第4話「空港の手続きとは面倒なものです」
【14:19 フィウミチーノ空港】
「……最終確認を行うぞ、ミケーレ。
お前は日本に到着後、空港にてマドレと接触。接触時の合言葉は、伝えた通りだ。
以降、彼女の指示に従って行動すること。それと、指定された携帯番号への定時連絡を忘れるな。いいな?」
「了解。また寂しくなるな、フェデリコ。」
……あれから2日後。ついに僕は、フィウミチーノ空港にて航空機を待つまでになっていた。そして寂しがりな僕を送り出すのは、幹部のフェデリコ様だ。
「馬鹿、電話で話せるだろ? 心配するな、お前は寝かさん。」
「おいおい、それじゃ護衛任務が滞っちまうな。世界の命運を握ってるんだろ? 僕は。」
「……そうだな。では頼んだぞ、“ミドウ・リュージ”。忘れた物はあるか? やり残した事は? 銃や危険物は荷物に入れていないよな?」
「分かっているよ。全く、むしろ君の方が
なんて馬鹿な会話を遮るのは、BGMのような軽い音楽とアナウンス。それは、僕が乗る機に関するものだった。
『フランス航空121便にご搭乗のお客様におかれましては、14時25分までにチェックインを……』
「っと、ここいらあたりで限界時間か。積もる話もあるけれど、仕方ないね。この続きは、また定時連絡の時に話そう。」
「それがいい。それじゃ、お前ともしばしお別れで……っと、言い忘れてた。
そういえばお前、元から茶髪だろ? その髪は黒に染めておけ。日本の……コウコウ? には、“沈黙の掟”の何倍も厳しい規則があるらしいぞ?」
「……何の事か知らないけど、まあ覚えておくよ。でも、沈黙の掟より厳しいなんて信じられないよ?」
「まあ、その辺りは行ってみりゃわかる。日本語でも言うだろ? “ナセバナル、ナサネバナラヌ、ナニゴトモ”って。」
「よく調べたな、名言だ。誰のだったっけ?」
「まあ、それも定時連絡で教えてくれよ。」
「はいはい、注文の多い事で。……じゃあな、フェデリコ。」
「おいおい、今生の別れじゃないんだ。もっと陽気にいこうぜ? 兄弟。
じゃあな、ミケーレ。二人でもう一度会おう。次は、もう少しマシになった世界で。」
……そう言って、俺たちは軽く笑い合う。残念だが、ここで彼とはお別れだ。僕が体の横に置いたキャリーケースの持ち手を掴むと、彼はすぐに出口の方へと振り返る。それに合わせて、こちらも乗り場の方へと体を向ける。
二人の名誉ある男が、もう一度振り返る事はない。仕事は今から始まったのだ。
覚悟を決めつつ指定された乗り場へ目を向け、僕はキャリーケースの車輪を転がし始めた……。
【翌 日本時間16:21
「……到着致しました。前の方から順番にお降り下さい。」
……一体、どのくらい眠っていただろうか。深夜に乗り換えを挟んで、そこからはすぐに眠ってしまっていたのであまりわからない。
しかし、通路の接続時に起こる衝撃と聞き慣れない言語でのアナウンスは僕を起こすには十分だ。覚醒しきっていない意識を引っ提げつつ、上の荷物置きからハンドバッグを取って機外へと歩き出した。
「また、お忘れ物のないようにお気をつけ下さい。お手荷物置きのお忘れ物が多発しております、もう一度ご確認を……」
……そんなもの分かっている。僕は今まさに、その手荷物を持っているんだ。
視界はぼやけ、今の自分がどこにいるのか分からなくなりながらも感覚的に流れに従って突き進む。そして通路を抜け、エスカレーターを降りるとすぐに待っていたのは保安検査場だった。
「あー、その……what is your objective?」
「Ahhhh,sightseeing.カンコウ、カンコウ。」
「オゥ、イェアイェア。オーケイ、パスポートプリーズ?」
そうしてパスポートやら何やらを取り出している合間にも、明らかに英語……というか外国人への対応に慣れない様子の日本人の検査員と、“これだけ覚えろって観光サイトに書いてあったんだろうなぁ”という事が一目で分かる
……まあ、流石に合流予定時刻には遅れないとは思うがな。そもそも、数分や数十分くらいなら待ってくれるだろう。
しかしまぁ、平和なものだ。これがシチリアなら、罵声とかが飛んでいた所だったぞ。この国が故郷じゃなくって、全く残念なものだ。無論の事ながら景色はあちらに劣るが、こっちはこっちで静かなのは羨ましいものである。
「アー、イエスイエス。ハブアナイスデイ!」
「Yeah! Thanks,bro!」
そうして、次は僕の番になった。どうにも疲れ果てた様子の検査員の彼はしかし、それでも尚仕事を続けんとしてこちらに身体を向けた。
目には隈。体は細く、声からは想像もできないほどに疲れ果てている様子だ。……誰か変わってやれよ、所属する組織と掟を結んでるわけでもないんだから。
「……アー、ドゥーユーハブアパスポート?」
「Sì, signo……おっと失礼。大丈夫、ちゃんとありますよ。ほらほら、まさしくここに。」
一瞬、反応が遅れた。というか、意図しないうちにイタリア語が出てしまった。その恥ずかしさで少し紅潮した頬を誤魔化すため、僕はまるで陽気なイタリア人のようにパスポートを見せびらかすように2振りほどしてから差し出した。
「なんだ、日本語話せるんですね……それでは、パスポートを拝見します。」
そしていつも通り、緊張の時間の始まりだ。偽造パスポートがバレるかバレないか、という事で毎度毎度背筋が凍ってしまってならない。
一応我々の使用するパスポートを偽造しているのはシチリア島のマフィアの中でも特段に高い技術を持った精鋭とも言える者達だし、ある意味でのプロとして信頼はしている。しかし、こちらとしてはどう頑張っても怖いものは怖いのだ。
なんせ、使う側からしてみればバレバレな物なのだからな。自分の名前も身分も自分で理解しているのだから、そんな嘘が通じるわけがないと考える。当然の論理だ。
「……ああ、お帰りの方でしたか。イタリア、どうでした?」
……しかし、そんな僕の恐怖心とは裏腹に検査員はなんの疑いも持つ事はない。そしてこれもまた、いつも通りの流れなのである。というか、そうでなければ今に至るまで生きながらえては来られなかったし。
やはりこういうものの偽造は、色々とコツとかあるのだろうか。
「……ああ、良い所でしたよ? イタリア。特に景色がいい。海岸沿いの町並みなんて、もう本当に最高だ。一度行ってみては?」
「そうですか……いえ実は、もう既に何度か行かせていただいておりましてね。私なんかは、特にイタリアの食事が好きだ。本場のピザ、もちろん食べられましたよね?」
なんて考えていたら、検査員の彼は突然僕に話しかけてきた。まあ、見てわかる通りの激務だったから疲れているのだろう。少しくらいなら、付き合ってやるのも悪くない……と思いはするものの、制限時間や後ろの人間はそれを許さないと言わんばかりに僕をどんどん押し潰そうとしてくる。
「ええ、もちろん。本場で作られた釜のピザはいいですよね、なんせ色々と違うんだ。」
「おお、分かってくれます? それは嬉しい限りですね……っと。では、入国審査は終了です。」
「……え? あれ、もう⁉︎ 書類とかそういうの……」
「もちろん書き終わりましたよ?」
「え……ああ、どうも。で、では僕はこれで。」
……これは驚いた。僕の方はケツを蹴り上げられていたつもりだったが、まさか彼が前進のためにドアを蹴破っていただけだったとは。
まあとにかく、仕事が早くって助かった。日本人は勤勉だという話を聞いたことはあるけれど、話しながら仕事ができるとは驚きだ。
まあ、何はともあれこれで晴れて入国だ。僕はキャリーケースを取りに、動揺しながらも歩き出していた……。
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