第30話 カイト視点
やっぱり、にいちゃんはすげえ。
オレだって、この一年でかなり強くなったのに。
それでも、にいちゃんには手も足も出なかった。
「まあ、それはわかってたんだけどさ」
何せこの辺境にきて、それはすぐにわかった。
どの冒険者を見ても、自分より強いとは思っても、にいちゃんより強いとは思わなかった。
それが何だか凄く誇らしかったっけ。
「オレは、この人に鍛えてもらったんだって」
ただ、同時に情けなくもある。
にいちゃんに鍛えてもらったのに、オレはまだまだ弱い。
「妹も出来たし、オレもしっかりしないと……カエデにも置いてかれたくないし」
「なに? どうしたの?」
「うわっ!? い、いつからそこに!? てか、ノックくらいしろって!」
いつの間にか、オレの部屋の中にカエデがいた。
同じ宿ではあるけど別の部屋で、普段は隣同士で宿を取っていた。
ただし緊急時に備えて、お互いの部屋の鍵は持っている。
「今さっきよ。というか、ノックしたし。中から声がブツブツ聞こえるから、寝言かと思ったわ」
「き、聞いてたか?」
「いや、特には聞いてないわよ。なに、なんか悪口でも言ってたのかな?」
「い、言ってない!」
あぶねぇ……どうやら、聞かれずに済んだらしい。
ただ、今度は別の意味であぶねぇ!
顔が笑ってるのに恐怖を感じる!
「ふーん?」
「あ、あれだよ……少し、自分を見つめ直してた」
「どういう事?」
下手な嘘をついてもバレるので、ある程度正直に話すことした。
にいちゃんと再会したけど、自分がまだまだ未熟だと思ったことを。
「あぁー、そういうことね。うん、その気持ちならわかるかも。兄さんってば、相変わらず強いんだもん」
「だよなぁ……少しは追いつけたかと思った自分が恥ずかしいぜ」
「アンタは、兄さんに憧れてるもんね?」
「んだよ、急に……あってるけど」
「私だって、そうだし。ねえねえ、覚えてる? 私たちが、兄さんのことを大好きになった時のこと」
「……あぁ、覚えてるよ。あの時のことは、一生忘れない」
にいちゃんのことは出会った頃から好きだった。
優しいし強いし、よく遊んでくれたから。
でも、それ以上の気持ちになったのはとあることがあったからだ。
その言葉に、オレは当時のことを思い出す。
◇
あの時のオレは、よくふて腐れていた。
もちろん、引き取ってくれたカイゼルさん……親父には感謝はしてる。
だから亡くなった時は悲しかったけど、姉ちゃんや兄貴ほどじゃなかった。
薄情かもしれないけど、過ごした時間が短かったから。
だから、オレとしてはにいちゃんが構ってくれない方が辛かった。
「……最近、にいちゃん全然構ってくれない」
「そうよねー。でも、仕方ないじゃない。お父さんが死んじゃって兄さんは大変だし」
「それはわかってるよ……でもよぉ」
上の兄貴達二人は親父が死ぬ前に出て行ったし、残った男はオレ一人だった。
それもあり、オレは寂しかったんだと思う。
そして、それはカエデも同じだった。
「わかるわよ。私だって、セシリア姉さん出ていっちゃったし」
「セシリア姉さんは明るくて元気な人だったもんな。数も減ったのもあるけど、みんなちょっと暗いよな……」
残りの姉さん達は三人いるが少し変わっているし。
親父が死んでから半年、オレ達は少しバラバラになっていたかもしれない。
まとめ役のセシリアさんがいないのが大きかった。
「どうする?」
「んー……ここはオレ達が盛り上げるとするか!」
「いいわね! そうしましょ!」
そして、まだ幼かったオレ達は考えなしに行動を始めた。
姉さん達に悪戯したり、にいちゃんの作業を邪魔したり。
当然、にいちゃんは怒ってオレ達を追いかけることに。
「へへっ! こっちこっち!」
「兄さん!遅い遅い!」
「んなろ! ちょこまかと!」
それは必然の流れだったかもしれない。
オレ達が自分勝手に行動したバチが当たったんだ。
逃げ回っていたオレ達は、にいちゃんが大事にしていた壺を割ってしまう。
その破片はオレの顔と、カエデの手に傷をつけた。
「いてっ……あっ、にいちゃんの壺が……」
「いたっ……わ、割れちゃった……兄さんの大事な物が」
すると血相を変えて、にいちゃんが飛んできた。
割れた壺には目もくれず、オレ達二人のところに。
「二人とも怪我は!? 血が出てるじゃないか! すぐに手当てするからな!」
「ひぐっ……」
「あぅぅ……」
「痛いよな。大丈夫だ、にいちゃんが治してやるから」
にいちゃんは仙気による自己治癒で、オレとカエデの傷を治した。
でも、オレ達は痛みで泣いているんじゃなかった。
あの壺を、にいちゃんがどれだけ大事にしてたかを知っていたから。
毎日眺めたり、磨いたりしていたことを。
それなのに、俺たちの心配しかしてなかったんだ。
「ご、ごめんなさいぃ……! オレ達、にいちゃんに構って欲しくて……!」
「兄さんの大事な壺、割っちゃった……! あれ、昔の仲間から貰った大事な物だって!」
「なんだ、そんなことか。気にするな、形あるものはいずれ壊れる。それよりも、お前達が大した怪我じゃなくて良かったよ」
「「ァァァァァァァァ!」」
オレ達は大泣きして、にいちゃんに抱きついた。
そんなわけがないのに、ずっと大事にしてたのに。
自分勝手な気持ちで騒いで、にいちゃんの壺まで割ってしまった。
そんなオレ達を、にいちゃんは叱ることなく優しく頭を撫でてくれた。
その日からオレとカエデは、にいちゃんのことをそれまで以上に大好きになったんだ。
◇
「……だから、尊敬するにいちゃんに良い所を見せたかったな」
「それは言えてるわ。でも、焦っても仕方ないでしょ?」
「それもわかってる」
ただ、にいちゃんはあっという間に鉄級になって追いつかれた。
仕事も早く丁寧で、何より移動時間がかからないのがでかい。
これじゃ、すぐに抜かれちゃうぜ。
「それじゃ、兄さんと一緒に依頼を受けようって言おう。それで、頑張るしかないわ」
「それもそうだな……よし! やってやるか!」
「それと……あのさ、提案があるんだけど」
その提案を、オレは喜んで受け入れる。
オレに家族の愛情と、カッコいい男というものを示してくれたにいちゃん。
その男の弟として、恥じない自分にならなきゃな。
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