第4話アルル

 その後、無事にサクラも二匹目を獲得する。


 それを同じように調理し、一つはアクアパッツァに、一つは焚き火で串焼きにする。


 生まれた頃から人と生活していたからか、すっかり美食家になってしまったな。


「ハフハフ……」


「はいはい、もう少し待ってなさい」


 フライパンをもう一つ用意し、同じ要領で作って行く。

 そして煮付けの方は仕上げに塩を一振り、香草類のみじん切りを加える。

 その頃には串焼きにも火が通っているので、これで昼食の完成だ。


「さあ、出来上がりだ……アクアパッツァと、串焼きの完成だ」


「アォーン!」


「待て」


 食べようとするので、声と手で制する。

 これも親の役目である。


「ククーン……」


「……はい、よし」


「アォン!」


 物凄い勢いで、サクヤがアクアパッツァを食べていく。

 俺もまずは、そちらから食すことにした。

 箸でふわふわの身をほぐし、口に含む。


「……美味い。優しい味わいが、疲れた身体に染み渡るな」


 慣れているのはいえ、吹雪の中を進むのは疲労した。

 その身体に、魚と野菜の出汁が効く。

 身も柔らかく、物凄く食べやすい。


「こういう素朴なのが一番美味かったりするんだよな」


 味噌や醤油などを使った料理も美味いが、何というかそれは当たり前の話だ。

こういう料理は料理人の腕が試される。

 何より自然が豊かなので、生き物自体の味が良いのだろう。


「アォン!」


「おっ、美味いか」


 どうやら、サクヤも気に入ったらしい。

 次は串焼きを食べて見ると……口の中でほくほくと身が解けていく。

 脂が乗っていて、思わず米が欲しくなる。


「あそこの気候では米は作れなかったし……うん、貝類もそうだが色々と食べ歩いてみたいな」


 あそこにいた時は気づかなかったが、いざ出てみると意外とやりたいことがある。

 家族に会うとか自己研鑽の他に、それこそ食べ歩きとか。

気ままに旅なんかをしてみるのもありだな。


「やりたいことか……師匠の手紙には好きに生きろって書いてあったな……冒険者か」


昔の俺の夢は、最高峰と言われる白銀級冒険者になることだった。


そして難易度の高いダンジョン攻略をしたり、英雄と呼ばれるような人物になりたかった。


 そんなことをぼんやり考えつつ、美味しい食事にありつくのだった。



 食事を終えたら、再び森の中を進んでいく。


 今回は討伐は目当てではないので、俺とサクヤで気配察知をしながら戦闘を避けて移動する。


 そしてどうにか、日が暮れる頃に森を抜けることができた。


「ふぅ、森の中で寝るのは危険だからな。強さ的には平気だが、まだ俺たちはこっちの環境に慣れてないし」


「アォン?」


「ん? 今日はどうするかだって? ……行けるところまで走って見るか。平原であれば、何処から襲われても気づくはずだ」


「アォン!」


 サクヤが同意するように頷く。

 寝ずの番とかは可能だが、しないに越したことはない。

 障害物も無くなった俺達は、草原を駆け抜ける。

 そして時間が経ち、完全に日が暮れた。


「うーん、流石にまだ建物はないか。俺がここを通った時は、確か休息所みたいな建物があったはずだが……なくなってしまったか?」


「……アォン!」


「……何かあったんだな? 後を追うから案内してくれ」


 サクヤが頷き、走る速度を上げる。

 俺も後を追って速度を上を上げていくと、俺にも音が聞こえてくる。

 目を凝らすと、誰かが犬系の魔獣に囲まれていた。

魔物と魔獣は違く、魔物は人に仇をなす存在だから問答無用で倒す義務がある。

魔獣は人と共存する生き物なので無闇に殺してはならないが、人に害を与えた場合や食べるために倒すことが認められている。


「サクヤ! 先行する!」


「アォン!」


 サクヤより前に出て、最高速度に到達する。

 そのまま、女の子に襲いかかろうとした犬系の魔獣に一太刀いれた。


「ギャウ!?」


「すまんが、人を襲った以上見逃すわけにはいかん」


「ガルルッ!」


「グルル!」


依頼は受けてないが、人に襲いかかるなら話は別だ。

 抜いた刀を一度鞘に仕舞い、抜刀の構えを示す。

 ……数は五体か。


「この子のためにも、一瞬で終わらせよう」


「「「グルァァァァ!」」」


 俺が睨みつけると、狼達が一斉に襲いかかってくる。


「紫電一刀」


 目にも留まらぬ速さで連続斬りを放ち、近づいた五匹全てを斬り捨てた。

 それが終わったら、刀を鞘に仕舞って呆然としている女の子に近づく。


「ふぅ、無事か?」


「ふぇ!? だ、誰!?」


「怖がらせてすまない」


「え、えっ?」


 俺は相手が落ち着くまで、その場に待機する。

 そこには、小汚いフードを被った小さな女の子がいた。

 見たところ、大きな怪我はなさそうだ。

 すると、サクヤが追いつく。


「アォン」


「サクヤ、遅かったな」


「わぁ……綺麗な猫ちゃん」


「アォン……!」


 サクヤは『猫じゃないんだけど!』と不満げだ。

 だが、俺が近づくより良いかも。

 俺は身長も百八十センチくらいあるし、頬に傷もあるから怖いかもしれない。

 俺は目線だけで、サクヤに任せると送る。

 すると渋々といった様子で、女の子に近づいていく。


「アォン?」


「え? ここで何をしているのかって? えっと……わたし、親に売られて奴隷になって……でも途中で馬車が襲われちゃって……囮にされるために捨てられちゃったの」


「アォン……」


 俺もそうだが……何処にでも子供を捨てる親はいるのだな。

昔からこの辺りの村々は貧しく、子供を売るところもあった。

しかし、だからといって許される行為ではない。

 すると、サクヤが優しく女の子の顔を舐める。


「……慰めてくれてるの? えへへ、ありがと」


「アォン」


「優しい猫ちゃんだね」


「アォン!」


「猫じゃなくて豹? 確かに猫ちゃんにしてはおっきいもんね」


 ……ん? 何か変だな?

 まるで、サクヤの言葉を完全に理解しているみたいだ。

 付き合いの長い俺ですら、正確な言葉は理解できないというのに。


「あの、いいかい?」


「は、はい!」


「俺の名前はハルト、年齢は三十二歳だ。この子は二歳で、サクヤっていうんだ。もしよければ、君の名前と年齢も教えてくれるかな?」


 俺は女の子に目線を合わせるために膝をつく。

 すると、女の子は視線を泳がせてオロオロする。

 そのまま、じっと見つめていると……。


「アォン!」


「こ、この人は大丈夫って? ……アルルっていいます。えっと、七歳です」


「アルルか、よろしくな。ところで、アルルはサクヤの言葉がわかるのか?」


 その瞬間、アルルの身体がビクッと硬直したのがわかった。

 まずい、トラウマに触れてしまったか?

 俺がどうしようか迷っていると、再びサクヤがアルルを舐める。


「アォン」


「ほんと? ……わ、わたし、なんでかわからないけど、一部の魔獣の言うことがわかるみたいで」


「なるほど……先ほどの魔獣の言葉はわかるのかな?」


「す、少しだけ……ただ、どういう基準なのかはわかってなくて……ごめんなさい」


 ふむ、色々と謎が多いな。

 ともかく、血の匂いに魔獣や魔物が寄ってくる前に離れなくては。


「何も謝ることはないさ。さて……君はどうする? 俺達は、この先にある都市に行くつもりだ」


「よくわかんない……何処にも行く場所がないから」


「そうか……君さえ良ければ、俺達と一緒に来るか? 衣食住くらいの保証はしよう」


「ふぇ?」


 そこで初めて、少女と目が合った。

 俺は視線を外すことなく、真摯に向き合う。

 すると、アルルがゆっくりと頷いた。


「よし、決まりだ。じゃあ、失礼っと」


「ひゃぁ!?」


「おっ、軽いな。こりゃ、飯を沢山食べないとな」


 アルルを抱き上げると、そのフードが取れる。

 そこには銀色に輝く髪があった。


「み、みないで!?」


「ん? ああ、すまんな……別に綺麗でいいと思うが」


俺は黒髪で地味なので、少し羨ましいくらいだ。

すると、アルルがポカンとした表情を浮かべた。


「ふぇ? ……気持ち悪くないですか?」


「ああ、何も問題ない。さあ、行こうか」


 確かに珍しい色だが、別に忌避するようなことではない。


 アルルを優しく撫で、再び移動を開始するのだった。

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