マキニス・モエキア

宮塚恵一

Ⅰ. fem prøstituereðe

 休憩施設ホテルの隅で実現士マインディストを一人待つ時間を、私はあまり好かない。部屋の中は伽藍洞だ。そう感じる。いつになっても「呼んでしまった」という後悔と、これから起こる快楽の板挟みになる。

「失礼します」の声と共に、部屋の扉が開く。ガチャリ、という音が鳴り、五人の女性が入ってくる。贔屓の店ポルニアでは定期的に割引券を配っているので、気が向いた時にこうして実現士マインディストを呼び出すのが半ば癖のようになってしまった。今回ばかりは我慢すると決めても、日々の労働で受けるストレスから癒されたいという欲求は、拭い去るのは難しい。五人の実現士マインディストのうち、一人は馴染みの女性で、私の顔を見るや「ご無沙汰してまーす!」とにこやかな笑顔を見せてくれた。それだけで私の鼓動は昂ぶり、夢見心地になる。私は実現士マインディストの一人が、強心剤ヴェーダを取り出す。彼女はそれを口に含むと、私に口づけをした。柔らかい唇が重なり合う。そのまま私は休憩施設ホテルのベッドに押し倒された。彼女の口内で溶けた強心剤ヴェーダが私の体内に流れ込んでくる。実現奉仕マインディングは既に始まっていた。口づけをするのとは別の実現士マインディストが私の服を脱がす。二人が両脇から、更に二人が大腿に舌を這わせる。痺れるような快感が脊髄を通して伝わる。私の体内に流し込まれたのと同種の強心剤ヴェーダが、彼女達の口から分泌されているのがポルニアの売りの一つだ。私の口内と二つの乳頭、腿の間の陰部から、同時に興奮が全身に伝わる。強心剤ヴェーダは性的興奮を煽ると同時に性的解放オーガズムを抑える役割もある。私が手を伸ばすと、彼女達の柔肌が掌に吸い付く。彼女達は「好き」「愛してる」と、愛の言葉を囁く。一人目が服を脱ぎ、私の腰に跨る。全身を伝う淫靡な快楽が、下腹部に集中する。その間にも愛の言葉は耳に届き、水の跳ねるような音で彼女達は私の体を愛撫し、舐め回す。頭の先から爪先までを波打つように電撃が走る。強心剤ヴェーダの効果が切れる時の感覚は、人によって異なるそうだが、私の場合は必ずこうして抑圧された快楽が一気に解放される。

 薬で抑圧されていた筋肉の弛緩運動が、性的解放オーガズムに向かう。私は思わず、声を出す。私の大きく開けた口に実現士マインディストが交互に奪い合うように舌を入れる。、性的解放オーガズムを迎えた後も、強心剤ヴェーダは血液を回り、今度は逆に刺激を受ける限り、絶頂を続けるように筋肉の弛緩に働きかけるように機序が働く。水の跳ねるような音と共に性器が解放されても尚、実現士マインディスト達は私の体に弱く刺激を与える。私が夢見心地で呆っとしている間も、その手は止まることがなく、気付けばまた屹立する私の下腹部を狙い澄まして、二人目が腰を落とした──。



🧪


 私が実現士マインディストの利用を友人フォロワーから勧められたのは、一昨年の秋のことだ。顔も見たことのない、電子空間ネットワークの友人ではあるが、もう十年来の付き合いであり、友人も私の嗜好を良く知っている。今まで性風俗やアダルトフィクションには、あまり興味を抱かない風を装っていた私だけれど、友人にもそれは筒抜けだったようで、何かの雑談の際に今利用している店ポルニアを勧められた。私はその友人に自分がポルニアを利用していることを言ってはいないが、密かに感謝しており、友人の次の誕生日には少しだけ高級な電子周辺機器を送った。未だにポルニアの利用には抵抗があるのは否めないが、日々湧き上がる性的欲求に毎度打ち勝つのは困難であり、仕方がないことだと自分に言い聞かせながら、いつも仕事の休憩時間にポルニアを予約し、最寄りの休憩施設ホテルに足を運んで実現士マインディストのサービスを受け、罪悪感に打ちのめされながらも仕事に戻る日々を送っている。私の仕事は人型機械アンドロイドの基盤にも使用される整体部品の管理作業だが、私が最終的に行う最終管理以外は人工知能が仕事を担っており、一日の仕事の中にも割と余裕がある。だから実現士マインディストなんてものにも手を出してしまうわけだが。

 ポルニアのサービスが始まってからはまだ十年も経っていないが、その躍進には目覚ましいものがある。ポルニアに所属する実現士マインディストは皆、ポルニアの親会社が製造している人型機械セクサロイドだ。商品名をマキニス・モエキアと言い、界隈では専らマキモエの略称で呼ばれている。男女どちらの需要にも応えられるだけの台数を各地に保有しているという。以前興味本位で調べたところによると、男性の三人に一人、女性の五人に一人がポルニアのサービスを、何らかの形で使用したことがあるという。直接のマキモエの利用だけでなく、仮想空間でのサービスを行う擬似実現を選択することができるのもポルニアの強みであり、自宅などでは私はそちらを利用することも多い。

 割引券が使えたとは言え、五人も実現士マインディストを呼んだのは初めてであり、あまりの快楽に溺れそうにはなったが、相変わらず終わってからの罪悪感は拭えない。けれど、この快楽を知った以上、次にポルニアを利用する際にはまた同じようなサービスを望んでしまうのだろう。その日は仕事を終え、家に帰ってから新作没入型RPGを深夜まで遊んでから眠りに就いた。有紗と別れてからもう半年程経つが、恋人と別れた苦しみよりも解放感の方が未だ勝っている。今日、実現士マインディストを五人も利用したのだって、これまで抑圧されていた欲求が溢れ出てきたというのもあるだろう。眠気を感じる頃にRPGをリセットし、布団に入った。朝目覚めて仕事に向かおうと電子空間に接続して、私宛に届いていたメッセージを咀嚼するのに時間が掛かった。

 ──電子空間では私宛に、今月いっぱいでの解雇を伝える通知が届いていた。

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