Ⅳ. Der er ingen retfærdige mennesker.

 有紗の所属する娼館ニンフは、郊外にあった。地元の人間でも滅多に立ち入らない地区。非合法イリーガルでこそないが、非接触推奨アンタッチャブルではあり、立ち入りをする際にも人工知能パトロヌスへの報告義務が発生するような場所だ。人の欲望に際限はない。たとえ国が幾ら市民を管理し、それに合わせた仕事も娯楽も与えたとして、そこから離れた自由を求める人間を無くすことは不可能だ。そう、有紗のように──。

「いらっしゃい」

 娼館ニンフの一室。私がポルニアの実現士マインディストを利用する休憩施設ホテルの比でない程に狭いその部屋に、有紗が顔を出した。座るところがなく、ベッドの縁に座している私の隣に、有紗も腰を下ろす。

「どうする? 早速する?」

「話をしに来たんだが」

 有紗は私の態度に大きく溜息をつく。それから、私の唇に吸い付くように己の唇を被せ、舌を捩じ込ませた。私は腹を括ってそれに応える。有紗の頭を抱き締め、舌を絡め合った。彼女の下半身に手を伸ばす。有紗は一度唇を離し、「触りたいの?」と私に尋ねた。私は声を出さずに首肯する。有紗は納得した様子で私の腕を掴み、自ら私の手を下腹部に触れさせた。そのまま有紗は乱暴に服を脱ぎ去る。そして有紗の下腹部に伸ばすのとは反対の方の腕を自身の背中に回させた。弾力のある、柔らかな肌。この感触を私はよく知っていた。私が管理していた生体部品を利用した人工皮膚だ。元々、事故の後に脚を義足に置き換えてサイボーグ化してはいたけれど、彼女の皮膚そのものが、代替されたそれになっている。

「有紗、その体」

「わかる? もしかして君、他の実現士マインディストも使ってる?」

「そういうわけじゃ」

 有紗の問いを一瞬否定しようとしたが、無駄な悪足掻きだと直ぐに諦めた。

「へえ、君が」

「体の変化に気付いたのは、生体部品の管理をしていたからだ」

「そういうことにしといてあげる」

 有紗は私の唇にもう一度吸い付いた。当然と言えばそうだが、ポルニアの実現士マインディスト程の刺激はない。けれど、何年振りか分からない彼女の口内と舌遣いの感触に、私は懐かしさを覚えていた。

「君は自分から誘って来たことななかったよね」

「それは、有紗が大事だったから」

「違う」

 有紗は首を横に振る。自身の下腹部に伸びる私の手を再度掴み、その手を自分の口に持っていく。有紗は自分の体液がついた私の指を、一本一本しゃぶっていった。

「君が臆病なだけだ」

「臆病な人間が、こうして会いに来るものか」

「そうだね、それは、褒めてあげる」

 有紗は私の指を丁寧にしゃぶり尽くすと、今度はゆっくりと私の服も脱がせていく。下着も脱がされ、狭い部屋の中で屹立する性器が露わになる。

「手? 口?」

「口」

 即答する私の言葉に、有紗は二度頷くと、大きく口を開けて私の性器を咥えた──。



🕷️


「この娼館ニンフ、ポルニアの系列なの」

 私も有紗は、布団の上で二人とも一糸纏わぬ姿になって横になっていた。有紗の言葉に、私は苦虫を噛み潰したような感覚を覚えた。

「けど、人型機械アンドロイド は使ってない」

 店に入る時に、所属する実現士マインディストの一覧を見た。皆、口か目元を隠していたけれど、私は一目見てどれが有紗か気付いた。その一覧には全員、生身の人間であることを示すHumanの表記がされていたのを覚えている。私は当時のことをよく知らないが、友人フォロワーに聞いた話では、実現士マインディストのサービス黎明期、実現士マインディスト生身の人間ヒューマンであるのか、人型機械アンドロイドであるのか、人工物代替者サイボーグであるのかの明記は義務付けられておらず、酷く客の不評を買ったらしい。特に、実現士マインディスト人型機械アンドロイドであることに嫌悪感を覚える者が当時は多く、ポルニアに実現士マインディストの属性表記の義務化を強く訴えたのだとか。結果としては、今や人型機械アンドロイド実現士マインディストのみを使うポルニアが業界大手で、それ以外の実現士マインディストを抱える店の多くはこうした郊外に流れて行った。

「その話、半分正解で半分間違い」

 友人フォロワーから又聞きしたそんな話を、有紗は一蹴した。

「実際には、ウチみたいな小さな娼館ニンフですら、大抵はポルニアと提携してる。実現士マインディストのサービスは記録されて集積されて、その記録をポルニアに売ることで、殆どの店は成り立ってるから」

「そんなことが」

 他にはポルニアの実現士マインディストは、介護にも領域を伸ばそうとしているなんて話も有紗から聞いた。実現士マインディストとの交流刺激は、高齢者の脳病を抑える効果があるらしい。確かに、ポルニアは既に稚児産業への参入はしている。私も会員として許可をしているが、ポルニアのサービスを受けた者の体液は実現士マインディストの体内に保管され、生殖細胞バンクに送られることを許諾する誓約書に判を押すことが出来、そうした者には優先的に割引券の配布が行われる。繰り返される情報集積が、永続的に実現士マインディストのサービスを向上させる。

「今時こんな店に来るのは、倒錯した変態ばかり」

 私が射精した後、有紗は意気消沈した姿のまま、ずっと感情の動かない声音で喋っている。それが私は心配でもあるが、彼女はそんな風に口を挟むことを許さなかった。有紗の言う通り、敢えて人間の実現士マインディストを望む者は少ない。居るとして、余程の数寄者だ。人間ヒューマン特有の温もりを感じたいのであれば、人間ヒューマン寄りの人型機械アンドロイドを選べば良いだけだし、人間ヒューマンであっても有紗のように人工皮膚を使用している人工物代替者サイボーグであれば、それは人型機械アンドロイドの下位と呼ぶ他ない。

「けど、店にとっては寧ろそうした変態とのプレイの方がポルニアに売る情報としては喜ばれる。そんなのばかり」

「保護さえ受ければ」

「嫌だ。そんなことしたら、本当に最後の尊厳を失うから」

 では今の状態は、尊厳が守られていると言えるのか。臆病な私は、それを尋ねることができない。結局、そうして話をする内にサービス終了の時刻になり、有紗はいそいそと服を着た。

「ところでどう? 良かった?」

 帰り際、有紗に訊かれる。私は直ぐに肯定することが出来ずにいた。

「良かったよ」

「またのご利用、お待ちしています」

 有紗は私の返答を聞くなり、店の奥に引っ込んでしまった。有紗に言ったのは、嘘だ。確かに、有紗と話すことの出来た時間は何物にも代え難い。けれど、そうしたことを度外視して実現士マインディストとしてまた呼ぼうとは思えなかった。有紗から提供された物は、ポルニアの与える快楽の何倍にも劣る。ポルニアの強心剤ヴェーダは決して、ただ性的興奮だけを昂らせる物ではない。実現士マインディストへ注ぐ感情をも操作コントロールする。実現士マインディストに愛の言葉を囁かれれば、それも本物として受容することが出来る。

「愛している、有紗」

 私は誰も居ない狭い部屋の中、そう呟く。その言葉はあまりにも空虚だった。

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