2話
『琴乃梢ガ飛ビ降リルマデ、アト2日!』
目が覚めるとこの憂鬱な画面だ。ドット絵の天使が送り付けたメッセージは、寝起きの頭にはあまり染み込まない。
あさっての琴乃梢。彼女が屋上から飛び降りる。そんなことを漠然と考えながら、私は学校に向かう準備をしていた。
昼休み、購買のパンを買いに行ってた時のこと。他のクラスの子に話しかけられるのは久しぶりだった。
「ね、アンタこずの友達?」
後ろに並んでいた茶髪の女子が、続けて話しかけてきた。
「昨日アイツと話してたでしょ。もしかして彼女?」
「……いや。違いますけど。」
振り返ってバカ真面目にそう答えると、茶髪の子はニヤニヤと笑っていた。ハート型のピアスを耳に開けてて、いかにも一軍女子って感じの子。その子が、少しだけボリュームを下げて言葉を放った。
「アイツ同性愛者なんだって。」
(は?)
思わず驚愕してしまった。彼女は私を見て笑い、とびっきり嫌なことを言った。
「キモいでしょ?もう関わんない方が良いよ。私らもアイツのことシカトしてるから。」
パンを買って教室に戻っても、頭の中でぐるぐると色んな言葉が渦巻いていた。
『梢って、いじめられてるから自殺するの?』
帰宅後、ぼんやりと私はフリック入力をしていた。送信ボタンを押した後、やけに早くドット絵の天使から返信が来た。
曖昧にぼかされず、けれどあまりにも率直すぎて、お昼の一件と同じぐらい嫌な気持ちになる返答だった。
『ウン!』
私はため息も吐けなかった。胸が張り詰めたように苦しくなる。イジメられているだなんて知らなかった。もちろん、あいつが同性愛者だったってことも。
高校2年生になってから梢のクラスを訪れたことは一度も無い。というのも、私のクラスが3階にあって、あいつのクラスは4階にあったからだ。階段をもう一つ上がる程度の気力は、無気力系女子高生の私には残っていない。
そういえば、同じ電車に乗ってるはずなのに、一回もあいつと電車で会ったことが無い。だからこそ私たちは話す機会が一切無かった。
(あいつ、女が好きなんだ)
歯磨きを終わらせた後、ベッドに寝転びながら繰り返しそのことを考えていた。ではあの茶髪のいじめっ子たちのように、彼女を忌避するのか?そう問われれば、別にそんなことはしないと返す。
では同性愛者の彼女を受け入れられるか?そう問われれば、私は死ぬまで悩み続けると思う。生憎私にその気は無いし、中学生までは人並みに恋する少女を勤めさせてもらっていた。
避けるのも応えるのも、正解では無いと思った。とにかく私は、琴乃梢の自殺を止めなければならない。知ってしまった者の義務とかじゃない。あいつは幸せに生きるべき人間で、仲の良い友達だったからだ。
フリック入力、フリック入力……。
こうして私の長文メールが完成した。
『こずえー!私あんたの秘密知っちゃったんだけど…(*T^T)実は人類滅ぼしたい系女子?じゃなくてもしや逝きたいとか思ってない??マジで悩みとか相談とか何でも乗るから!ドンと来い!Don't故意!寂しい時は頼れ!
なんかあったら電話してちょ(●´ω`●)
なんかなくても電話してちょ(●´ω`●)』
「えっキモ」
私は即座にメッセージを全て消した。情熱に溢れた長文は完成した。ただし送るとは言っていない。どうも俯瞰してみると、私の文章は普段とテンションが違いすぎて不気味すぎるようだった。
「でもなんか送らなきゃ……直接話せそうにないし……」
私は薄情者だから、直接話すことで他の奴らに何か言われることは避けたかった。よくある青春漫画のように、いじめっ子たちから庇うだなんてのはフィクションの話。私にはそんな勇気も力も無い。意気地なしの女子高生。
けれど、励ましのメールを送ることぐらいは私にだって出来る。さて、何と送ろうかと迷っていたけれど、どうもしっくりこない。
『こずえ!命短し恋せよ乙女(*≧∀≦*)(*≧∀≦*)だよ!もっと生きて恋とかしまくろーぜ(*^◯^*)大丈夫、私たち最強だから…』
削除。
『こずえー?最近元気?私ちょっと辛いことあって_:(´ཀ`」 ∠):頼む!相談相手になってくれやぁ!ヽ( ̄д ̄;)ノ=3=3=3…』
『こずこずこずー!\\\\٩( 'ω' )و ////ファイト!ファイト!ファイト!切実に!一緒に空飛ぼうぜー!!
/⌒ヽ
⊂二二二( ^ω^)二⊃
| / ブーン
( ヽノ
ノ>ノ
三 レレ 』
3倍アイ
長文モンスターを生み出しては消して、一瞬だけのきらめきは萎んでなくなるばかり。
「はぁ……」
やっとため息を吐いて、私は目を瞑った。何だか寝れない。頭の中で、琴乃梢がにこりと笑っている。うん、梢はそのままでいい。ずっとへらへら笑っていて欲しい。あんたが苦しみすぎて死ぬだなんて、あっちゃいけないことだから。
私はふと、1年前のことを思い出していた。梢はいつもへらへらと笑っていて、終電を逃した時だってへらへらしていた。
この頃は毎年変わらず、文化祭の準備で盛り上がっている時期だった。クラスによっては許可を貰うことにより、夜の22時まで活動をすることが可能だった。
1年生の時の金曜日だった。明日は休みだから、私と梢は二人で最後まで残って、黒板に貼る予定のでっかいイラストを描いていた。お金が発生しなきゃ大丈夫なはずだから、著作権無視でがんがん好きなアニメのキャラクターを描く。適当に風景も付け足して、ポスターはやっと完成した。
真っ暗な校舎の中で一つだけ明るい教室があるというのは、何だか優越感を感じられた。梢とお疲れ様を言い合った後、職員室で待ってくれていた教師に挨拶して、私たちは晩御飯を食べに帰った。夜マクドならぬ、深夜マクド。
すると案の定、終電を逃してしまったのだ。
「あちゃー」
「ありゃりゃ」
二人して気の抜けた声を出して、私は親の車を呼んだ。梢は両親がいないから、迎えに来てくれる人もいない。彼女はにこっと笑って言った。
「じゃあ、私ここのベンチで酔っ払いのフリして寝るから。おやすみ恵子ちゃん。」
「何馬鹿なこと言ってんの。泊まっていいから。」
「エッ!?」
梢は今まで見たことない表情を見せて、雨に降られたみたいに汗を流していた。可笑しくて笑っちゃったけど、ここで彼女を置いていく奴は鬼か悪魔だろう。私のすることは当然だった。
梢が遠慮ぎみに車の中に入って、おずおずと家の中に入って、恐る恐る私の部屋に入った。そういえば、誰かを泊めるって初めてだった。修学旅行も真っ先に寝る性格で、他人と夜を明かすだなんて以ての外。でも梢なら全然いいや。小動物みたいで可愛いし。そんな感じで、その日の夜の会話は思ったより盛り上がった。
UNOやババ抜きにも飽きたので、歯磨きをしてから彼女の分の布団を敷いてやった。
就寝する時だった。ふざけた梢が、私のベッドの中に潜り込んできた。
「なに」
「一緒寝ようよ」
「やだ」
寝ぼけながら私は梢を手で追い出した。キャーとあいつはベッドの横に敷かれた布団に転がり落ちる。そして一言だけ呟いた。
「つまんないの。」
その言葉に心の中で何か返した後、私の意識は夢の中へと吸い込まれてしまったのだった。
思えばあの時、琴乃梢はふざけたんじゃなかったのかも知れない。本気で私に抱きついて、ぐっすり眠りたかったのかも知れない。
そう思ったが、喜びだの嫌悪だの、特に何も感じなかった。
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