第3話 魚獲り
……サクヤは何をやっているのだろうか?
気配を追ってきたら、サクヤが川の前にいた。
そして手を水の中に入れようとしては、引っ込めてを繰り返している。
「アゥゥ……」
「おい、何して——」
「キャン!?」
俺の声に驚いたのか、サクヤが飛び跳ね……川の中に飛び込む。
そして、水の中でバタバタと暴れ出す。
「アォン!?」
「お、おい、まさか……泳げないのか!」
俺は慌てて川に入るが、そこは地に足がつく川だった。
ふと見ると、サクヤも気づいたのか普通に立っている。
そして、沈黙の中……二人で見つめ合う。
「……」
「……」
「おい?」
「アォン?」
サクヤがまるで『別に溺れてなんかないですけと?』みたいな表情でとぼける。
相変わらず、小生意気というか何というか……まだまだ幼い少女といった感じか。
「いや、バレてるからな? ……まあ、よくよく考えてみたら川を見るのは初めてなのか」
「ククーン……」
雪に覆われたあの地は、川も年中凍っている。
お風呂や飲み水で水は見たことあるが、あのように水が流れるのは初めてでおっかなびっくりだったのだろう。
「なら仕方ないか。ほら、とりあえず川を上がるぞ」
「アォン!」
川を上がり岩や砂利を退かし、手頃な木と枯葉を置いて……火石を使って火をつける。
俺には魔法が使えないので、こうした原始的なやり方しかできない。
パチパチと音がなり炎が揺れ、それがなんだか心地よい。
「ほら、火の近くで身体を乾かしなさい」
「アォン!」
何か、期待に満ちた目で俺を見てくる。
こういう時は、だいたいアレだな。
袋からブラシを出すと、サクヤが尻尾を揺らしながら俺の前に座る。
そして視線を向けて『さあ、ブラッシングしなさい』と偉そうに催促してきた。
「はいはい、ワガママなお嬢さんだこと」
「フスンッ」
「別に褒めてないからな」
得意げな表情をするサクヤの毛皮を、優しくすいてあげる。
すると、気持ちよさそうに目を細くしていく。
「さて、みんなは元気かね……サクヤも、会えるのが楽しみだろ?」
「アォン!」
すると、嬉しそうに鳴いた。
サクヤと巣立った一部の者たちは、本当に兄妹ように育ってきた。
サクヤにとって俺は、師匠兼親代わりといったところか。
乾かし終わったら、予定通り昼食にしようとするが……。
「ところで、何か狩れたか?」
「……ククーン」
その尻尾は垂れ下がり、顔はしょんぼりする。
何も狩れていないのは、火を見るよりも明らかだった。
「なるほど、川に夢中になって狩ってないと。というか、俺に気づかないくらい夢中になってたろ? やれやれ、まだまだヨルさんみたいになるには遠いな。あの方は、どんな時も油断をしない狩人だったぞ? 俺が気配を消して後ろから迫ってもすぐにバレたし」
「アオーン……」
しよんぼりして少し可哀想だが、これも俺の役目だ。
俺は強くなる術を、師匠とヨルさんに叩き込まれた。
その師匠とヨルさんがいない今、俺がこの子を一人前の狩人に育てなくてはいけない。
甘やかすばかりが、愛情ではないと思うから。
「ほら、ひとまず美味い飯を食べるぞ。俺が魚を取るから、そこで見てるといい」
「アォン!」
火の前でお座りするサクヤを置いて、俺は気配を消しつつ川の中に入る。
そのままじっとしていると、あの騒ぎで逃げた魚も戻ってきたようだ。
次第に、俺の視界の端あたりをうろうろし始める。
「……慌てるな、明鏡止水だ」
師匠の話では、弱い生物は生き残る術として『意』を感じ取るとか。
意識してないと、弱い生物などは人に近づく。
しかし意を見せた瞬間、たちまち逃げ去る。
それは人の意を感じ取っているからだとか。
俺は視線もむけずに、ただの置物のように待ち続け……川の中に手を入れて打ち払う!
「はっ! ……よし、上手くいったか」
「アォン!」
遅れて振り向くと、砂利の上で魚がのたまわっていた。
どうやら、成功したらしい。
ふぅ……師であり、親の面目躍如といったところか。
その調子で二匹ほど取り、川を上がる。
すると、サクヤが尻尾を振って早く早くと催促してきた。
「ん? 何をしている? これは俺の分だ……自分の分は自分で獲りなさい」
「キャウン!?」
サクヤがまるで、この世の終わりのような表情を浮かべた。
少し可笑しいが、ここはぐっと堪える。
「お前も、もう二歳になるんだから。慣れない環境は、自分を鍛える良い機会だ。お母さんみたいな立派な雪豹になるんだろ?」
「……アォン」
納得したのか、ゆっくりと川へと入っていく。
そして魚を獲ろうと、バチャバチャと腕を川の中に入れる。
当然、そんな動きでは魚を捕まえることなどできない。
「ククーン……」
「サクヤ、慌てるな。自分が追うのではなく、自分の間合いに入ってきた獲物を狩るんだ。そして魚は素早いので、相手の進行方向を先読みしてそこめがけて腕を振るえ。戦いの時と一緒で、相手の動きを先読みしろ」
「アォン……!」
集中態勢に入ったので、ここからは自分の作業を始める。
まずはまな板を出し、魚の下処理する。
内臓を取ったり、余分な汚れを取ったした後、仕上げに塩を軽く振る。
確かこの魚はニジイロマスだったか。
虹のような文様があることから、そう言われているとか。
「追放される前に皆で食ったことがあったな……普通に焼いても美味いが、ここは味変するために一工夫しますか」
袋からフライパンを取り出し、そこに潰したニンニクを入れて焚き火の火にかける。
無論焦げてはいけないので、端っこの方を利用する。
その間に道中で見つけた香草類や、元々持っていた野菜などを切っていく。
「パプリカ、キノコ、トマトと……貝類とかはないけどいいか」
雪山の中では、魚貝類の類は貴重だ。
凍った湖などで釣りをして、魚をたまに食べるくらいだった。
「焼いた貝とか食べたいな……そのうち、港町とか行ってみるか」
ニンニクが色付いてきたら取り出して、そこに処理した魚を入れる。
焼き目をつける間に、サクヤを眺めるが……どうやら、苦戦している模様。
あの子は待つということが苦手だし、これは良い鍛錬になるかもな。
その後魚をひっくり返し、再び焼き色をつける。
「そしたら、白ワインを入れて酒を飛ばして……水と野菜類を入れて、蓋をして煮込むと」
すると、俺の方に魚が飛んでくる。
川の方を見ると、サクヤがドヤ顔をしていた。
ようやく、一匹取れたようだな。
「おっ、取れたのか」
「アォン!」
「だが、一匹で量は足りるのか? ……俺は一匹は取っておいて二匹は食べるがな」
「……アォン!?」
その顔は『そうだった!?』と言っていた。
サクヤは再び、魚を取るために奮闘する。
俺は笑いを堪えつつ、料理を作っていくのだった。
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