第2話 久々の外

 村を出たら、膝が埋もれるほどの雪の中を駆け抜ける。


 俺の体は体型こそ細身のままだが、あの頃とは違い今は強靭な身体を手にしている。


 足を取られる雪の中で鍛錬し、詳しい山登りをして魔物退治をし、師匠に戦い方を学んだからだ。


 それによって、特殊能力を手にすることができた。


なので雪が積もっているのにも関わらず、こうして全速力で走れる。


「ははっ! 気持ちいいな!」


「アォーン!」


 なんだかんだで、俺も解放されたらしい。

 重荷だと思ったことはないが、肩の荷が下りたことは確かだろう。

 俺とサクヤは気分良く、そのまま雪が積もる道を駆け抜ける。

 それから数時間後、サクヤが息を切らす。

 最強の一角とはいえ、まだまだ子供なので無理もない。


「サクヤ、ここからは歩こう」


「ハフハフ……アォン」


 そうして歩き、走るを繰り返しつつ進んでいく。

 途中で休憩所を利用し、生き物以外何でも入る魔法袋から食料や水を取り出して休憩する。

 この頭陀袋にしか見えない物も、師匠が残してくれたものだ。

 詳しくはわからないが、中々に貴重な道具らしい。


「しかし、この雪だと早々人は来れないわな。そもそも、こんなところに村があるとは思わん」


「アォン」


 この地は年中雪が降り、基本的に道という道がない。

 森を抜けることは可能だが、雪野原を通過するのは中々に難しいだろう。


「まあ、雪山で育ったお前にとっては過ごしやすいか。というか、王都に来て平気か?


「アォン……」


 サクヤが不安そうに鳴いた。

 雪豹と言われるくらいなので、寒さには強いが暑さに弱い。

 これからいく土地には雪がなく、この子には過ごしにくいだろう。


「別に、無理してついてこなくても——イテッ!?」


「アォン!」


 尻尾で俺の頬を叩き、牙を剥いて怒っている。

 ……これは、俺が悪かったな。

 師匠とヨルさん亡き今、真の意味でサクヤには俺しか甘えられる相手がいない。

 村人達と仲は悪くないが、雪豹は山の守り神として良くも悪くも崇められている。

 あそこに一人でいたら、肩身が狭いだろう。


「悪かったって。それじゃ、お前が過ごしやすいように対策を考えるかね」


「グルルー」


 すると、顔を俺のお腹辺りに擦り付けてくる。

 俺はサクヤの頭を優しく撫でながら、椅子に寄りかかり暖かいお茶を飲むのだった。







 それから数日かけて、ようやく吹雪の中から抜け出す。


 更に進んでいくと、次第に景色が変わっていく。


 真っ白な世界から、緑豊かな草原の大地へと。


「おおっ! 久々の景色だな!」


「アォン!」


 俺自身も、ここにきてからは一度も雪の地から出たことはない。

家族を見送る時もギリギリまでしか来ず、すぐに引き返したり。

外に買い出しに行くのは、村長の仕事だと決まっていたからだ。

そして基本的に一度出て行った者は、ここに戻ってきてはいけない決まりだった。


「特例として師匠だけは認められてたんだよな。あれ? 俺ってどうなんだろ?」


「アォン?」


「いや、なんでもない。今は戻ることは考えなくていいだろう……さあ、走るとするか」


「アォーン!」


 もしも人に見られると村の存在がバレるので、ここを急いで離脱する。

 走っていると雪が消え、土の地面が見えてきた。

 空には青空が広がり、息を吐いても白くならない。

 気温も暖かく、久々に春というものを感じた。


「気持ちいいな……サクヤ、暑くないか?」


「アォン!」


「そうか、家猫生活が効いたかな」


 雪豹は雪の中で生活をするが、サクヤは生まれた頃から暖炉のある家で暮らしてきた。

 これなら、どうにかなるかもしれない。

 そんなことを考えていると、森が見えてくる。

 あそこを抜けると、辺境都市ナバールへの近道だとか。

 秘境と言われる場所だが、実は辺境都市からそう遠くはない。

 ただ森には危険な生物が存在すること、雪が吹雪くので人が近づきにくい。


「俺も、あそこを抜けてきたというか……途中で力尽きて倒れたんだよな。そこを、師匠に拾われたんだっけ」


「グルルー……」


「ん? ……腹が減ったか?」


 俺の太ももを尻尾でペチペチしながら、上目遣いをしてきた。


「アォン」


「そうだな、ここ数日は携帯食ばかりだったし……んじゃ、森に入って狩りをするか?」


「アオーン!」


 目を輝かせ、サクヤが森の中へと走っていく。


「やれやれ、嬉しそうにしちゃって……きっと、見慣れないものが楽しいんだろうな。さて、俺もいくとしますか」


 俺も後を追い、森の中へと入っていく。

 すると、緑色した醜い生物と出くわす……ゴブリンだ。

 身長は百五十センチ程度で、頭が悪くなんでも食べて何にでも襲いかかかる性質がある。

 ゴブリンは食用にもならず、害虫扱いで見つけたら倒すのが推奨されていた。


「ギー!」


「グゲゲ!」


「……懐かしいな」


 田舎の村を出て、初めて戦った魔物がゴブリンだった。

 あの時の俺は震えて、仲間達が倒すのを見てることしか出来なかったが……今は違う。


「「ギー!!」」


「失せろ」


 腰にある刀を一閃し、二匹を一撃の元に斬り伏せた。

 声を上げる間も無く、胴体を真っ二つにされたゴブリン達は地に伏せる。


「……やれやれ、慣れてしまったものだ」


 魔物とはいえ、冒険者になってからも生き物を殺す事を初めは躊躇っていた。

 だだ師匠に『お前が逃した魔物が、大事な誰かを殺すことになってもか?』と言われ、ハッとした。

 それ以降はもう、割り切ることにしている。

今にして思えば俺のこの甘さというか、偽善的なところも追放理由だったのかもしれない。


「さて、血の匂いに生き物達が寄ってくる前に移動するか」


 こうした魔物は放置することによって、大地の栄養や他の生き物の糧にもなる。


 俺はサクヤを追いかけ、森の奥へと入っていくのだった。

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