第2話「今回の仕事は何か変です」

……彼らに付き従って歩き始めると、僕らは2分もしないうちに海岸の端っこへと辿り着く。そしてそこは岩陰に隠れて海が見えなくなっており、パラソルはあるものの陽の光もそう入らないような薄暗い空間に僕らは入りこんでいた。

そして更に言えば、砂浜の他の場所にはかなり人がいるにも関わらずここは何故か人っ子一人としていない場所だ。まあ、理由は明白ではあるものの。


「よし、ここだな。ではここからは、この仕事の詳細な説明をしよう。」

「……どうも、よろしく。」


僕は、まだ冷め切らぬ頭を引っ提げてここまで歩いてきたんだ。砂に足を喰われてしまうような感覚と共に。そしてそうなれば、ある程度冷静に話を聞けるくらいの精神状態にはなるものだ。


「取り敢えず、仕事の概要を説明しよう。お前には2日後にローマ中心地から30キロ南東にあるフィウミチーノ空港に行き、そこから日本に飛んでもらう。」

「……おいおいおいおい、待て待て待て待て! なんだって? 

カロリーの高い情報を一気に流し込むのはお願いだからよしてくれ、処理しきれないじゃないか。

えーと、飛行機で日本に飛ぶ? 2日後に⁉︎」


……訂正する。そもそも、情報の方がおおよそ受け入れられるものでは無かった。

フィウミチーノ空港、別名“レオナルド・ダ・ヴィンチ空港”。一度だけ、行った経験はある。それも、逆に日本から飛び立った飛行機に乗ってこの国に降り立つ形で。


「そう、2日後だ。予定が押してしまってすまないが、これは緊急事態でな。この命令自体、幹部内でも対応の方針が割れている中でボスが直々に下したものだ。

だから、こちら側でもあまり用意はできていないんだ。悪いが、お前の所持している武器弾薬などの装備の輸送は基本的には不可能だと思ってもらった方がいい。」

「……何故そんなに急いでいる? 海路での輸送ルートはどうなったんだ、海外の仕事で何度も使ったはずだが。」

「あれでは時間がかかりすぎる。だが、飛行機での輸送はかなり難しいからな。

幸いにも、命令を受けて日本に派遣されていたによる協力体制は整っている。更に、防衛対象の身内がある程度装備の提供を行ってくれるそうだ。」

「装備の提供? あの平和な日本で、武器弾薬を提供できるのか? 僕は一体、何を守るために派遣されるんだい?」

「ああ、まずはそこからだったな。……ジャパニーズマフィア、という名は聞いた事はあるだろう? あちらの言葉では、“Yakuzaヤ ク ザ”とも呼ばれているそうだが。

そしてそのヤクザの組織一つである、“左段組”のボスの娘の安全を確保する事。これが、お前に与えられる任務の内容だ。」


……こいつは驚きだ。ジャパニーズヤクザが過去に存在していたという事は僕もよく知っているが、まさかまだ実在していたとは思わなかった。

それどころか、この僕が守るべきだと判断されるほどの影響力があるなんて信じられない。


「……ヤクザ、か。うん、知っているよ。僕も昔は日本にも住んでいた、というか今までの人生の半分は日本で過ごして来たからね。

とりあえず、仕事内容は把握した。けれど、色々と聞きたい事はあるよ。僕にも倫理観ってものはあるからね、目的や理由あたりは知っておくべきだと思う。」

「ああ、分かっている。大丈夫だ、その辺りをお前に教える事の許可はボスから既に貰っている。何でも聞いてくれ、何でも。」


ボスからの許可。その言葉に、僕は思わず安堵のため息を溢す。

このピラミッド型組織である“ミセス・ブラークス”において、ボスの言葉は基本的には絶対だ。そしてそんなボスからの許可を貰っているという事実は、いつでも我々に大いなる安心感を与えてくれるものだ。

取り敢えず、安堵する事ができた。すると一瞬だけ冷たい風が吹き、頭も冷静になってくる。

兎にも角にも、知りたい事は三つ。目的と理由、そして僕の今後についてだ。まず、僕の事から始めようか。


「……では、聞こう。日本に僕が発った後、僕が既に行う事を予定されていた仕事はどうなるんだい? 

凄く具体的に言うと、来週月曜日の仕事とか。その後に詰まっている仕事とか。」

「全てキャンセルだ。この仕事はいつまで続くか分からない過酷なものだからな。故に、君に与えられていた他の仕事は無期限でキャンセルになる。

そして今回の仕事が終わって、お前がこの島に帰って来た瞬間からキャンセルは解除だ。要するに、この護衛の仕事は他のありとあらゆる事象を無視して最優先目標になるって事さ。」

「それは……凄いな、いいのか?」

「構わない。この仕事は既に、我々だけの問題ではなくなってきているからな。」


仕事のキャンセル。それは、一度だけでもかなりのリソースを消費する行為だ。

例えば暗殺であれば“対象をいつまでに殺さなければならない”といった期限を超えてしまったり、或いは確実な殺しのための一度しかないチャンスを逃す可能性もある。

故に仕事を頼んできた人間にとっては悪夢のような事態であるし、なんなら仕事のキャンセルが行われているという時点で組織にとっては最悪の事態である事が示されている。

それが、僕がこれから行うはずだった仕事全てに適用される。これは組織にとってはまさしく、世界最終戦争アルマゲドンの勃発に等しい事態と言えるはずだ。


「言葉を失うのもわかる。だが、これが事実だ。その理由を、これからお前に教えよう。」


あまりの驚きで言葉を発せない僕を尻目にしてか、フェデリコは更に言葉を繋ぐ。しかも、この仕事においてかなり重要な内容となっているはずの言葉をだ。


「……お前は、3ヶ月前に起こった“ガス爆発事故”を覚えているか? ちょうどこの時間帯に、市街地のど真ん中で起こったやつだ。」

「ぁ、ああ。あれは痛ましいだったよ。俺も現場に居合わせていたが、恐ろしい光景だったのを鮮明に覚えている。」


……ガス爆発事故。まあ、一種の隠語というやつである。無論、僕らのように暴力を仕事にしている人間の言う“事故”というワードは事故を表さない。

今回の場合、それはこの近くの街の中心部で起こった自爆テロだった。

政府やら何やらの絶え間ない努力によってちょうど観光客が増えて来ていた時期だった事もあってか、被害者数は3桁に昇ったと聞いている。しかも、その中には我々の友人も複数いたと。

そんな大きな被害を引き起こした自爆テロは、我々の中でも調査対象となっていたはずだが……それか。


「その犯人の持ち物が調査された時に、とある文書……それも、宗教的な文書があったんだ。いわゆる、聖典というやつだな。爆発に巻き込まれながらも、冊子形式になっていたそれの一部が奇跡的に内容を解読できる状態で生き残っていたらしい。

そして我々は、その中身を調べてみたが……いや、調べなくても一目で分かったんだがな。その聖典は、“夜桜教”と呼ばれる宗教の教えだったんだ。」

「な……⁉︎ ま、まさか!」

「信じられないかもしれないが、事実だよ。これを聞けば、お前にもこの事態の重要性や緊急性は分かるはずだ。」


……夜桜教。日本を中心として急成長を遂げつつある、新興宗教だ。僕もそいつらの幹部を何人か殺した事があるから、よく知っている。

彼らの特徴は主に徹底的な秘匿体質、そしてそれについて回る血の匂いだ。調べていると殺人や暴力の噂はかなり流れているし、それに対する夜桜教のスタンスは沈黙。信者が数万人ほどいると聞いてはいるものの、調べる事ができた情報といえばこのくらいのもの。

内情視察のために潜入調査も行おうとしたが、入信に際しての“精神調査”とされるテストで特に理由なく落とされてしまってそれきりである。しかもテストといっても、謎の男が頭に手をかざしてきたというだけのものだ。はっきり言って、何故落ちたのか全く把握できない。

強いて分かっていることといえば、麻薬の取引や多量の金銭の受け取りをしているという事だけ。そしてそれすらも暗殺時の事前調査ではわからず、幹部を殺した後後に暗殺を行った場所を調べた際に初めて知った事実だ。

……そんな連中が、自爆テロを行った。それを聞いて、頭に浮かんだ内容は一つだった。


「おい、それじゃあ……!」

「そうだ。このシチリアは今、狙われている。」


……そういう事に、なっちまうんだ。

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