Ⅵ. Kærlighedens musikere

 入院中、私は没入型RPGをひたすら遊び尽くした。病院からは何度も服薬を勧められたが、私は頑なにそれを拒否した。そんな私に対して、人工知能アレクシウスも「わかりました」と無理強いはせず、但し病室から出ることは固く禁じられ、ほぼ軟禁状態での生活が続いた。

「聞いたぞ、辛かったな」

 没入型RPGの協力プレイ中、友人フォロワーから有紗のことについてそう言われた。有紗の死が人工知能デルフォイから私に知らされたように、私の入院とその要因は、個人情報プライバシーを伏せた形で、私の親しい友人フォロワーには伝えられている。

「誰でも、愛する人がいなくなるのは辛い」

 友人フォロワーは私にしみじみと語る。その通りだ。けれど、私が狂っているのはそれについてだけじゃない。この社会の在り方が、彼女の生きる道を赦さなかったことへの絶望だ。彼女に遺した情報集積代としての報奨金は、全て国に回収される形になったらしい。彼女には家族もなく、遺書も遺していないのだから当然だ。私も彼女と親族ではないので、彼女の遺したものをどうこうする権利はない。

「気分転換ってのはどうだ」

 私を慮って友人フォロワーがそんなことを言った。

「今してる」

「そうじゃない。仮想空間ヴァーチャルは確かに日々の現実を忘れるには良いが、気持ちを安らげるモンじゃないだろ。今度、俺の推してるバンドのコンサートがあるんだ」

「そこに行けと? 今、病室からも出られないのに」

電子空間オンラインでの参加も出来る。損はねえと思う」

 直ぐに友人フォロワーからコンサートチケットが送られてきた。新基軸バンドのコンサートで、確かに友人フォロワーが何度かこのバンドの話をしていたのを聞いたことがある。私は「行けたら行くよ」と二つ返事で答えた。

 入院は一カ月以上続いたが、私はその間ずっと服薬を拒み、入院費も嵩み続けた。気付けば国から貰った報奨金を含めた貯金も半分以下になっている。入院中、私は欲しい物があれば通販サイトで躊躇することなく購入することを続けていたせいだ。特段欲しい物が多いわけでもなかったが、自分が欲しいと思った物は何でも買った。ポルニアの仮想空間ヴァーチャルでの擬似実現マインディングサービスも利用した。感覚としては実際の実現士マインディストから受けるサービスとは全く異なる。私はそのサービスを繰り返し利用した。仮想空間ヴァーチャルで脳に直接送り込まれる快楽は、こんな状況でも私を魅了した。ポルニアのサービスの中に、有紗に似た擬似実現士ヴァーチャルマインディストを見つけた為だ。仮想空間ヴァーチャルに現れる擬似実現士ヴァーチャルマインディストは正に有紗本人だった。その擬似実現士ヴァーチャルマインディスト娼館ニンフで有紗がしたのと同じようなサービスを、有紗以上の手練手管で行った。ポルニアが集積した情報から、偶々彼女と同じような擬似実現士ヴァーチャルマインディストが演算結果として弾き出されたのか、それとも集積情報をそのまま利用しているのか、私には分からない。

「愛してる。君のことを。好き。君のことが好き。さあ、キスをして。私を抱きしめて。舐めまわして。良い。君と繋がる快楽に、溺れそうだ。ああ、君も私のことを、愛して」

 有紗に似た擬似実現士ヴァーチャルマインディストは、娼館ニンフでは彼女が私に終ぞ言うことのなかった愛の言葉を囁き、嬌声を上げ、そして私を求めた。私は彼女を抱きしめる度に涙を流し、擬似実現マインディングが終わる度に罪悪感に苛まれ、慟哭をした。その愚かな繰り返しサイクルに堕ちる。RPGの課金もあり、きっと普通に生活出来ただけの金はもう、直ぐに底をつく。このまま入院が続きながらも入院費が嵩めば、私は有紗のように国からの保護を勧められるだろう。そうなった時、私はどうするか。破滅に向かうことを求めながらも、私はその答えを未だ持たなかった。

 入院が続いたある日、人工知能デルフォイから気になる連絡があった。有紗の自宅にあった私物の中に、私宛の手紙や贈物があったのだという。彼女の私物は一度、彼女の死因捜査の為に人工知能アレクシウスの分析に掛けられていたが、それも終わったので、私への送付が認められたのだと言う。私は急いで、送付されて来たメッセージを開いた。そこには私宛であることだけ分かるように、私の名前と「誕生日に」という本当に短いメッセージだけが添えられていた。一瞬、私は落胆したが、自死の寸前まで彼女の中に私がいたことは、暗闇の続く中での救いにも思えた。私に贈られて居たのはバンドの音声データであり、それは友人フォロワーが教えてくれた新基軸バンドと同じだった。そのバンドはあまり有名とも言えるようではなかったし、これは単に偶然に過ぎない。けれど、この巡り合わせに私は運命的なモノを感じた。参加する気のなかったコンサートにも、せっかくだし足を運んでみるか、と。私は彼女から贈られてきた音声データを再生した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る