Ⅱ. de fattiges skæbne

 私は何度も送られてきたメッセージの内容に目を通した。そんな筈はない。もう五年以上、私は今の仕事に従事している。私が急にいなくなれば、困ることも多い筈だ。私はすぐに本社に連絡を入れた。私に直接の上司はいない。他の多くの仕事同様、エリア統括などのマネジメントは人工知能が担っており、私はその指示に従って業務を行っている。私は、社員からの連絡対応をする人工知能デルフォイに業務上の緊急事態があった、と報告した。そのまま用件を伝えるように促されたので、私は「自分宛に誤ったメッセージが届いている」と話した。けれど「該当メッセージは確認できない。内容の詳細を」と返されたので、私は渋々、自分の解雇通知が届いている、と人工知能デルフォイに伝えた。

「メッセージに間違いはありません」

 人工知能デルフォイは無常にもそう応えた。私は唖然とする。けれど、今日も仕事をしなくてはならない。私は職場に向かった。始業時刻の開始とほぼ同時に、改めて私宛にメッセージが届いた。今回の解雇通知は、生体部品管理の職に就いている社員の殆どに送られていることや、その理由が部品管理職員の日々の業務を集積したことで自動化が完了し、一部の施設を除き、人工知能による完全自動化となること、また社員にはその情報集積代として報奨が送られることが記載されていた。確かに、口座には毎月の給与とは別に給与三年分にはなる褒賞が振り込まれている。これならば、急に職を失ったからと言って直ぐに路頭に迷うこともないだろう。だが、そういう問題ではない。私は現実味を感じられないまま、その日の業務を終えた。家に帰り、私は電子空間からポルニアのサービスを開く。私は実現士マインディストを一人、自宅まで呼び出した。実現士マインディストは呼び出しから五分と掛からない内に私の自宅に到着し、私の望むサービスを提供し始める。

「先生、私体が火照って──」

 教え子という設定になっている実現士マインディストは、そう言って私の腰に腕を回す。そのまま私に口付けをする。人のそれよりも遥かに粘着性があり、甘美に鼻をつく実現士マインディストの唾液が、私の唾液と混ざり合う。実現士マインディストの唾液に含まれる強心剤ヴェーダは人間の唾液に反応する形で、サービスを受ける者の鼓動を更に昂らせる。そこでふと、私の眼から涙が流れていることに気付いた。惨めになったのだ。機械に仕事を奪われながら、私は今こうして機械の慰みを受けている。私に舌を絡ませる実現士マインディストは、私の涙を見て悲しそうな顔をすると「辛かったね」と私の顔を胸元に抱き締めた。実現士マインディストの柔肌が私の思考を止める。実現士マインディストの体は多少の流動性を持っており、私の嗜好に即座に対応してリアルタイムにその姿形をそうと気付かないくらいの自然さで完璧に合わせる。私は実現士マインディストの口に、首筋に、胸に、股間にむしゃぶりつくように口付けをし、時に噛み付き、時に頬を殴り付けた。ふざけるなフザケルナふざけるなふざけるな。私が殴り付けると実現士マインディストは怯えた表情をする。その場に倒れるが、頑丈な身体ボディ実現士マインディストは私が拳でいくら攻撃を加えようとも傷一つ付かない。たとえ傷が付いたとして、実現士マインディストを覆う人工皮膚の修復機能は凄まじく、ものの数秒で傷を治していく。その人工皮膚には、私が仕事で管理しているのと同種の生体部品が使用されていることを、私は仕事柄知っている。私は慟哭する。部屋中に叫び声が響く。実現士マインディストも、やはり怯えたように涙を流し、私の機嫌を取ろうとする。この仕草は、私の望むものだ。溜飲が下がる。興奮する。私の振るう拳に怯える彼女を見て、怒りも悲しみも全てが癒されてしまう。実現士マインディストは、客の想う欲望を実現するからこその実現士マインディストだ。擬似殺人の被害者役をさえ装う実現士マインディストを抱える店だってある。だから、私の怒りは持続しない。それがポルニアの思惑通りだなんてこと、そんなのは分かっている。分かってはいても、それに対しての感情が私には何も沸かない。実現士マインディストは私の怒りを、慟哭を、全て受け入れる。私はただ泣き尽くす。そして実現士マインディストはそんな私を心から癒そうとでも言うように私を抱擁する。行動が支離滅裂なのは、決して実現士マインディストの人工知能のせいではない。私がその場その場で望む役割を、実現士マインディストは完璧にえんじる。

 サービス終了の時間が来て、実現士マインディストは私に手を振った。

「またのご利用お待ちしています」

 私は玄関まで実現士マインディストを見送った。黒服の店員が実現士マインディストを迎えに来たが、彼もまた人造人間アンドロイドだ。尚、望めばこの黒服もまた実現士マインディストとして呼び出しが可能だと聞くが、私の欲求に彼が必要となるような夢はなく、利用したことはない。

 実現士マインディストが帰っていく様子を最後まで見送り、私は一人家の中で呆けた。報奨金が支払われているなら、無理に働く必要はないではないか、と私は電子空間に接続アクセスし、解雇までの数日間の有給申請をした。勤務時間外だというのに、申請は直ぐに通った。これで私はもう、明日から働く必要はない。私は窓から外を見る。窓の外から見える星が美しい。私は星を見ながら小さく溜息をつき、昨日の没入型RPGの続きを遊ぶことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る