第2話 初任務

荷解きを終え、八咫烏の隊服を身に纏い、ターシェを耳に付けた莉瀬は、彩葉の部屋を訪れていた。訓練生期間中に座学で教わることを教えてくれるというのだ。

彩葉の部屋はレースのカーテンやピンクの小物、ぬいぐるみなどが置かれたお姫様が住んでいるかのような可愛らしい部屋だった。

部屋の中心に置かれたピンクのローテーブルの上にはいくつかの本や紙が置いてある。意外にも勉強熱心なのだろうか、とじぃっとその本たちを見つめ立ち尽くす莉瀬。


「ここ、座って!」


ローテーブルの前に座った彩葉が、自分の向かいに置かれたふわふわとした丸いピンクのクッションを指差す。莉瀬は小さくコクリと頷くと、言われた通りクッションの上に座った。

テーブルの上の本をパラパラとめくり始めた彩葉。テーブルの上に置いてあった本は彩葉が訓練生時代に配布された八咫烏についての事が記載されている本だったのだ。


「何から教えようかなぁーっ。まずは八咫烏の基礎から行こっか!」


そう言いながら沢山印の付けられた本を莉瀬の方へと向け、丁寧な説明を始めた。


彩葉の説明を要約すると、八咫烏は四つの部隊に分かれており、現場に出向き、その名の通りメドゥーサや能力悪用者と戦闘を行う戦闘部隊。戦闘で傷ついた隊員や石化した隊員を治療する医療部隊。戦闘部隊のスケジュール管理や依頼管理など、八咫烏内の様々な情報を管理する情報部隊。そして隊服やターシェなど、隊員に必要な物を作成したり戦闘後の街の片付けなどを行ったりなど八咫烏のサポートを行う支援部隊があるとのこと。


彩葉が指さす本に掲載されていた八咫烏基地内の地図に目を向けるも、基地内はとても広く、施設も多いため、とてもすぐに覚えられそうなものではなかった。


「基本どこでも付き添うから、分からなかったら聞いてね!そうだ!連絡先、交換しよ〜っ!」


任務中や緊急の連絡の際はターシェを使用するものの、基本的には携帯電話で連絡を取り合う。そのため二人とも携帯電話を取り出し、連絡先を交換した。


「基地内の地図の写真、送っとくね〜。」


「ありがとうございます。」


「えーっと、あと説明することはー。あ、そうだ!」


そして彩葉は八咫烏戦闘部隊の日程についての説明を始めた。


メドゥーサや能力悪用者はいつ出現するか分からない。そのため、戦闘部隊は具体的な日程が決まっていない。だが、メドゥーサや能力悪用者が出現した際にすぐに出動できるように基地で待つ待機の日、一日休みの休暇の日、予め決められた任務に出向く任務の日、の三種類に分けられており、隊員によって偏りが無いように情報部隊によって隊員の日程が組まれる。


「明日は休暇の日で、明後日は任務の日ってもう決まっててね!いきなり班組むことが決まったから、三人ともバラバラの任務に行くんだって!莉瀬ちゃんはパーティーの警備らしいよぉ?」


「パーティーの、警備....」


そして莉瀬の任務について、彩葉が持ち物や時間、集合場所など丁寧に説明をしてくれた。本来はこういった情報も情報部隊から直接伝えられるものだが、莉瀬は入隊したばかりなため、代わりに彩葉に伝えられたそう。


「必要な物は明日揃えに行こ!付き添うから!」


「ありがとうございます。」


「それで今日は待機の日なんだけどぉ、待機中は基地内で過ごすこと、緊急任務出動命令が出た際すぐに任務に向かうことができるようにしておくこと、インカムをつけておくこと。この条件を満たしていれば何をしててもいいの!だから今日はこうしてお部屋で喋ってるんだけどね!あ、けど待機の日に街の巡回に出向くよう命令されることもあるから、そういう時は街に出るよ!」


ここまで彩葉が怒涛の勢いで八咫烏についてや莉瀬の任務についての説明をしたものの、莉瀬は一回の説明で全てを把握したらしい。そのため余裕の表情で彩葉の説明を聞いていた。


すると突然、彩葉のターシェから女性の声が聞こえてきた。


「こちら情報部隊!繁華街にてレベル2メドゥーサ二体出現!通行人に怪我を負わせ現在逃走中!出動出来ますか?!」


出動命令だ。メドゥーサは知能や強さ、石化速度をもとに八咫烏によってレベル1~5に階級分けがされるが、今回はレベル2。つまりそれ程強くはないメドゥーサだ。


「了解。....はい、はい。蓬田、藤白両名出動します。」


珍しく真剣な声で応答する彩葉。そして連絡は彩葉にのみ来たものの莉瀬も出動するようだ。


「ってな感じで!待機の日はこんな感じで出動することになるよ〜っ!今日は莉瀬ちゃんが今ターシェ付けてるかわかんなかったから、私だけに連絡来たみたい!これからは莉瀬ちゃんにも来るようになるからね!さて!メドゥーサが逃げちゃう前にとりあえず繁華街行こっ!」


「はいっ。....あれっ、てことは今から....」


「莉瀬ちゃんにとって初任務って事だねっ!」


こうして二人は二体のメドゥーサを捕らえるべく、八咫烏の基地の近くにある繁華街へと向かった。


「メドゥーサ出たんだって?」


「しかも二体だとよー。」


「早く捕まえてくんねーかなぁー」


繁華街は二体のメドゥーサの出現により騒然としていた。だが、辺りにメドゥーサの姿は無い。


「メドゥーサ見ませんでしたかぁ?」


立ち尽くす人に声をかけ情報を集め始める彩葉。メドゥーサは置物でも銅像でもない。情報のあった場所に出向いてもメドゥーサは既にその場から消えていることが殆どだ。


「えぇっと、あっちの方に走っていったのが一体とそっちの奥の住宅街の方に一体....」


通行人から有力な情報を得た二人は、どうやらメドゥーサは二手に分かれて逃走しているらしい。


「よもっ....彩葉ちゃん。二手に分かれて追いましょう。」


まだ下の名前で呼び慣れていない莉瀬。だが今はそれどころでは無い。


「了解っ!なら私はあっち行った奴を追うから、莉瀬ちゃんは住宅街の方をお願い!」


「了解。」


莉瀬と彩葉は会話を終えるとすぐにお互い背を向けて走り出した。

彩葉は時折立ち止まり、メドゥーサがどこへ向かったのか通行人に話を聞きながらメドゥーサの行方を追った。


「はぁっ、はぁっ。いたぁ....!」


しばらく走っていると、とうとうメドゥーサを見つけた。数メートルの高さの等間隔に並ぶ街灯の上を飛び渡り、一つの街灯の上で止まると、その場にしゃがんだ。すると、そのメドゥーサはお前には無理だろうと言わんばかりに彩葉を見下ろしにやりと笑った。


「ははっ、ずいぶん偉そうなメドゥーサ。」


汗を拭い、笑いながら目を光らせ鋭い眼光でメドゥーサを睨み上げる彩葉。その目はまるで獲物を狙う猛獣の目のようだ。負けず嫌いな彩葉は挑発されると燃え上がる質だ。


ーーー


「キャーッ!!!!」


一方莉瀬は住宅街の方へと向かっている最中、住宅街に響き渡る女性の叫び声を聞いた。莉瀬はすぐその声の方を向き、一目散に走った。


「っ‥‥」


だが、莉瀬がメドゥーサを発見したと共に目に飛び込んできたのは凄惨な光景だった。

メドゥーサが女性の首を掴み、家の塀に押し付けているのだ。塀の一部は崩れ落ちており、余程強い力で押し付けたのだろう。そして女性の首元が既に石化してしまっている。


ーーまずいっ....


莉瀬は服の中に隠していた小さなナイフを取り出しメドゥーサの元まで駆け寄ると、思い切り後ろからメドゥーサの心臓部分を刺した。メドゥーサは女性を石化させることに夢中で莉瀬に気づく事も無く呆気なく塵と化していった。


「ゲホッ、ゲホッ。」


メドゥーサの手は女性の首から離れ、女性は咳き込みながら地面に倒れ込んだ。


「大丈夫ですかっ。」


慌てて女性の元へと駆け寄る莉瀬。幸い女性の石化部分は首元だけ。完全な石化は治すことは出来ないが、部分石化は治療で元に戻る。そして女性は意識もはっきりとしており、命に別状は無さそうだ。


「助けてくださってありがとうございます。」


「今医療部隊を呼ぶので少しだけ待ってください。」


部分石化を治すため、医療部隊を呼ぼうと莉瀬がそう言いながらターシェに触れようとする。だが、


「大丈夫です、ありがとうございます。」


女性は穏やかな笑顔で治療を拒否した。驚きのあまりえっ、と小さな声が漏れる。


「明日、病院に行く予定があるので、その時に見ていただきます。それに、こんな石化ごときで八咫烏の医療部隊にはお世話になれませんので。」


ごとき、という女性の言葉にまた驚く莉瀬。メドゥーサが頻出する昨今。僅かでも、体の一部が石化しているにも関わらず、その事を“ごとき”と表現する世の中なのだ。メドゥーサという危険な生物が当たり前のように存在している世の中には嫌気がさす。沈鬱な表情で女性の石化した首元を見つめる莉瀬。


その時だった。


「あっ!危ないっ!!!!」


女性が青ざめ、大きな声を上げながら莉瀬の後ろを指さした。

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