第11話 長い一日の終わり

その後、協会の役員の方に宿まで案内してもらう。


しっかりとお礼をして見送った後、宿の受付の人から鍵を受け取る。


そのまま指定された部屋に入り、アルルをソファーに寝かせて……ようやく一息つく。


「ふぅ、これで落ち着けるな」


「ゴロゴロ……」


サクヤはご機嫌な様子で、備え付きの敷布の上に寝転がる。

それはペットや魔獣用の物だと書いてあった。


「いや、お前が泊まれる部屋でよかったよ。あと、まだ小さくて」


「アォン」


この面積の広い三階建ての宿は、一階も広くて魔獣も動きやすい。

右側に受付、左側に食事所、奥には温泉まであるとか。

二階は泊まる部屋で、三階は魔獣と遊べる広いスペースとなっているとか。

これなら、サクヤも快適に過ごせそうだ。


「これも、師匠がお金を残してくれたおかげだな」


「アォン」


師匠は自分が稼いだお金を村長に渡していた。

それらは村と、連れてきた子供達に使ってくれと頼んで。

そのおかげで巣立った子供達はもちろん、出て行った俺もしばらくは困ることはない。


「ん……あれ?」


「おっ、目が覚めたか」


「わ、わたし、寝ちゃって……ごめんなさい!」


「何も謝ることはないさ。とりあえず、飲み物でも飲もう」


備え付きの蛇口からコップに水を入れ、三人分を用意する。

そして、アルルがそれを勢いよく飲み干すのを待ち……。


「さて、アルル」


「は、はい!」


「そんなに緊張しなくていい。とりあえず、これからの予定を立てるだけだよ。明日から、俺達は冒険者登録をするつもりだ。そして、依頼をしに外へと出て行くだろう。その間、アルルはどうする? この宿で待ってるか?」


「わ、わたし……どうしたらいいの?」


「決めるのは君だ。俺はそれを優先するから好きな方にしなさい」


アルルは、俺を不思議なモノでも見るかのように見つめてくる。

この視線には覚えがあるので、俺は真っ直ぐに見つめ返す。

これは……人を見極めてる時の目だ。

巣立った子達も、こういう目をよくしていた。

幼くして過酷な環境にいたので、身についてしまった悲しい能力だろう。


「……お、お父さんとサクヤちゃんといたいです」


「よし、わかった。では、責任を持って連れて行くとしよう。さて……夕食の時間は過ぎてしまったが、お腹は空いてるか?」


「アォン」


「わ、わたしも平気です」


「それじゃ、風呂に入って早めに寝るとするか」


鍵を閉めたら一階へと移動し、通路の奥を進んでいく。

そこで俺は、とあることに気づく。

八歳……男湯でいいのか?

当然、俺が女湯はダメに決まっている。


「お父さん?」


「あぁー、アルル……男湯は入れるか?」


「ふぇ? ……い、いや、あの、その……」


どうしていいのかわからず、オロオロしてしまう。

とりあえず、これだけで無しなのは確定だ。

アイツらもそうだったが、このくらいの年齢の子が一番扱いが難しい。

すると、サクヤが俺の足をポンと叩く。


「ん? ……自分に任せろってか?」


「アォン」


「サ、サクヤちゃん……!」


「グルッ!」


サクヤは仰け反り、ドヤッとした顔をした。

多分、お姉さんらしさを見せたいのだろう。

うんうん、良い傾向だ。


「それじゃ、お前に任せるよ」


「アォン」


「よ、よろしくね!」


そうして俺は二人と別れ、男湯へと入って行く。

脱衣所で着替え、風呂場へと入る。

身体を洗ってから、奥にある大きな浴場に浸かる。


「ふぅ……極楽だな」


こうしてゆっくりするのは五日ぶりくらいだ。

予想外のことはあったが、これからのことを考えねば。


「まずは、巣立った二人がまだこの都市にいるか確認か。ひとまず、冒険者ギルドを登録してからにするか」


一から出直しか……それも悪くない。

今の俺が、冒険者としてどれだけ上に行けるか試してみるか。


「おっさんだが、もう一度夢を見てもいいだろうか?」


……そして、元仲間達は何をしているのか。

結局、王都に向かったのかも知らない。


「アルルのこともあるし、やることは山積みだな」


一つ一つ、やっていくしかない。

そんなことを考えつつ、ゆったりとお湯に浸かるのだった。




早めに風呂から出て、椅子に座り二人を待つ。


すると、中から声が聞こえてくる。


「わ、わぁ〜! サクヤちゃん、動かないでぇ〜!」


「アォン!」


「だ、だめだよ、乾かさないと〜!」


……どうやら、アルルがサクヤを乾かそうとしているみたいだ。

そして、サクヤが嫌がっていると。

仕方ないので、女湯の暖簾に近づく。


「やれやれ、どっちがお姉さんなんだが……サクヤ! お姉さんだろ!」


「アォン!?」


「お、お父さんの声!」


「アルル! すまんが面倒を見てやってくれ!」


「う、うん!」


俺は周りの人にお辞儀をし、再び椅子に座る。

そして、待つこと十分くらいで……二人がやってきた。

アルルは苦笑し、サクヤは仏頂面である。


「グルル……」


「あはは……サクヤちゃん、ドライヤー暑いって」


「あぁー、それは仕方ない部分もあるか。だが、ここは家じゃないから我慢しなさい」


すると、サクヤが渋々といった感じで頷く。

普段は暖炉の前に座り、じっくりと乾かしていた。

家だから、濡れたままでも気にしなかったしな。

すると。アルルが俺の前にきて見上げてくる。


「お、お父さん! わたし、お風呂はいれた!」


「おおっ、そうか。アルルは偉いなー」


「えへへっ、褒められちゃった」


「グルル……!」


俺がアルルの頭を撫でると、サクヤが少し悔しそうに唸る。

うんうん、いい傾向だ。

その後、部屋に戻ると……アルルが欠伸をする。


「わわっ……ごめんなさい!」


「何を謝ることがある? さて、寝るか。そっちのベットを使うといい」


「う、うん……」


アルルがいそいそとベットに入るのを確認し、俺もベットの中に入った。

サクヤはソファーに寝転がり、そこで寝るようだ。


「んじゃ、電気消すぞ。おやすみなさい」


「お、おやすみなさい」


「グルルー」


ひとまずアルルが寝息を立てるまで待っていると、隣で動く気配を感じる。

横になると月明かりの中、アルルと目があった。


「あっ……」


「どうした?」


「べ、ベットなんか初めてで……広いしなんだか緊張しちゃって」


……なるほどね、そういう環境だったか。

俺は思ったことを顔には出さないように努める。


「んじゃ、ソファーにするか?」


「え、えっと……お父さんのところに行ってもいい?」


「ぐはっ……」


なんだ、これ。

全身がむず痒いぞ……!


「ふぇ? だ、ダメだったかな?」


「い、いや、問題ない……おいで」


「う、うんっ!」


布団を持ち上げ、アルルを招く。

その身体は小さく、俺の腹あたりにすっぽり収まってしまった。

すると、サクヤまで俺の足元にやってくる。


「おいおい、お前もか」


「グルルー」


「サクヤちゃん、仕方ないから一緒にあ居てげるって……えへへ」


「いや、こいつの場合は寂しいだけだろ」


「フシャー!」


「痛いって! わかったわかった、みんなで寝よう」


足を引っ掻かれたので、これ以上は黙っておく。


そして広い部屋の中、俺達は一つのベッドで眠りにつくのだった。

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