第5話 朝食

 ……寝たか。


 焚き火を眺めながら、俺の膝を枕にしているアルルを優しく撫でる。


 あの後場所を移動して、大きな木がある丘を発見した。


 見晴らしもいいし木に寄りかかれるので、ここで夜を明かすことにした。


 俺自身は寝ながらでも警戒できるし、気配察知が得意なサクヤもいるので、いざ襲われても問題ないだろう。


「さて、どうしたもんかね」


「グルルー?」


 俺の側で伏せているサクヤが、『どうしたの?』と尻尾をペチペチとしてくる。


「いや、この子のことさ。秘境に送ることも考えたけど、もう一度戻るのは大変だしな。それに、何やら特殊な能力を持ってそうだ。お前の言葉を完全に理解していたんだな?」


「アォン」


 サクヤがコクリと頷く。

 俺が知らないだけかわからないが、そんな能力は聞いたことがない。

 確か魔物を使役するテイマーという職業があったはず。

 その方々に聞けば、何かわかるだろうか?


「うーん、わからん。まあ、俺が田舎者なだけかもしれないし」


「ハフッ……」


 サクヤが人間臭く『はぁ……』みたいにため息をついた。


「今のは俺にもわかったぞ? 頼りにならない男って言ったな?」


「アォン?」


「このやろ〜」


「ハフハフ……!」


 空いてる方の手でとぼけるサクヤを弄り、静かな夜を過ごす。


「いいか? 俺が頼りにならないなら、お前がアルルを守ってやるんだぞ」


「グルル?」


「お前にできた、初めての妹だからな」


「……アォン!」


 アルルを引き取ったのは純粋な善意でもあるが、理由はそれだけじゃない。


 下の子がいることで、上の子は成長する。


 アルルを守ることで、サクヤも成長すると思ってのことだ。


 ……もちろん、似た者同士で放って置けないのが一番だが。


親に捨てられた時と、仲間に追放された時に孤独を二度味わった。


その辛さは、誰よりも分かっているつもりだ。



 ◇



そして夜が明けて、朝日が昇ってくる。


幸い危険察知は発動しなかったし、サクヤも俺を起こさなかった。


おかげで、少しは眠ることができたようだ


「ん……あれ? ここは?」


「おはよう、アルル。サクヤも、見張りありがとな」


「グルルー」


俺の脇で座っていたサクヤが体を起こし、アルルの顔を舐める。


「わわっ!? あっ、わたし……お、おはようございます」


「ああ、おはよう」


「グルルー」


俺とサクヤは、まだ寝起きで混乱しているであろうアルルを待つ。

しばらくボッーとした後、アルルが起き上がる。


「そうだ、わたしはこの人に助けられて……ありがとうございました!」


「いや、成り行きみたいなものだから気にしないでいい。さて、とりあえず飯にするか。君は昨日すぐ寝てしまったし、俺達も夕飯は食べてないから腹減ったしな」


すると、アルルの目が輝き……キュルルーと可愛らしい音がなる。


「ご、ご飯……はぅぅ、ごめんなさい」


「ははっ、何も謝ることはない。腹が減るのは生きてる証拠さ。さあ、朝ごはんにしよう」


「アォン!」


そしてアルルをサクヤに任せ、ささっと朝食の準備をする。

鍋に鳥の出汁を入れ、そこに薫製肉と玉ねぎを加えて火にかける。

その間に昨日の残りである焼きニジイロマスを取り出し、丁寧に皮と骨を取っていく。


「身をほぐしたら、次はあれか」


器に塩胡椒、お酢と砂糖を入れる。

そこにオリーブ油を少しずつ入れて混ぜていく。

師匠はこれを乳化と言っていた。


「ほんと、色々なことを知ってる人だったよなぁ。いや、俺が田舎者ってこともあるんだけど」


何やら見たこと聞いたこともない調理法を知っている人だった。

まあ、世界中を旅してたみたいだしな。

マヨネーズやらこのソース……マリネなども師匠が教えてくれた調理法だ。


「さて、そこにほぐした魚と、切ったトマトや玉ねぎを加えて混ぜると……」


これを一口サイズに切ったパンに乗せれば完成だ。

その頃には、スープも温まっていた。


「ほら、二人とも、朝ごはんにするぞ」


「アォン!」


「はい!」


草原でじゃれていた二人が、丘の上に戻ってくる。

俺はスープを器によそい、それぞれの前に置く。

ちなみにサクヤにはパンをあげずに、マリネの具のみを与えた。

そしてサクヤが勢い良く食べ始める中、アルルはオロオロして手をつけない。


「さあ、まずはスープを飲みなさい」


「本当にいいのかな? あの……これって、わたしの分ですか?」


「ああ、もちろんさ。さあ、食べるといい」


「は、はい!」


アルルが嬉しそうにスープを飲み……その目から涙を流す。


「お、美味しいよぉ……!」


「そうか、そいつは良かった。さあ、次はパンを食べなさい。少し酸味があるから、気をつけるといい」


アルルは遠慮しがちに頷き、俺からマリネの乗ったパンを受け取り……パクッと口に入れた。

すると、目が見開き固まった。


「す、酸っぱい……!」


「ははっ、酸っぱいって言ったろ。口には合わないかな?」


「でも、美味しいです!」


「そうか、おかわりもあるから気にせずに食べるといい」


コクリと頷き、アルルが涙を流しながら笑う。


それを突っ込むような野暮な真似はすまい。




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