第4話 元婚約者

基地へと帰着した二人は、任務の後行わなければならない任務の報告を情報部隊管理事務所にて行ったあと、夕食のため食堂を訪れた。


「ここが食堂だよ!」


厨房では数人の料理人が手際よく調理をしており、食堂内には食欲を唆る匂いが広がっている。


「基本決まったメニューの中から選ぶ感じで〜、あ、日替わりメニューもあるよ!まぁフードコートみたいな感じだね!で、何時でも基本誰かいるから何かしら用意してくれるよ!」


「そうなんですね、何にしよう....。」


結局彩葉は唐揚げ定食を、莉瀬はオムライスを注文した。料理の乗ったお盆を受け取ると、二人は食堂の長机に向かい合わせに座った。


「いただきまぁーっす!」


「いただきます。」


彩葉のメドゥーサ退治の話を聞くなどしながら食事をしていると、度々通りすがる隊員に声をかけられた。


「今日凄かったらしいじゃん!おつかれー!」


「初日から大健闘だったんだなー!」


どうやら情報部隊で報告を行っている間に、新入隊員がメドゥーサを退治したという噂は既に隊内に広まっていたらしい。

だが莉瀬にとっては、全員名前も知らぬ他人。どう対応していいか分からず愛想笑いを返すことしか出来なかった。


そして莉瀬に対しては子犬のような笑顔を見せる彩葉も、他の隊員に対しては実に冷たく、話しかけられても見向きもせず軽くあしらったり会釈をしたりするだけだった。


するとどこからか、莉瀬の事を知らない隊員達の話し声が聞こえてきた。


「あの狂犬蓬田と仲良くできるなんて、何者なんだ....あの子。」


誰にでも友好的かと思われた彩葉だったが、聞こえてくる声を聞く限り、どうやら特別莉瀬の事を気に入っているだけのようだ。莉瀬の前での彩葉は“狂犬”などという異名は全く似合わない。


「結構美人だよな。それに、初日って言ってたよな....?もしかして、今日から戦闘部隊に配属になったS級の女性隊員じゃね....?!」


その声を聞き、莉瀬達に気づいていなかった隊員達からも注目を集める二人だったが、狂犬と呼ばれる彩葉が居るからか、誰も莉瀬達の近くの席には座らなかった。


緊張で食事が上手く喉を通らない様子の莉瀬がコップを手に取り水を飲もうとしたその時だった。


「やっほー、莉ー瀬ちゃんっ。」


莉瀬の後ろから若い男性の声が聞こえ、莉瀬は動揺のあまり咳き込んだ。聞き覚えのある声に背筋が凍る。莉瀬はこの声の主をよく知っている。


「あぁ、いきなり話しかけてごめんね。はい、ハンカチ。」


「成宮....。」


彩葉がボソッと名前を呼んだ。親子丼の乗ったお盆を机に置き、ポケットから取り出したハンカチを莉瀬に差し出すという紳士的な行動を取った彼の名前は成宮蓮なるみやれん。そう、莉瀬を推薦した男だ。

莉瀬達には興味も示していなかった周りの女子隊員たちの視線が一気に蓮に集まる。それもそのはず、蓮は隊でもトップの整った顔とも言える甘いマスクの青年だ。

女性隊員達は皆うっとりとした顔で蓮を見つめている。だが、莉瀬と彩葉は違う。莉瀬の顔は引き攣り、彩葉はまるでゴミでも見るかのような目で蓮を見上げ、持っていた箸を力強く握りしめた。


「ありがとうございます。大丈夫です。」


「冷たいねっ。せっかく同じ組織で働くことになったのにっ。」


莉瀬が差し出されたハンカチを受け取るのを断ると、妖しい笑みを見せながら蓮が呟いた。


ーー部隊も違うし会うことなんてないと思ってたのに....


「....そんな顔しなくても、推薦したことを脅しに使ったり、また婚約しようとか野暮なことは言わないから安心してよっ。」


その言葉を聞き彩葉があまりにも分かりやすく驚いた。目を見開き、口をぽかんと開けて莉瀬を見る。蓮の後ろで彼に魅了されていた女性隊員達も唖然とした顔で蓮の背中を見た。

莉瀬は肯定も否定もしなかった。それが答えだ。


ーーわざわざそんなこと大きな声で言うなんて....


莉瀬は八咫烏入隊前まで、蓮と婚約していたのだ。だが婚約は八咫烏に入隊する前に破棄したのだ。つまり今蓮は莉瀬の“元”婚約者なのだ。

八咫烏に入隊する際、莉瀬には一つだけ問題があった。それは元婚約者と同じ組織ということ。出来れば元婚約者とはもう顔など合わせたくないものだ。そして同じ組織である以上完全に縁を切るのは難しい。だが部隊も違えば会うことも少ない。なにより念願の八咫烏から直々にスカウトされたのだ。こんな機会は逃すまいと入隊を決意したが、こんなにも早く蓮と顔を合わせることになるとは思っていなかった。

婚約を破棄したにも関わらず、以前と変わらず飄々としている蓮はなんだか気味が悪い。

心の内が読めない薄気味の悪いこの男のどこがいいのかまるで理解ができない莉瀬は怪訝な顔をし、オムライスの最後の一口を口に運んだ。

その時だった。


「おい、くそ宮。俺の連れに何か用か?」


突然、蓮の後ろから別の男性の声がした。三人が声の方を見るとそこには、剣相な面の青年が立っていた。蓮より背が少しだけ高いその青年は、蓮と目が合うと、片眉を上げ顎を突き出しわざとらしく蓮を見下した。


「朝陽!!」


彼を見た途端、彩葉の顔がパッと明るくなる。彼の名前は沖永朝陽おきながあさひ。莉瀬のもう一人の班員だ。


ーーくそ宮....


そのあだ名には思わず吹き出しそうになった莉瀬。だが、ぐっと堪え水を一杯飲んだ。


「ははっ、ほんとに君は、蓬田さんの事となるとすぐに来るね。特に用はないから、これで失礼するねっ。」


蓮はバツが悪そうな顔をし、まだ手をつけていない親子丼の乗ったお盆を持ち、朝陽から逃げるように足早に去っていった。


「二人に気づかないで向こうでぼっち飯してたわ。えっと、こんばんはー....沖永朝陽っす。階級はBで風の能力使ってます。」


ー沖永朝陽、能力:風


蓮が去ると、蓮が座ろうとしていた莉瀬の隣の席に朝陽が座る。空の皿の乗ったお盆を机に置いた。恐らく食べ終わった皿の返却に行こうとしていたところで莉瀬達を見つけたのだろう。

その後三人は何事も無かったかのように会話を始めた。彩葉も蓮とのことを聞きたい気持ちはあるものの聞けるような雰囲気ではなかったうえ、彩葉も蓮とはがあったらしい。そのためその後蓮の名前は全く上がらなかった。


「初めまして。藤白莉瀬と申します、今日からよろしくお願いします。」


「朝陽緊張してるのぉ〜っ?!可愛い女の子と喋れるからってぇ!」


さすが幼なじみ、と言わんばかりに早速朝陽をからかい始める彩葉。そしてそんな彩葉は幼なじみである朝陽にも、子犬のような笑顔を見せている。


「はぁーっ?!....そんなことよりさっき、戦闘部隊長の呼び出しを受けて部隊長室に行ってきたんだけどよー。」


からかわれ、なんと答えていいか分からず困惑した朝陽は頬杖を付き、話を逸らした。

なになに?と興味を示し、思わず前のめりになる彩葉。莉瀬は自分には関係ない話だろう、と思いながらも一応内容を聞くことにした。


「俺ら今日から三人で一班じゃん?で、まぁ班にはそれぞれ名前がつくわけでー。その名前を伝え忘れたって、任務終わりの俺が呼び出されて伝えられたんだけどー。その名前がなんと、藤白班だそうでーっす!」


突然の重大報告に、莉瀬は放心状態で黙り込む。彩葉は驚きながらも嬉しそうな顔をしていた。


「はい、拍手ーっ!」


そう言い拍手をする朝陽につられて莉瀬も小さく手を叩く。だがいきなりの発表にまだ頭がついていかない。


「つーわけで、よろしくな、班長。」


「よろしくね!莉瀬ちゃん!」


「えっ....えぇっ....?!」


晴れて莉瀬は、入隊初日に二人の仲間ができ、班長となったのだった。めんどくさい仕事を押し付けられたのだろうか?なぜ入隊初日から班長などという肩書きを背負わされているのだろうか。莉瀬の頭の中は混乱状態だった。


「あはは!大丈夫だよ莉瀬ちゃん。班長だからって特に何か変わるわけでもないし、班長だけの特別な任務とかもないからさ!それに大抵班で一番強い人が班長になるしぃ!」


不安そうな顔をする莉瀬に、彩葉が無邪気に笑いながらそう伝えた。そう言われ少しだけほっとした顔を見せる莉瀬だった。


「そうだ、朝陽!明日は、明後日ある莉瀬ちゃんの任務のための準備のために支援部隊製作課に行くけど、一緒に行くぅ?」


「制作課かー。最近ターシェ調子悪いから見てもらおっかなー。」


「じゃあ明日は三人で支援部隊行こーっ!終わったら基地内探検だねっ!」


「た、探検?」


ワクワクする響きに思わず目を丸める莉瀬。まだ基地内の施設の場所など把握していない莉瀬のために三人で基地内を巡るというのだ。

予定も決まり、莉瀬の八咫烏の隊員としての初めての日は怒涛の勢いで終わったのだった。

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