第28話 男の子も大変
その後、カイトと二人で鍛錬場の片隅で休憩する。
目の前では、アルルとカエデとサクヤが模擬戦をしていた。
カエデが敵役となり、サクヤがアルルを敵から守る鍛錬だ。
「グルッ!」
「むっ、速いわね!」
「わわっ……」
カエデが、アルルに触れれば勝ちらしい。
サクヤはそうさせないように、カエデの動きを妨害している。
カエデは猫獣人特有の俊敏な動きなので、サクヤにとっても鍛錬になるだろう。
「ふむ、カエデも動きが良くなったな」
「にいちゃん、オレ……弱いかな?」
「……どうした?」
何やら珍しく落ち込んだ表情なので、小声で答える。
「オレ達さ、鉄級じゃん? 本当なら、あいつ一人なら……今頃、銅級になっててもおかしくないのかなって」
「カエデのことか。なるほど……自分が足を引っ張ってるって思うんだな?」
「そうなんだよ。見ての通り、あいつの方が実力は上じゃん? 未だに稽古で勝ったことないし。オレ、気を使わせてんのかなぁ……自分が嫌になるんだ」
なるほど、そういう悩みか。
そして、その悩みは俺にもよくわかる。
仲間達に追放されたが、あのまま一緒にいたら……自分のことが嫌になっていたかもしれない。
「そうか……お前はどうしたいんだ?」
「どうしたい……そりゃ、あいつと一緒に上がっていきたいよ。ただ、同情されるのは嫌だ」
「そうか……お情けで一緒にいてもらいたくないよな」
「うん……だから、どうしたら良いかなって。にいちゃん、ごめん……情けない弟で」
俺は泣きそうになるカイトの肩を抱き寄せ、そのまま頭を乱暴に撫でる。
「な、何すんのさ? オレ、もう成人したのに」
「たまには良いじゃないか。それに大丈夫だ、お前は全然情けなくない」
カイトはそのことを自覚し、それについて真剣に悩んでいる。
当時の俺は自覚することもなく……いや、多分だけど目を逸らしていた。
それに比べたら、カイトは立派なものだ。
「そうかな?」
「ああ、お前は自慢の弟だ。よし……暫くは、お前の鍛錬に付き合おう」
「ほんとか!? でも、にいちゃんもアルルのことや依頼もあるし忙しいはずじゃ……それに、俺はもう里を出たし」
「そんなこと言うなよ。アルルも大事だが、お前も大事だ。里を出ようと関係ない……可愛い弟に、お節介を焼かせてくれよな」
遠慮するカイトに優しく言うと、コクリと頷いた。
旅立ったとはいえ、まだ十六歳の子だ。
それくらい世話をしても、厳しかった師匠も許してくれるだろう。
「相変わらず、言い方がずるいや。でも……ありがと、にいちゃん」
「良いってことよ。それにしても……カエデに負けなくないのは、足を引っ張りたくないだけか?」
「……へっ? な、何言ってんだよ!?」
カイトの顔が、みるみるうちに赤くなっていく。
なるほど、そっちに関しても進展がないと。
カイトがカエデを好きなのは、我々上の者たちの共通認識であった。
「いや、何って……好きな子のために強くなりたいのは普通だろ」
「に、にいちゃんもそうだったりすんのか? そう言う話って、里では聞いたことなかったけど」
「大人組とはたまにしていたさ。お前も十六歳になったし、そういう話でもするか」
半分嘘で半分本当だ。
そういう話は聞かれたが、いつもはぐらかしていた。
その話をすると、昔の仲間を思い出さずにはいられないから。
「へぇ、そうだったんだ。それで、どんな人だった?」
「そうだな……綺麗で優しくて、皆を笑顔にするような女性だったな。それでいて、怒ると怖いんだこれが」
自分でいうのも何だが、俺達のパーティーは個性が強かった。
それをユリアが上手くまとめていた気がする。
彼女が怒ると、皆が黙りこんだっけ。
「セシリア姉ちゃんが聞いたら大変そう……」
「ん? どうしてセシリアの話が出てくる?」
セシリア、それは二番目に年長である女の子の名前だ。
しっかり者で気配り屋さんで、皆をまとめていたリーダーでもある。
頭も良く火魔法の適性もあり、将来が楽しみな子だった。
俺とは十歳くらい離れていたっけな。
今頃、どうしているだろうか。
「はぁ……セシリア姉さんも苦労しそうだ」
「そうなのか? あの子なら、どこに行っても問題ないと思うが」
「いや、そういう意味じゃなくて……オレ、にいちゃんに相談していいのかな」
なんだかよくわからないが、兄の威厳が減った気がした。
いかん、これはいかん。
兄離れするのはいいが、それとこれとは話が別である。
「何を言うか」
「じゃあ、恋愛経験豊富なのか?」
「もちろんだ。俺だって、数々の女性をだな……すまん、嘘をついた」
前言撤回、やはり嘘は良くない。
そもそも十七歳までは、冒険者で大成する夢でいっぱいだった。
その後は秘境だったし、それ以降は子育てで必死だった。
恋愛などする暇もなかったな。
「ははっ! にいちゃんらしいや!」
「すまんな」
「ううん、そんなことないぜ。だって、それはオレ達を育てていたからだし。にいちゃんも、これから恋愛とかすればいいじゃん」
「恋愛か……もう、おっさんだしなぁ」
三十二歳、女性経験なし……言葉にすると、やばい男にしか見えないな。
二十代を育児に追われていたからか、そういう感覚がなくなってる気がする。
その俺に、今更恋愛などできるのだろうか。
「いやいや、まだまだ若いでしょ。にいちゃん、見た目も若いし。後は、ピシッとした格好でもすればいいぜ」
「いつの間か、俺の相談になってないか?」
「あっ……へへっ、確かに」
やれやれ、兄の威厳は保てなかったようだ。
まあ、カイトもそうだが、そんなに焦る必要ないか。
その時がきたなら、その時に考えるとしよう。
何より……巣立った子達と、こういう話を出来るのは良いなと思うのだった。
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