いた。こっちを向いたのだ。
やっぱりだ。再生してる、こいつは無敵だ。ここで奴の持つ何らかの弱点を発見しない限り、どう頑張ったって僕は死ぬ。
「ウゥウウウゥゥゥ、オォォォォオオオオオオッ!」
「……ああ、クソったれ。やってやるさ、やってやりゃいいんだろ! どちくしょうめ、僕は人間とやり合った事はあっても人間の形したバケモンとやり合った事なんてないぜ!」
この状況だ、愚痴の一つだって吐きたくなる。しかし生憎なことに、目の前のこいつはセラピストでもカウンセラーでもないようだ。冷たい野郎だ、そんなんだから化け物になる。いや、逆か?
「オォォォオオオオオオオッ!」
「……無駄口叩くな、ってか。わかったよ、やってやるよ! さあ来い、クソったれナイフモンスター!」
覚悟は決めた。そうして僕は、命を賭けた地獄のナイフ戦に赴く……!
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