第10話 「戦場とは残酷なものです」

             【17:52 ビル内】


「オラァ! こいつ……っ、ウダラァ! ナメとんとちゃうぞコラァ!」

「押せ、押せ! ヤクザごときに簡単にやられるな! 爆発物だ、自分ごと敵を“蝶の国”に送るのだ!」

「数も揃えんで勝てる思うとんのかゴラァ! お前ら、ヤクザナメたらどうなるか教えたれ!」


戦況は、膠着状態に入りつつあった。我らが友たるヤクザの皆様は階段で陣取り、攻勢をかけようとしている夜桜組の連中は15人近くで固まりながらも攻めあぐねている様子である。まあ見た限り、その原因は装備面の問題だろうな。奴らの装備は幅こそ広いがどれもこれもチンピラ以下のチンケな武器が殆どであるように見える。

例としては果物ナイフ、包丁、鉄パイプ……まあこの位ならわかるが、酷い奴はコンクリートブロックやら明らかに取り回しの悪そうな竹槍やらといったような物もある。これでは、ショーペロス ト ラ イ キ中の労働者の装備のほうが100倍は強力だな。少なくとも、銃に対抗できるほどの性能がある装備じゃない。

……しかし、だからこそ疑問もある。何故こいつらがヤクザ相手に膠着状態にまで持ち込めているのか、という疑問だ。

VIPは3階にいるのだから、襲撃部隊は主な目的のうち3分の1も果たせていない。それ自体は結構なのだが、本来あの程度の敵ならばヤクザが苦戦する理由がないはずなのだ。それこそ、その辺の不良を同数以上集めれば勝てるレベルの数と練度と装備だ。数で勝る我々が、敗北する道理はない……はずなのだが。


「うっ、うわぁああああぁあぁああっ!」

「おい、自爆や! 離れろ、離れ……!」

「クソったれぇっ! クソイカれボケがぁ!」

「そうだ、やれ! 吹き飛ばせ!」


……響く爆発音と悲鳴。まあ、多分これだな。目は逸らしておいて正解だった、と自分ながらに思う。人間の四肢やら臓器やらが吹き飛んでいく様を望んで見たい奴など、手術をする系の医者にだっていやしないだろう。

ヤクザはIEDによる自爆が怖くて攻めあぐねている。というか実際、キルレシオとしては1以上は確実にあるからな。しかし、襲撃部隊も全員を自爆させるわけにはいかない。という訳で膠着状態突入……にしては、まだ少し論理が甘いが。

まあとにかく、ここは僕が後方からぶちかましてやるのが最善手かな。そして丁度いいタイミングで、トンプソンの残弾確認及びM1911の残弾確認終了だ。いい加減、柱の陰から出て引き金を引くとしようかな。


「今だ、奴らを叩きのめして目標へ進むんだ! 死を恐れるな、行け行け!」

「うぉおおおおおおお!」

「うああああぁああぁああぁあ!」


……敵が攻撃を開始した。後方には目もくれないだろう。僕は銃の右側にあるコッキングハンドルを引くと、身体を半回転させつつ柱の陰から飛び出してストックを肩に当てて狙いをつける。

不意をつける最後のチャンスである最初の一発は、何があろうと外さない。兵隊共に守られている、指揮官のような口調とベレー帽を引っ提げている男の後頭部に照門で狙いをつけ、引き金を引いた。


「前進しろ、前し……!」

「⁉ た、隊長!」


直後、着弾地点から血が吹き出る。そのまま男は前に倒れ込んだし、あれでは生存は無理だな。

そして、たった一人が後ろから頭を撃たれただけで動揺する兵隊たち。まあ、統率の取れた手足だからこそが吹っ飛んだだけで動揺するのだろう。しかしながら、そんな内情はが気にしてやる道理もない。またさっきと同じように頭を狙い、引き金を引くだけだ。


「がっ!」 

「うわぁっ、何だ! どこからだ!」

「おい、しっかりしろ……! ぐあぁっ!」

「撃たれてる、撃たれてる! わぁああああっ!」

「イヤ、助けて! 私まだ……あぅっ!」


誰も彼も似たり寄ったりだ。パニックを起こしながら、状況を掴もうとする余裕すらなく銃撃される。セミオート射撃でゆっくり頭を狙ったって何の問題もないくらい、敵は混乱に陥っている。

そうして僕は13人、14人と撃ち殺した。そして見える限りの最後の敵である15人目を撃ち殺してやると、戦場だったはずのビル内は急に静寂に包まれる。どうやら別の部屋に隊を分散させるとか、そういう事はしていなかったらしい。


「……オールクリア、チェック。」


まだ生暖かい血で紅く染まった地面を靴下で踏むのは非常に精神に来るものはあるが、これにて一件落着という訳だ。とりあえず、今日の世界の平和はだいたい敵の血によって守られた。

そんな安心感の下、階段からゆっくりと4階に戻ろうとヤクザ達の所に歩いていく。そしてそうしていると、彼らが何故か恐怖に支配されたような表情をしている事に気がついた。


「……おい、ガキ!」


一番前にいたスキンヘッドの男が、震えた声と身体で僕に話しかけてくる。その恐怖の由来は、まあこの血のせいなのだろう。まあしかし、こんなもん死神にとっては日常茶飯事みたいなもんであって……


「後ろ、後ろ!」

「振り返れアホ、何しとんじゃ! 殺したから言うて油断すんな!」


あれ? どうも、何か毛色が違うな。振り返れ、か。まあ僕も、この血溜まりを作った人間だという自覚は持たなければならない。

……そう思いつつ、振り返った僕。そしてそこで目撃したのは、到底理解が追いつく事のない光景。例えるなら、そうだな……まさに、先程僕が皆殺しにした若い兵隊共のようなパニックを、誰にでも起こさせてしまえるような光景だった。


「……はぁ? は、は……え? なん、何だこれ……」


人影だ。3人分の。

人間の形をした“ナニか”が、そこに立っていた。

まるで絵に書いて顔に貼り付けたかのように、さっき殺した時と同じ顔をして。さっきと同じ弾痕を、さっきと同じ位置に残したまま。確かに頭からは血を流している。あの指揮官らしき男も、兵隊の女も、IEDで自爆しようとして頭を撃たれた男も。

……いや、これはただの影だ。違う、なら実体があるはずだ。実体があるのなら殺せるはずだ。もう一度トンプソンを構え直し、今度はセレクターをフルオートに設定。


「く……っ、うぉおおおおおっ!」


たとえ理解が及ばない存在が相手でも、経験というものは容易に身体を動かしてくれる。銃口を向けてから指一本動かして引き金を引くだけなら、いちいち思考のプロセスを挟まなくとも感覚だけで十分に可能だった。

持ってきたのは全て30発入るタイプの箱型弾倉なので、今の残弾は15発。そんな僕の脳内電卓は正常に機能したのか、はじき出されたその弾数と同じ数のマズルフラッシュと発砲音が静かなビル内に響き渡る。更に、そうして発射された弾丸はすべて命中弾だ。3人のうち真ん中にいた指揮官の男の身体に、追加で15個の穴が空いた。


「ち……!」


……想定外はただ一つ。45口径弾を、800ジュール以上の威力のある200グレインJHP弾を、大体秒速300メートルくらいの速度で飛翔する11mmの物体を、15発その身に受け止めて。声すら、出さないのだ。

怯まないのはまだわかる、死なないのはまだわかる。だが、声すら上げないというのは明らかに異常だ。

……落ち着け、もう一度だ。銃口を眼前の男に向け、右手の人差し指をもう一度引く。しかし、銃から出てくるのは強力なストッピングパワーを持った.45ACP弾ではなくただのクリック音のみ。

……落ち着け、僕。わざわざ弾数計算したのに弾切れでトリガー引いてどうする。落ち着け、リロードだ。

落ち着け、落ち着け。AKと同じように、だ。マガジン取って、空のマガジン外して、新しいの入れて。コッキングレバーを、引いて。

そうしてもう一度、銃撃を食らわせようと前を向いたその瞬間。

……男から。正確には、男の両肩を引き裂くように。鮮血と共に、牙のような何かが飛び出した……!

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