第18話 ワンチャン生き残る可能性
「それで……。どうする。たった今、俺たちの目的だった能力の確認が終了した訳だけども。さっさと帰るか?ギルドに指名依頼終わったって言ったらお金貰えるんだろ?」
「そういえば、報酬は何でもいいと言っていたけれど……。具体的に何にするかも決めていなかったわね。あなたがお金がいいと言うのであれば別にそれで構わないのだけど、ちゃんと計画的に考えて報酬を考えなさい?それを決めればその後は帰ってもいいのだから、しっかりと考えてから教えて頂戴。」
「おう……。清々しい程の丸投げ……。ま、まあ、お金を貰えればそれで生活費の足しになるし、手っ取り早くお金でもーー『そ、その!まだお力添えを頂きたい事がありますので……。も、もう少しだけお時間頂けないですか!?』ーーって、まあそうなるよな。」
教会での能力確認を終えてすぐ、カザリの並外れた能力に驚愕だった一同であったが、その相方であるハジメの能力もまた別の意味で普通とは異なる物であった。
そのため、カザリがやはり規格外の存在であると確信して、彼女に強い興味を抱いていたリグレアであったが、今回でハジメの方にも改めて興味が湧いて、彼らを必死にエルフの里に留める為に声を掛けたのであった。
「でも、いいのかしら?私たちって先程、門に来たエルフたちに早く帰るように言われたのだけど?実際、ここにいても敵対心を抱かれていそうな視線を向けられてるわよ?面倒になるようなら今すぐにでも帰るわ。」
「ま、そう簡単には許されないよな。さっきはバタバタした状況だったから見逃されたかもしれないけど……。普通に有象無象に敵意を向けられるのは気分良くないわな。」
「ま、待って下さい!た、確かに事情を知らない同胞が敵意を向けているのは事実なのですが、たった今マチルダさんとクォンさまが正式に入境の許可を貰う為に、里長を連れて来られますから……。今しばらくお待ち頂けませんか?お願いします!」
「はぁ。とりあえずはコクーンを愛でつつ、ハジメで遊んでいるから、変な奴は近づかなさいでお願いね?そこの槍を構えようとしている不届者とか……。コクーンの教育上良くないからどこかに退場させなさい。」
「いやぁ、これはかなり人族嫌われてるな。ここまでに位って、一体過去の人族何をやらかしたんだよ……。あっ、俺で遊ぶとか言う発言はスルーするけど、俺にもコクーンと遊ばせてくれよ。さっき言ってたけど、コクーンも男の子なんだろ?なら、男同士の熱い友情を深めるのは必要な事だと思う。」
「あら、教育上良くない男が寄って来たわね。いくら『甘噛みの狂犬』の二つ名であっても、コクーンの柔らかボディーに噛み付いてはダメよ。子供の身体は特別柔らかいのだから、優しく撫でるに留めておきなさい。」
「おぉ!コクーンの毛並みも含めてふわふわだな!おっ?何だかこうして見ると……。意外と大きいんだな。格好はオコジョに似てる気がするけど、何かこう、これから節々が育ちそうな気がする感じだな。胴とか足とか。」
「キュッ!?キュウ!キュッ!」
「痛っ!お、おい、そんなに怒らなくてもいいだろ。男の子でも可愛く盛りたいお年頃なのか?まあでも、元のビジュアルがいいんだから、あとはお前の努力次第でカッコ可愛い感じになっていけばいいんじゃないか?お前の親父だって、考えようによっては渋めの見た目でカッコいい寄りだしな?」
「まあそうね。あなたがどう育っても自信を磨く努力を忘れないのであれば、それがどんなものでも変だなんて思わないわよ。」
「え、えと……。これはお待ち頂けるという事ですよね?お二人が自分たちの世界に入られると……。私って特に気にならないくらいの空気になるのかな……。」
そうして、二人と一匹がワイワイとじゃれ合い始めて、周りの敵意のある視線を無視して自分たちの世界に入ってしまうと、リグレアは完全な空気のような状態になってしまい気弱な言葉をポツリと溢してしまう。
しかし結果はどうであれ、彼らの途中帰宅を阻止する事には成功しており、マチルダ、クォンが連れて来る予定である里長さえこの場に到着すれば万事解決だと……。この時のリグレアはそのように考えていた。
ーー男がこちらに近づいて来るまでは。
「これはこれは……。神聖なるエルフの里に不浄な気配を感じて立ち寄ってみれば……。
これは一体何の冗談ですか?我が里に汚らわしい人族を招き入れるだけでも許されないのに、入境の許可を得ようとしているとは何事です?リグレア、あなたはこの里を不浄な存在によって汚したいのですか?」
「なっ!?あ、あなたがなぜここに……?フワレスさんは同胞たちの救助を行う団体と合流していた筈では……。」
「ふっ、そんな物は汚らわしい人族を血祭りにして既に終えて来ましたよ。今はそれよりも……。そこの人間。命が惜しければ早くここを立ち去るが良い。まあ……。例え手が滑って背後から弓が刺さって死んでも、我々は里の掃除をしたに過ぎないのだがな。」
「や、止めてください!この方たちは私の大切な命の恩人なんです!人族だからと言って何をしてもいいなんて事ある筈がありません!
それにこの方たちは我が里に必要な客人なのです。里長が来るまでにそのような勝手な真似は断じて許されませんよ!」
「はっ、あのような腑抜けた母親の事など取るに足らないつまらないものだ。どうせ奴が里長の職を辞めれば次期里長になるのは私なのだから……。私が自分の里で何をしようがあなたには関係のない事だ。」
「不敬ですよ!いくら現里長があなたの母君であったとしても、まだあなたが里長になると決まった訳ではありませんし……。それに実の母に対して、そのような言い方!」
「ふん。あんな不甲斐ない女の事を母とは認めない。エルフの里の資源が枯渇しているから、今までの所業を水に流して人族と仲良くする?そんな馬鹿げた話があるのか!?
そんな物、人間から奪えばいいだけではないか!奴らにされてきた事を考えれば、それが当然。それこそが誇り高きエルフ族だ!それなのにあの女は融和など腑抜けた事を。」
「確かに一部の人族にあなたの言うような非道を行う者がいる事は理解出来ます。ですが、それら全てを一緒くたに人族の責任として考えるのは間違っています!ハジメさんやカザリさんのように分かり合える人族だってちゃんといるんです!だからーー」
「最早言葉など不要だ。おい、そこの人間ども。貴様たちをエルフの里への不法な侵入及び、この土地を汚した罪で処罰してやる。
運が良ければ生きていられるかもしれないが、そちらの女のような貧弱な人族では生き残らないだろうな。我が風魔法の真髄、とくと味わうがいい。風よ!」
「だ、ダメ!!」
すると、エルフの男が掛け声と共にハジメたちに向けて手をかざすと、たちまち暴風のような強烈な風の刃が二人のいる方に放出されて、リグレアの悲鳴のような叫びが届くよりも先に、二人の身体に凶悪な風の刃が!
ーー届く前に霧散し、何事もなくその場に二人が立っている。正確には、カザリの腕の中でボンヤリしていたコクーンを含めて一匹多いのだが……。揃って彼らは無傷である。
そしてそれは彼らをすっぽりと覆う程の円形で薄透明の膜のような物が攻撃を阻んだ結果であり、その透明な膜は二人への攻撃に対し反応して展開されたようである。
「なっ!?い、一体何が!?」
「ふん。人族の分際で小細工を。簡易結界を所持していたとは……。余程、この人族に死なれたら困る輩がいるという事か。
ーーっち、もうあの女が来たか。命拾いしたな。人族ども。だが、私はお前たちの滞在を認めた訳ではない。精々ここにいる間、里の中では気を緩めない事だな。」
「ま、待って下さい!先程の攻撃!あのような危険な真似許される訳ーー」
「許す許さないなど関係ない。私はこの里に侵入した外敵を駆除しようとした。ただそれだけの話だ。それに……。私が危険な真似をした事などどうやって証明、報告するつもりだ?周りが証言してくれる。などと、本気で考えている訳ではあるまいな?」
「あっ……。そ、そんな事って……。」
「ふん。人族との融和などあり得ん。ここにいる民の総意が今の状況であると理解するべきだ。リグレア。お前のつまらない考えなどさして興味はないが、これ以上余計な事をして、人族との無駄な関わりを増やそうとするなら……。この里にお前の居場所はない。」
男はそれだけを言い残すと、ふわりと旋風のような竜巻を身に纏い、あっという間にその場から姿を消してしまった。
呆然とその場に立ち尽くすリグレアとは対照的に、ジッとその様子を冷静に見ていたハジメと何か考え込むようなカザリの様子がどこかその場で印象的であった。
その後、里長を名乗るエルフ族の女性。アルテアがハジメ、カザリ両名のこの地の滞在を正式に許可を出して、後日、今回の指名依頼の報酬を受け取る事となった。
そしてそれが言い値の報酬の為、自身で口にした事ながら、どれ程の金銭を要求されるのかと考えていたリグレアであったが……。
驚くべき事に、カザリは約数週間文程の生活費しか要求せず、そのかなりの少額に対して、逆に『もう少し支払わせて下さい!』と一悶着あったのは別の話である。
しかしそれならばと、次にハジメが口にした要求によって、リグレアは渋々ながらではあるが納得して引き下がるのであった。
ちなみに、先程の男の件はリグレアが里長兼母親であるアルテアに報告しようとして、カザリが止めるという流れがあった。
リグレアは不服そうであったが、この件の対応をカザリに任せると考えていたハジメの説得もあって、里長であるアルテアの耳にこの件が入る事はなかった。
だが、アルテアがハジメたちと合流した時の周りのエルフたちの態度、視線によって何となく何かがあったと……。アルテアは気付いていた。それでも何も言わずにその場で黙っていたのは、こちらに目線だけで訴えるハジメの行動に従ったからであった。
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