第17話 偽善でいい
……自分に腹がたつ。
このタイミングでくることぐらい、少し考えたらわかることだ。
サクヤが貴重なことも、あの子の髪が珍しいことも。
それを誰かが狙うということを。
だが、反省は後だ……まずは、こいつらを片付ける。
「サクヤ、良くやったな」
「ククーン」
サクヤの尻尾は垂れ下がり、顔もしょんぼりしていた。
どうやら、アルルに怪我を負わせたことを気にしている様子。
俺は先程の爆発音と、周りの状況を見て何となく察する。
「おそらく、氷と炎がぶつかって爆発したか」
「アオーン……」
「原理はわからないが、冷たい物に熱いモノがぶつかると、爆発を起こすことがあるとか。サクヤは、それを知らないから無理もない。今後、覚えておくことだな」
「アォン!」
サクヤが頷いたので、頭をひと撫でして前に出る。
交代するようにサクヤがアルルの元に行くのを確認し……倒れ込んでいる相手を睨みつける。
おそらく、暴風で吹き飛んだのだろう。
「おい、うちの子に何の用だ?」
「そ、そいつから手を出したんだ!」
「うちの子が、そんなことをするわけがないだろうが……だが、もしそうなら然るべき場所に来てもらおうか。言っておくが、俺は一向に構わないぞ?」
問いかけると、男達の顔に焦りが浮かぶ。
どうやら、叩いて埃が出るのはあちらの方みたいだな。
「だ、旦那! どうしますか?」
「くっ……ここまで来てひけるか! 魔法部隊、奴に魔法をあびせろ! そいつは魔法が使えない筈だ!」
「そうでしたな! 石級冒険者程度が消えても誰も気にしない!」
「なるほど、冒険者ギルドにいた奴から聞いたのか……まあ、いい」
仙気を高め、拳に集める。
そのまま待っていると、準備ができたらしい。
火の玉が一斉に襲いかかってくる。
「これで消し炭に……」
「セァ!」
俺は素手で、その火の玉をかき消す。
何処にも飛ばすことなく、弾けさせた形で。
それを見た男達は、呆気にとられていた。
「……はっ?」
「だ、旦那……素手で魔法を消しちまいました」
「ま、まぐれだ! 火属性は破壊に優れた属性、それを傷一つなく消すなど不可能だ! もう一回放て! 何のために高い金を払っていると思う!」
先ほどより、多くの火の玉が襲いかかる。
あれを全部打ち消すのは面倒だな。
「何度やっても同じだ——仙気解放」
次の瞬間、俺に火の玉が直撃していく。
「ははっ! 食らったぞ!」
「へへっ、ざまあみろ!」
……少し覚悟はしたが、この程度か。
以前の俺だったら、これで消し炭になっていたな。
「お、お父さん!」
「アォン」
「へっ? お父さんなら大丈夫? で、でも……」
「アルル、俺なら問題ない」
両手を打ちはらい、無事を示すために煙を吹き飛ばす。
「お父さん!」
「ば、ばかな! 直撃したはず!」
「この程度なら問題ない」
さて、蹴散らすだけなら簡単だ。
そろそろ気づいてもいいと思うが……。
その時、タタタッと足音が聞こえてくる。
「こっちです! 爆発音が!」
「わかった! ……お前たち、何をしている!?」
それは、俺が望んでいたものだった。
おそらく、市民が警備員を呼んでくれたのだ。
警備員は俺と奴らを交互に見て……あちら側に近づく。
「君達、少し来てもらおうか?」
「……うるせぇ」
その瞬間、俺は動き出していた。
「ん? 言い訳なら後で聞こう」
「うるせぇって言ってんだよ! ……なに!?」
警備員に突き出したナイフを腹で受け止める。
しかしナイフは俺に刺さることなく、ナイフの方が折れた。
「これで殴る理由ができたな——ふんっ!」
「ぐはっ!?」
腹に一撃入れると、旦那と呼ばれる男は蹲る。
それを見て、他の男達が逃げようとし始めた。
「さて、警備員さん」
「な、なんでしょう? いや、それよりもお腹は……」
「これくらい平気ですよ。こいつら、全員ぶっ飛ばしていいですかね?」
「え、ええ!」
「よかった……もう、我慢の限界だった。お前ら、俺の可愛い娘達を襲ったことを後悔させてやる」
俺は逃さぬように脚に気をまとい、連中より先回りして路地通路を塞ぐ。
そして、先頭の男に一撃を入れる。
「ゴフッ……!」
「逃すわけがないだろうが」
「じゃ、邪魔すんな!」
「沈んでろ」
そのまま通路に来ようとする男達に、拳を叩き込んで沈めていく。
残ったのは、奴隷商人という男だけだ。
「なっ!? 速い!? あの距離を一瞬で詰めるだと!? 風魔法の使い手だったのか!?」
「いや、お前の言う通り俺は魔法は使えん。だから、縮地と仙気を応用した高速移動をしたのさ」
縮地、それは『仙術によって地脈を縮め、距離を短くすること』と言われている技だ。
一瞬に移動することから、地脈から地脈に瞬間移動したように見えることからついたとか。
正確には仙気を使い初速で最高速度に到達し、人の目に映らない速さで移動しただけだ。
「仙気……? 何だ、それは」
「別に貴様にそこまで説明する義理はない。さて、うちの娘を囮に使って逃げたらしいな?」
折角襲ってきたんだ、後顧の憂いはなくしておこう。
その方が、アルルも安心するだろう。
「そ、そうだ! あれは元々俺たちが買ったんだ! それを取り返してなにが悪い!」
「ならば、正式に俺に言えば良かった。何故、わざわざ俺がいないときに襲った?」
「そ、それは……」
「そもそも奴隷は非合法だ。まあ、あの子は俺の娘だ。言われても返す気など毛頭ないが」
「……くそがァァァァ! この偽善者が!」
「偽善者でなにが悪い!」
殴りかかってきた相手の手を合わせ顔面にカウンターを放つ。
「ぐはっ!」
「俺は別に偽善者でいい」
俺は師匠に拾われて救われた。
あの人にとっては何の得もないのに。
それが偽善であろうと、俺が救われたのは事実だ。
すると、タイミング良く他の警備員達もやってくる。
俺はその場を彼らに任せ、アルルの元に行く。
「大丈夫か?」
「ご、ごめんなさい! わたしのせいで……」
「前も言ったろ、別に謝ることはない。そういう時は、ありがとうって言うんだ」
「……あ、ありがと……お父さん、わたしを助けてくれて……ァァァァ!」
すると、アルルが堰を切ったように泣き出す。
俺は頭を優しく撫で、アルルを強く抱きしめる。
君はここに居てもいいと、その痛んだ心に刻むために。
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