Ⅴ. uanset hvor langt du går

 それから私は有紗のいる娼館ニンフへ、彼女に会いに行くことが日課になった。ポルニアの実現士マインディストを呼ぶ回数は大幅に減った。ポルニアのサービスは割引券と組み合わせると、時にただ同然の安価な物だが、有紗のいる娼館ニンフでは、一度彼女を指名するだけでも食費一週間分はすぐに消える。それ程の対価を出しても、与える快楽ではポルニアの実現士マインディストに劣る。生身ですらなくとも、人間の実現士マインディストを求める客用の施設だ。けれど、それらのサービスはポルニアの人型機械アンドロイドで代替可能だ。娼館ニンフの提供する付加価値に意味を見出す者はそう多くはない。

 また彼女の暮らすことも考えたが、今の私では、有紗とまた一緒になったところで彼女との生活が満足の行くものにはならない。だから、せめて彼女の日々の生活と評価の糧になればと、私は彼女を指名し続けた。

「仕事はどうなったの」

「解雇された」

 彼女に訊ねられ、即答する私を見て、有紗は再会してから一番の複雑な表情を見せた。

「どうして」

「業務情報の集積が完了した。もう生体部品管理の仕事に、人間は必要ない。全て人工知能で事足りる」

「だったら君は、こんなところでお金を使ってる場合じゃない」

「情報集積に対する報奨金が出てる。暫くは働かなくても生きていける。それに人工知能パトロヌスに斡旋される仕事もすれば、日々の生活費に困ることはない」

「そんなの奴隷と一緒」

 出来るだけ穏やかに、冷静に話そうと心掛ける私に対し、有紗はそう吐き捨てた。

「最小限の報酬で生かされて、それから脱する術もない。そんなの、正しく奴隷としか言いようがない」

人工知能パトロヌスによる仕事の斡旋は国に認められた立派な機能システムだ」

「それは人間としての尊厳を踏み躙ってる」

「じゃあ君はどうなんだ。君の今の生活や仕事を見てみろ。君の言う尊厳とやらはどこにある」

 私は彼女の物言いを聞きながら、思わず頭に血が上った。私は言ってから、後悔した。今の言い方は駄目だ。けれど、そう思った時にはもう遅かった。有紗は私を哀れみの眼で見つめる。それから言葉を交わすことなく、事務的に処理する有紗の手と口で、私は絶頂を迎える。

「またのご利用をお待ちしています」

 そう無機質に語り、部屋から出る有紗を呼び止めようとしたが、声が出ない。私の眼から涙が溢れる。啜り泣く声は彼女にも届いている筈だが、彼女は私に背を向けたままだ。

「少なくとも私は、自分で選んで、自分の為に生きている」

 部屋を出る直前、有紗はそう口にして、私の前から姿を消した。次の日、私はまた娼館ニンフに足を運ぶことは出来なかった。彼女を失望させた。関係の修復には、時間が必要だ。今は無理に有紗と話したり、弁解する時じゃない。そう思い、私は人工知能パトロヌスに従って仕事を続けた。ポルニアの実現士マインディストもまた毎日のように呼び出すようにはなったが、減る一方だと思っていた貯金も、仕事にのめり込むうちに段々と増えた。もしかすると、生体部品管理よりもこうして斡旋業を黙々と熟す方が、私には合っていたのかもしれない。有紗と最後に顔を合わせてから三ケ月が経ち、私は久々に彼女がいる筈の娼館ニンフを訪れることにした。

「え」

 娼館ニンフを訪れて、私は言葉を失った。建物が改装されていた。それだけではなく、娼館ニンフのあった非接触推奨アンタッチャブルだった筈の地区に、工事の手が入っており、おそらくは仕事をしている人間の物だけであろうが、車の往来も出来るようになっていた。もう立ち入りをする際にも人工知能パトロヌスへの報告義務も発生しなくなっていた。それは良い。荒れている筈の郊外が次々に発展していくのには慣れている。問題はそこではない。娼館ニンフの看板には堂々とポルニアの商標印がある。有紗の話では、この店はポルニアと提携はしていても、ポルニアの店ではなかった。私は店の中に入る。店では人間の実現士マインディストは軒並み解雇され、代わりに私も馴染んだ人型機械アンドロイドだけが在籍していた。愕然とする。当然、有紗はもうこの店にはいない。

 ――有紗が死んだのを知ったのは、それから三日後のことだった。

 自宅での首吊りだったらしい。発見したのは、国が彼女との連絡が取れなくなった為に派遣された人型機械アンドロイドで、彼女の死体は粛々と火葬場に運ばれて葬られたそうだ。彼女との近しい人間ということで、人工知能デルフォイからの連絡があり、それで私は彼女の死を知った。遺書も遺されてはおらず、彼女が自死を選んだ理由は精神疾患の悪化ということで処理されていた。彼女が首を吊ったのは、彼女が娼館ニンフを解雇されて一カ月後のことだったらしい。有紗の葬式で、私は慟哭した。人工知能アレクシウスがすぐさま私を式場から運び出し、私はカウンセリングを受けさせられた。結局、私が有紗に最後に口にしたのは、あの侮蔑の言葉で、後悔しても仕切れない。カウンセリングの後、人工知能アレクシウスには精神安定薬を処方されたが、私はそれを飲むことを拒んだ。薬は全て便所に流し、人工知能パトロヌスからの業務斡旋も全て無視した。

 私は葬式の後、彼女が居た娼館ニンフ跡をまた訪れた。既に店の周りは街と完全に地続きになっていた。非接触推奨アンタッチャブルだった頃は、どこで寝泊りしているのかも分からない薄汚れた浮浪者じみた男達や、娼館ニンフへの客引きを行い、清掃も行き届いていない身体ボディで下卑た笑みを浮かべる人型機械アンドロイドなどを見たが、今はそれもない。見えるのは、整備された公園で遊ぶ笑顔の子供達や、小綺麗な人型機械アンドロイドに案内されて買い物をしている老人達。私は娼館ニンフで見た有紗の目を思い出す。この世の全てを諦めてしまったかのような表情を浮かべ、人工皮膚に覆われた裸を曝け出す彼女。そんな彼女の姿は、この街の何処にもない。人間の尊厳を踏み躙っていると言う彼女の言葉が、私の脳内を駆け巡る。確かにそうだ。自由を求めた彼女に対しての仕打ちと、仕事やそんな彼女を失った私への配慮。真逆ではあっても、そこに私達の意志決定はない。尊厳などない。全て、管理された箱庭の中で、ただ社会がより良くなる為の歯車として私達は時代に消費されているのだ。私は歯噛みする。余りに強く口内を噛んだから、私の唇から出血が溢れた。それを感知した人工知能アレクシウス搭載人型機械アンドロイドが直ぐに私の肩を抱く。

「大丈夫ですか?」

 私を心配した風で話しかけてくる人工知能アレクシウス搭載人型機械アンドロイドを、私は蹴り上げた。人型機械アンドロイドはその場に倒れる。次に私の前に現れたのはまた別の人型機械アンドロイドで、治安維持を目的とする人工知能パークスを積んだ人型機械アンドロイドは私を拘束する。私は直ぐに病院に送られた。私はまた人工知能アレクシウスのカウンセリングを受ける。処方された精神安定薬を飲んでいないことを指摘されたが、私はそれも無視をした。私はそのまま入院することを命じられる。病人を看病する為だけの簡易的な部屋の中で、私は閉じ込められる。何をしても管理の外には出られない。私は部屋の中で蹲りながら、小さく声を上げて涙を流した。

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