第3話「この世界は危険に満ちています」
シチリアは、狙われている。そういう事になっちまうんだ。
「……僕は、このシチリアの運命を握る事になるかもしれない……⁉︎」
「ああ、その可能性は極めて高いだろう。だがそれとは別に、世界の命運も握る事になるだろうがな。」
……ああ、もうおしまいだ。これは悪い夢だ、そうであってくれ。何故僕が世界の命運なんて大袈裟なものを握らなければならないんだ?
こんなヒットマンの若造に握られる世界なんてありえない。そんな現実逃避も兼ねつつ、これが夢がどうかの確認のために自分の頬を引っ叩いてみる……が、結果は現実。半ば絶望しつつも、僕は更に与えられる情報を整理しようと口を開く。
「……ちょ、ちょっと待ってくれ。それほど重要な話に、まだ続きがあるのか?」
「実は、そうなんだ。そして、ここからが一番大事な話でもある。よく聞いておいてくれ。
例の事件の後、我々はすぐに日本に調査のための人員を派遣した。要はスパイを送り込み、組織の内情を調べようとしたんだ。そして、その成果がつい一昨日に出たんだよ。」
「せ、潜入できたのか⁉︎ 僕でさえ潜入できなかったのに!」
「ああ。うちのスパイは、潜入工作という点だけで見ればお前を上回る人材が配置されているらしい。組織の中でもナンバー1の実力を誇る人間だ。」
組織ナンバー1の実力者、ときた。やはり、あの教団にはかなりの警戒がされていたらしい。
というか複数の仕事が来ていたんだから、以前から目がつけられていたのかな? 特に、僕が潜入に失敗した時点で。だから迅速な対応ができた……或いは僕には秘匿しているというだけで、既にその人は調査を行っていたのだろうか。
どれだけ名が売れていようと、所詮は僕もただの個人。秘匿されていた情報があったとしても、何ら不思議ではないだろう。しかし、まだ他にも疑問はある。
「いや、でもそこまでして一体何を調べていたんだい? 目標あっての成果のはずだけど、そのスパイに君は何を求めていたんだ?」
「……目標は、次の攻撃計画とその目標の特定だった。我々の友人達の働きによって、それがはっきり分かったんだよ。」
次の攻撃計画。確かに、話の筋は通っている。指示した組織や人間は違えど、攻撃という行為には必ず目的があるものだ。それを探るのは、確かに合理的な行為だな。
……しかし僕は、それを聞きたくない。今までだって悍ましい事ばかり聞かされていたというのに、まだ足りないのか。そう思えば、自然と足もすくんできた。
「奴らの次の標的は、全世界同時攻撃。各大陸に存在する国家……特に
要するに、奴らはこの世界で行われている活動を支えている柱となっている存在を片っ端から叩き折る気だ。そうすれば単純な人死にに加え、経済的・政治的打撃によって更なる死人も見込まれるからだろうな。
そうなれば、それを起こした奴らの言葉は否が応でも広まる。規模は大きいが、結局はただのテロだよ。」
……恐ろしい奴らだ。世界征服を企む秘密結社だって、こんな事を起こそうとはしなかった。実際に可能かどうかはともかく、それが起これば被害は以前の自爆テロとは比べ物にならないだろう。
「そしてその攻撃目標は、我々の祖国も例外じゃない。
潜入しているスパイによれば、既にローマへの攻撃計画は立案されているらしい。奴らが攻撃をしない理由は兵員や装備の調達、そして日本の夜桜教本部で行われている“儀式”を待っているからだというだけとなる。」
……なんて奴らだ。攻撃計画? それはつまり、ローマにある重要施設の警備体制が割れているという事だろう。我々ですら不可能な芸当だ。
しかし……いかんせん、話が見えてこない。
「……でも、それが左段組とかいうヤクザの娘を守る事とどう繋がるんです?」
「言っただろう、兵員や装備が必要だと。そしてその中でも特に装備面を充実させるため、奴らは左段組の武器密輸ルートを我が物にしようとしているらしい。
わざわざ海外や国内で面倒な手続きを踏んでから銃火器を手に入れるより、密輸ルートを奪った方がいいと踏んだんだろうな。」
「そうか、なるほど。でもそれなら何故僕らのようなマフィアや、アメリカのギャングなんかを狙わないの?」
「……おいおい、ミケーレ。お前はまさか、うちのボスに危害を加えて生きて帰れるだなんて思っているのか? そうだとしたら自惚れすぎだ、もう少し考えてから話せ。」
「……なるほど。」
僕が聞いてみると、彼は呆れたように首をすくめて両手を曲げつつ上げて言う。さらに口角も、それと同様に上がっていた。
……そして言われてみれば、確かにそうだな。我々の規模は、もはや地域警察を上回る。僕らの同類のような組織も大抵は同じようなものだ。そして、そんな相手に手を出す馬鹿はいない。
それに以前聞いた事だが、ヤクザは我々のようなマフィアやギャングと比べて武器の質やそもそもの保有数が劣っているらしい。更に、日本に存在しているから手も出しやすい……考えてみれば、これ程うってつけな標的はないな。
「……さて、これでお前に話せる事前情報は全て出し尽くした。この他の話は、日本に着いてからだな。
それとお前を支援するため、ある人物が既に現地で待機している。“マドレ”と呼ばれる人物だ。ある程度の武器の手配なんかは可能だから、積極的に頼ってくれ。
到着後の出迎えも彼女がやってくれるし、現地での行動の指示をくれるのも基本的には彼女だ。仲良くしろよ?」
「了解。それで、何か他に連絡は?」
「いや、細かい所は後ほど連絡する。とりあえず、本日の連絡はこれで終わりだ。お前は帰って、必要な荷物をまとめておいてくれ。銃はいらないからな?」
「その位は僕でもわかりますよ。手荷物検査で逮捕されるのは御免だからね。それより、パスポートはどうするんです?」
「無論、偽造する。日本人名義でな。」
……その返答を分かってはいた。しかし、相変わらず名前を変えるというのは慣れないものだ。
時折普通の生活でも架空の人物の名前が出てしまうことはあるし、それは逆も然り。自分が自分でなくなる感覚、というのはよく言ったものだ。
そして、彼も彼だ。マフィアだから仕方ない所はあるが、よくもまあ平気そうに犯罪行為を予告するものである。別に自分とて、何かを言える立場ではないものの。
……なんて考えは、頭の良い人間には見透かされているものか。フェデリコはそんな様子で、独り言のように呟いた。
「公的文書などは偽造するものだ。そちらの方が早いし、何より我々の存在に気づかれるリスクもない。」
「でも、そういう思考は良くないんじゃないのかい?」
「……倫理観などというものは、平和と人命の前には儚く崩れ去る脆いものだ。砂の王国が、押し寄せる波で消えていくのと同じさ。
お前になら、それがわかるはずだ。それとも、何か違うか?」
……自分の所業を思い出し、僕は黙りこくった。
当たり前といえば、当たり前ではある。今まで僕がこの手にかけてきた人間というのは、大抵が“生きながらえていると他人を殺すであろう人間”だ。まあ、それゆえに僕も同類を殺す事は多々あったし、僕自身も殺されかけたことは多くある。
引き金を引く人間というのは、それをよく理解している……と、思いたい。
「それとも、お前が他者の犯罪行為を戒められる立場にいると? 抜かせ、
「……わかっている。僕が出なければいけないというなら、仕事に文句をつけるつもりはないよ。」
まあ、いい。世界を守ろうというなら、僕は誰でも殺してやろう。
僕の暮らす、平和でないながらも、静かな世界を……。
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