第30話 文章教室の内側をバクロする!(004)
随筆『憧れの富士山』の書き出しについては、先生が褒めるべきポイントが他にもいくつかあります。
例えば、筆者の年齢が巧みに織り込まれている点は、特筆すべき上手な書き方だと言えると先生は褒めます。
年齢という情報は、読者に時代背景や筆者の経験値を想像させる重要な要素となります。
自身の身近な出来事を題材にした随筆では、「いつ」「どこで」「誰が」「何を」「なぜ」「どのように」といった、いわゆる5W1Hの要素が抜け落ちがちだということも推察されます。これは、作文を書く際に、自分にとっては自明のことであるがゆえに、つい失念してしまうという傾向があるためです。
文章指南書などを紐解いてみると、次のような指摘に出くわすことがあります:
「出来事がいつ、どこで、どのように行われたかなどを明確に記述することが重要です。例えば、新聞のコラムに『歌舞伎界の重鎮である某氏が襲名式を執り行った』と書かれていたからといって、自分がそれをマネして『自分の息子が幼稚園で舞台に立った』と書いただけでは、読者には何のことかさっぱり理解できません。歌舞伎は日常的に多くの人々の関心を集める芸能ですが、あなたの息子はそこまで著名な人物ではないのです」
このような指摘を目にすると、これはかなり厳しい批評だなと感じざるを得ません。有名人であるという理由だけで、説明不足が許容されるという現実。一般人である我々は、この不公平さに歯噛みするばかりです。
だからと言って、説明のための冗長な文章を綴ってしまうのも好ましくありません。読者を退屈させ、文章の魅力を損なう恐れがあるからです。
結局のところ、自分が何者であるかという説明は、簡潔かつ明瞭に記すのが最良の方法だと考えられます。不必要な情報を省き、読者の興味を引く程度の自己紹介に留めるのが賢明でしょう。それは、小説にも使える手法です。
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この随筆『憧れの富士山』における筆者は、その点を心得ているかのように、冒頭で簡潔に自身の年齢に言及しています。これは非常に効果的な手法と言えるでしょう。
冒頭で「いつ」という時間的要素を明示する(設定を書く)ことで、読者はその時代や時期の雰囲気を想起することができます。たとえば、2018年の7月とか書くと、たった数年前なのに、まだコロナがなかった時期だと思い起こせます。それによって、筆者の経験や感情により深く共感できる可能性が高まるのです。
わたし自身も、この教訓を活かそうと試みています。10月に投稿を予定している「七夕」という随筆では、母の死について綴っているのですが、冒頭でその出来事がバブル経済絶頂期の梅雨時だったことを明記しています。
この書き方を通じて、世間一般が経済的な高揚感に浮かれていた一方で、わたし個人の心情は梅雨のように鬱々としていたという対比を、読者に感じ取ってもらえればと期待しています。時代背景と個人の心情のコントラストを、さりげなく示唆することで、より深みのある文章になることを目指しているのです(しかもこれは実話なのです)。
それはそれとして、先生は、この随筆にかぎらず、文集に寄せられた文章のほとんどに、「推敲が足りない」と指摘しています。一字下げ、漢字の開き方など、細かいところを言い出すとキリがありませんが、雑味を取れば、全体的にみなさん味のある話だと褒めていました。わたしも推敲を繰り返して、ひとさまに読んでいただける作品を書きたいものです。
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この随筆『憧れの富士山』における筆者の内面について、お話しします。
その品性の高さ、豊かさは、細やかな言葉の選択や表現方法を通して鮮明に浮かび上がってきます。筆者の感性や観察力が、何気ない描写の中にも巧みに織り込まれているのです。先生が特に高く評価したのは、彼女が集団登山中に経験した独特の視点でした。
つまり、前を行く人の背中しか見えなかったという率直な描写です。この一見単純な観察は、実は登山の苦労や集団行動の特性を巧みに表現しています。
先生は自身の経験を振り返り、センスが細やかで感受性が豊かだと評価します。そしてユーモアを交えて「自分だったら男でも尻しか見なかっただろう」と付け加えています。この軽妙な自己批評は、生徒に親近感を抱かせると同時に、先生の謙虚さと洞察力を垣間見せる効果的な表現となっています。言い換えれば、一見些細な描写や言葉選びの中に、先生や筆者の豊かな内面世界が巧みに描き出されているのです。
特に先生が高く評価したのは、山小屋のシーンでした。一見すると、寝るスペースがほとんどなかったという困難な状況が描かれているのですが、その描写の巧みさを先生は称賛されたのです。単なる不満や愚痴ではなく、読者に臨場感を与える表現力が光っていたのでしょう。
先生の評価の背景には、困難な経験をも創作の糧にする姿勢への賞賛があるように思います。いやなこと、つらいことでさえも、それを乗り越えて作品に昇華させる精神力と創造性を高く買っているのでしょう。このような姿勢は、作家として成長していく上で非常に重要な資質だと思われます。
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