第42話 懺悔と後悔と謝罪

夜がやって来る頃、全ての魔物を討伐し終えた。


ドランが仰向けに倒れそうなのを、背中に手をやり支える。


「ぜぇ……ぜぇ……もう、一歩も動けんわい」


「ふぅ、こっちも流石に疲れたな」


「そ、それだけか? あれだけ動いたというのに……とんでもない奴になったのじゃな。ともかく、礼を言わせてくれ。おかげで、スタンピートとなる前に処理できたわい」


スタンピート、それは魔物の暴走を意味する。

一体の凶暴な魔物に触発され、周りにいる魔物達が暴れ出す現象だ。

下手をするとスダンピートとなるところだったが、どうにか水際で食い止めることが出来たようだ。


「いや、俺は最後に美味しいところを持っていったに過ぎないさ。賞賛されるべきは、それまで踏ん張っていた冒険者やドラン達だろう。その時間がなければ、こうして助けにも来られなったのだから」


「ふんっ、そういう謙虚なところは相変わらずじゃな。それが昔は気に食わんこともあったが……今は、懐かしいのもあってむず痒いわい」


「まあ、そういうな。人はそんなに簡単に変われるものじゃない。ドランが、昔のまま頑固親父なように。ったく、骨が折れてるのに無茶すんなよ」


「ハハッ! これは一本と取られたわい!」


「いいから、腕を出せ。応急処置だが、俺が治療しよう」


「なに? お主は魔法が……」


今説明するのは面倒なので、ドランの折れた腕に触れて仙気を流す。

すると、曲がった腕が自然に治っていく。


「な、なんじゃ、これは……回復魔法とはいえ、こうも劇的に治ることはないぞ!? いや、そもそもお主は」


「まあ、その辺りは後にしてくれ」


すると、同じく戦いを終えたカイトとカエデがやってくる。

遠くから眺めていたが、どちらも立派に戦っていた。

これなら、心配はいるまい。


「兄さん! ギルマスと知り合いだったの!?」


「そうだぜ! オレ達に内緒にしなくてもよくないか!? そりゃ、コネとかはないだろうけどさ!」


「おいおい、何を勘違いしている。そもそも、俺はドランがギルマスだなんて知らなかったよ」


「それはこちらの台詞じゃ。まさか、新進気鋭の冒険者とハルトが知り合いとは。そもそもワシは、お主は死んだものとばかり思っていたわい」


そこで俺とドランは顔を見合わせる。

そして、お互いに苦笑した。


「どうやら、積もる話がありそうだ」


「そのようじゃな……先ほどの言葉を返そう——友よ、良く生きていてくれた」


そうして、自然と肩を組んでくる。

その目にはじんわりと涙が浮かんでた。




全てを終え都市に帰る頃には、完全に日が暮れて夜になっていた。


夕食の時間も過ぎていたが、俺はドランに指定された場所……冒険者ギルドの奥の部屋に来ていた。


もちろん、アルルやサクヤを含む全員を連れて。


部屋の中にはギルマスのドランと、俺たちを案内した秘書官である女性しかいない。


「良く来たな。まあ、適当に座ってくれい。先に言っておくが、今はギルマスと新人冒険者ではなく、ただの友として接してくれると助かるわい」


「……わかった、そうさせてもらおう」


「それでは、客人は真ん中にあるソファーに座るといい。ワシとお主は一対一がいいだろう、こっちのソファーに座れ」


その言葉に全員が頷き、俺は一人用サイズのソファーに座り、対面にはドランが座る。

もう一つは二人掛けなので、カイトとサクヤ、カエデとアルルでそれぞれ分かれて座った。

そこには食事も置かれているので、食べながらでも聞けるだろう。


「さて、まずは酒でも飲まんとやってやれん」


「そうだな、腹も減ったしな」


「うむ、好きに食べるといい……まずは再会に乾杯じゃ!」


「乾杯」


グラスを交わし、二人で酒を飲み干す。

その横では皆が食事にありつく。

俺は食事は通る気がしないので遠慮することにした。

それは、ドランも同じらしい。


「さて、何から話したものじゃろうか」


「まずは、俺から話そう。お前達と分かれてから、俺が何をして何処にいたかを」


そうして、俺のこれまでの軌跡を語っていく。

追放されてやけになり、ランクを上げるために西の森に一人で行ったこと。

そこで魔物に囲まれ、とある方に助けてもらったこと。

その方の元で修行をしつつ、カイトやカエデのような孤児を育てていたことなど。


「そうじゃったか……その場所のことは聞かないが、そこから出たことはないんじゃな?」


「そうしてくれると助かる。ああ、十五年間出たことはない。そこを出た者は戻って来れない制約があるのでな」


「それだと連絡も取れんか。手紙を届けるのも往復する必要がいる……道理で、死体も見つからないわけじゃな」


「死体? どういう意味だ?」


「そうじゃな。次はこちらの番か……お主を追放した日から、全ては変わってしまったのじゃ」


「変わってしまったか……」


俺は緊張からか、喉が死ぬほど乾いてきた。

秘書が用意してくれた二杯目を一気飲みしてから……覚悟を決めて頷く。

すると、ドランが重い口を開いた。


「まずはお主を追放したこと、それは間違いじゃった。全員で話し合いをし、お主を死なせないようにとのことだったのじゃが……あのままの実力では、お主が途中で死ぬことは目に見えていた。かといって、ワシらもお主のためだけに足を止めることはできなんだ……すまぬ」


「いや、今なら良くわかる。実力がともわない俺では、いずれにしろ皆を危険に晒していたに違いない。むしろ、俺のために心を折ってくれてすまなく思う」


やはり、俺を追放したのは理由があったのか。

説明はして欲しかったが、当時の俺では受け入れることはできなかっただろうな。

これから強くなるとか言って、無理を言ったに違いない。


「そう言ってくれるか……だが、結果は変わらんかったのじゃ。お主がいなくなった後、ワシらは順調にランクを上げていった。しかし上がるにつれて不協和音が生じたのだ。リーダーのゼノスと獅子族レオンの衝突は増え、ワシとエルフであるリーナはそもそも馬が合わん。それを何とかユリアが間を取り持とうと頑張ったが……」


「そうだったのか……ランクが上がっていない俺が言うのも何だが、上がるにつれて要求されるものが増えるという。そのことで、意見が割れることが増えたと?」


「お主の言う通りじゃ。豪商や貴族とのやり取り、要求される素材の鮮度、現地人や依頼主とのやり取り、罠も多いダンジョンや険しい森の探索……どれもが、ただ強いだけではどうにもならない。チームワークがあって、初めてきちんと達成できるものじゃった」


「それでも、どうにか続けたんだよな? ドランがギルマスということは……」


ドランは頑固者で有名だった。

優しい奴で、曲がった事が嫌いな奴だった。

お調子者であるリーナとは言い合いをよくしていたっけ。

元々種族的に、エルフとドワーフはそりが合わないこともある。


「うむ、金級まではどうにかな……全員、金級まではどうにか上がったのじゃ。ギリギリじゃったが、お主を追放した意味がなくなると思い踏ん張っていた」


「そうか……それでは、誰も白銀級には?」


「うむ、なっておらんはずだ。何故なら……お主の死が我々に知らされた。そして保っていた均衡が崩れ、我々のパーティーは崩壊した」


「なっ——!?」


それでは、彼らが白銀級に上がれなかったのは俺のせいではないか。

俺が弱かったばかりに、彼らの間に亀裂を入れてしまった。

俺なんかと違い、名を残す冒険者になったはずなのに。


「言っておくが、お主の所為ではない。ワシらは、お主の優しさに甘えていたのじゃ。誰かが揉めればさり気なく仲裁し、料理などは率先して作ってくれたりとな」


「……俺はユリアがいたから平気だと思っていた」


「確かに。ユリア嬢の役目は大きかった。それでも、彼女一人ではどうにもならん。そして、彼女はお前を探しに行こうと提案したのじゃ。例え実力がともわなくとも、ハルトは私達に必要な人だからと。土下座してでも、帰ってきてもらおうって」


ユリアが……あの子に負担を押し付けてしまったか。

それなのに、俺は自分のことばかり考えていた。

……くそっ、自分に腹がたつ。


「……そして俺はいなかったと」


「うむ、そこで行方不明になったと知ったのじゃ。そこからの記憶は……ほとんどない。皆が消沈し、いつのまにかバラバラになった」


「……それ以降の皆の行方は?」


「わからん。もう、五年以上も前の話じゃ。国に帰ったり士官したり、司祭や傭兵になったという噂くらいは聞いたがのう」


「そうか……ドラン、すまなかった」


俺にも言い分はある。

だが、それもこれも俺が皆についていけたら解決していたかもしれない。

俺が頭を下げると、ドランが机にビールクラスを叩きつける。


「馬鹿を言うな! お主が謝ることなど……謝るのはワシらじゃ、お主が苦しんでいた時にのうのうと過ごしてきた。お主は田舎にでも帰り、平凡に暮らしていると思い込んで」


「それじゃ、お互い様ということだな?」


俺はニヤッと笑い、グラスを掲げる。

少しだけ呆けた後……ドランが腹を抱えて笑いだす。


「……フハハッ! こいつは参ったわい!」


「さあ、友よ……我らが喧嘩した時、どうすれば仲直りした?」


「それは美味い飯を食って、酒を交わすことよ!」


そうして、俺とドランは笑顔で乾杯をする。


お互いに気にしないと言う意味を込めて。


こうして俺とドランは、ただの友に戻ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る