フリック入力オールデリート
@kiyuukoara
1話
私、高校2年生、青春謳歌中。
……なんてことはなく、このごく普通の女子高生は毎日変わり映えの無い日々を暮らしている。
朝は電車に揺られる。ゆらゆらと肩に乗っかってきた居眠りサラリーマンをそのまま寝かせておく。学校に着いたら授業を真面目に聞くフリする。放課後、電車を待ちながらぐーっと背伸びをする。
おお、何と平凡で退屈な日々。来年は受験生だし、今が一番楽しめる時だってのに。けれど別にキラキラした日々には憧れていない。友達だって一人ぐらいいればそれで十分なのだ。
ただし、その唯一の友達と最近全く話していない。これが問題だった。
2年5組、
(ま、別にいいけど。)
ドがつくほど良い奴だから、きっと私なんかより素晴らしい青春をお過ごしでしょう。決して拗ねてなんかない。ないけど、なんかイライラする。
つまらない気分になって大きなため息を吐いた。夕方の駅のホーム。私は執筆サイトに投稿する予定の、日課の小説をしゅばばばばっと入力していた。
フリック入力、フリック入力……。
すると突然スマホの画面が切り替わってしまった。
『コンニチハ!』
「え?」
思わず大きな声を出してしまった。前に並んでた人たちがじろりと振り返る。私は顔をちょっと赤くして、改めてスマホを確認した。
まず文字通り、一瞬で画面が水色になった。そして下半分には天使のドット絵みたいなものがいて、上半分に雲の形のメッセージが浮かんでいる。
『コンニチハ!』
(何これ……ハッキングってやつ?)
ウイルスの警告画面が出たことはあれど、今までこんなふざけた画面になったことはない。電車が来て、ドアが開いても私はスマホに釘付けのまま歩いた。
席に座ってとりあえず画面をタップしてみる。すると、天使のメッセージが変わった。
『ボクハテンシチャン。ヨロシクネ!』
(もうちょっと捻りなさいよ。)
私は真顔でいながらも、内心ドキドキしながらスマホを触った。
『キミニ伝エタイコトガアルンダ。』
(……広告、じゃないよね?)
何かを宣伝しようとするテンシチャン。でもやっぱりおかしい。広告を消すためのバッテンマークが無い。あの妙に押しづらいヤツがそもそも無いのだ。
奇妙に思いながら、私はスマホにまた触れた。
『アト4日後!キミノ友達、
【フリック入力オールデリート】
「………」
9月3日、朝の5時。いつ寝たかなんて覚えていないけれど、すこぶる眠いってのは確かで。
左手に持ってる四角い箱の中の天使はいつの間にかアプリとしてインストールされていて、『琴乃梢ガ飛ビ降リルマデ、アト3日!』とか言ってる。
朝が来ただけで、呆気なく数字が減ってしまったのが不思議で。バッテリーも真っ赤になって減ってたから、充電器を繋いでから二度寝した。
「……おはよう」
半年ぶりだろうか。私はわざわざ4階まで登り、あと3日で死ぬらしい琴乃梢に廊下で挨拶をした。
「おはよ。」
ふわっと笑ったショートボブの癖毛ちゃんは素っ気なく挨拶を返した。
すたすたと歩く後ろ姿を目で追いながら、私たち去年までそれなりに仲良かったですよね?と思った。怒りのような悲しさのような、暗くて大っ嫌いな感情を抱いたのだ。
「梢!」
しまった。私は赤面になる。火縄銃が勝手に燃え出して、どかんと下の名前で呼んでしまった。
彼女は他の友達からよく『こず』と呼ばれていた。でも、私だけはちゃんと梢と呼んでいた。昔はなんか、そうやって名前を略さずに呼ぶことを特別みたいに思っていた節がある。今思うことは、そんなの相手にとってはどうでもいいってこと。
琴乃梢は立ち止まって不思議そうな顔をした。私だって不思議だった。何故この子を呼び止めたんだろう。あぁ、この子が3日後に死んじゃうからだった。
咄嗟に私は彼女を誘った。
「しあさって、学校サボって一緒にカラオケ行かない?」
シーンと変な空気が漂う。私とて学校をサボったことは年に数回しか無い。だからこれは、自分の出席数をも犠牲にする決死の一手なのだが。
「ごめんね。私、皆勤賞目指してるの。」
勇気の誘いは呆気なく断られてしまった。マジメちゃんめ。彼女はすたすたと歩き去り、私は不満気にぎりぎりと歯を食いしばった。
『ねえ!ほんとにあいつ飛び降りるんだよね!』
『ウン!屋上カラ飛ビ降リルヨ!』
『あんたの嘘じゃないんだよね!?』
『ウン!ウンウン!ウンウンウン!』
夜中、適当すぎるスマホの中の天使に、私は超高速フリック入力を行使していた。時刻は既に23時。かなり眠たかったけれど、私はどうにか布団に潜ってこのポンコツ天使と格闘していた。
それにしても、この天使は一体何者なのだろうか。突然スマホにやってきては心臓に悪い忠告をし、ほぼリセットされかけていた私と琴乃梢の関係を再び繋げた。随分最悪な形だけれども。
『あんたって何?』
率直に私は聞いてみた。すると天使はしばらく考えているのか、『…』と画面に表示させて黙った。応答までの時間にバラツキがあるというのは、まるで人間とメールのやり取りをしてるみたいで。とりあえず最新型のAIでは無さそうだった。
やがてピコンと音が鳴る。
『天使ダヨ!』
(あっそ。)
ふんと鼻を鳴らしてからアプリを閉じ、私は琴乃梢に向けてメッセージを書き始めた。こんなことを直接言ったりする度胸は私には無い。魔法でも使えなきゃ、こんな恥ずかしいことを面と向かって話せる筈が無いのだ。
『こずえー!最近元気無さそうだけどどした!なんか悩みある?今度一緒に弁当食べよーよ(((o(*゚▽゚*)o)))♡←君が信じられる愛はココ』
「何書いてんの私……」
どうも深夜テンションに突入しているらしい。あれこれ考えて書いたメールを、即座に全部消したのは賢い選択だろう。
(最後のメールって、今年の4月か。)
私は暇潰しに琴乃梢とのLINEを遡った。入学したての頃は、時間割を聞いたり宿題の答えを送ってもらったり、些細なものだった。夏休みを超えた辺りからは、好きなアニメとかの話に。卒業シーズン辺りは訳が分からなくなっている。
『ガリガリやぞ』ってふざけて送った私のあばら骨の
ちょっと消したくなる恥ずかしい画像。時間が経つともう送信取り消しも出来ない。これがネットタトゥーか、と撃沈しながら私はスマホの電源を切った。
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