第9話 大胆な彼女のトンデモ能力

「あっ、そう言えば……。お前が着ていた寝巻き?じゃないけど、元の世界で着ていた服。あれってどうした?俺は結構長い間着てた服だから、さっきリグレアさんが連れて行ってくれた店で処分したんだが……。」


「そうね。私のはそれなりに素材がいい物だったし、こちらの服と交換して貰ったわね。災害時でもすぐに外に出れる服装を心掛けていたから、あの服のままでも良かったのだけど……。変に目立つのも嫌だったし、これはこれで良かったと思うわ。流石にアンダーウェアは手放さなかったけどね?」


「まあ、下着はな。てか、そんな交換出来るなら言ってくれよ……。お前ら女子だけで服を見に行ったから、一人で男用の服選んで買うだけでスゲー虚しかったんだぞ。しかも、この世界の男用の服、マジで無地の紺か黒系の服しかないから2秒で選び終わったし。」


「あら?それなら、こちらに混ざってくれば良かったのに。だって色々と助言をくれたかもしれないわよ?まあ、あなたの場合は値段を聞いたらすぐに否定の言葉から入りそうで面倒な気がするのだけど。」


「んぐ。正論パンチは止めて下さい。だけどさ!お前が買う服、一着で七〜八千円もするんだぜ?流石に値段の一つでも言いたくなるだろ!?Tシャツ一枚でそれは……。」


「ふぅ……。元の世界でも言ったのだけど、節約する場面とそうじゃない場面を正しく理解なさい?生活雑貨でもお金をかけなくても良い物は沢山あるわ。それこそ、プライベートブランドの物でも、何なら百円均一でもね。

 だけど、あなた自身が身に付ける物はしっかりとした物を使いなさいといつも言っているでしょう。それはあなたの事を見た周りからの印象は勿論、機能性・耐久性でも自身を助ける事になるのだから。そこで不要な損失は被りたくないとそうは思わない?」


「まあ……。そう言われると反論しづらいけども。でも、お前の言う所の不要な損失って何だよ?確かに安物は機能性や耐久性で劣る事はあるかもしれないが……。それでも、デザイン性なんかはあまり変わらないだろ?」


「そうね。例えばだけど、私がアクセサリー大好きいつも着飾る時にそれを身に付けていたとしましょう。勿論それなりの値段のする物もあるけれど、毎回着飾る服に合わせた高価な物を用意するのは難しいとして、安物のでもデザイン性のある物を大量に購入して、それらを使い回すようになったとしましょう。」


「ふんふん、それで?」


「で、その安物のアクセサリーを身に付けた私は次にこう思う訳。『こんな風に大量のアクセサリーを身に付けられて幸せだけど、それに合う服が今度は足りない。そうだ!じゃあ今度は服の単価を下げて色々なファッションを楽しめばいいじゃない!』とね。」


「まあ、そのアクセサリーに合わせる為なら理解出来るし、お金をそこまで掛けなくてもオシャレを出来るなら……。それでも?」


「そうね。それが問題ないかもね。そして、引き続き安物買いのオシャレを続ける私。それは大量に服やアクセサリーを買って、それで着飾る日々。すると、ある日思うの。『この高価で良い服を買うくらいなら安価でもオシャレな服を三着買った方がよくない?』ってね。

 そこからは単純よ。高く良い物を買う事は無くなり、安物を大量に買ってそれを消費するだけの女が出来上がるわ。そして、それが止まることを知らなければ、身の回りの物の全てを安物に置き換えるようになるでしょうね?だってそれまでの高くても良い物よりも安くて消費出来る物を選んだのだから。」


「で、でも……。そういうのも考えとしてはアリじゃないのか?安い物に囲まれたとしてもそれで本人が幸せなら、それでも……。」


「まっ、その考えを全面的に否定するつもりはないわ。でもね。高くて良い物の価値が分からなくなるまで、自身ののは良くないと思うの。安いものを利用するのは別に構わないし、それが好きな事自体は構わない。でも、それが価値観の基準になってしまえば……。それこそ、で人生を終える事になるわ。相手から舐められて買い叩かれるようなそんな人生。あなたはそんな物をお望みなのかしら?」


「……いや、そんな事はない。分かった。お前の言う通り、は特に安物買いの銭失いにはならないようにする。

 それがお前の言う所の『価値観のハードルを下げない。』事になるならな。」


「今のは極端な例だけどね。誰も彼もがそうなる訳ではないけれども……。自分や自分の身に付ける物なんかは特に、妥協するとどこまでも価値を下げる事が出来るから。それが取り返しのつかない事や損失に繋がる事を理解していて欲しいのよ。上がったハードルを戻す事が難しいように、下がった価値観を引き上げる事も同様に難しいから。」


「ああ、それは気を付ける。曲がりなりにも夫婦として生活を共にした相方からの言葉だ。ちゃんと肝に銘じて置くよ。」


「曲がりなりも何も真っ当に夫婦よ。それに妻が夫を教育するのは当然なのだから、気にする事はないわ。そういう時はありがとうと愛してるの言葉だけで十分だわ。」


「いや、ありがとうはそうなんだけど。妻とか愛してるとかはちょっと……。てか、聞き逃しそうだったけど、さっきリグレアさんの事呼び捨てしてたか?あの人と仲良くする気はないって言ってたんじゃなかったのか?」


「あら?日本の司法に歯向かうと言うの?離婚届を提出していない男女は夫婦として扱われるのよ?だから、私たちは法律上の婚姻関係にある男女で間違いないわよ。分かったら早く愛してると妻である私に言いなさい。

 それと……。リグレアについては、あの子がそう呼べと煩かったのよ。仲良くなるかは別として呼び方くらい何でもいいでしょ?」


「あー、はいはい。愛してる愛してる。

 でもそっかー。お前がそうなら、俺もリグレアさんと仲良くしてみようかな。何だかんだ言って、お前が警戒してそうだから様子見だったけど……。お前が一定警戒を緩めたって事は仲良く出来る可能性があるしな。」


「は?ダメに決まってるが?妻を差し置いて他の女と仲良くなりに行く夫が何処にいるの?あなたには私がいるのだからそれで満足なさい。あなたに許されるのは妻を間に挟んだコミュニケーションが精々な所よ。」


「お前ルールの束縛と言うか拘束がエグ過ぎるだろ……。コミュニケーションすらお前を挟まないとダメとか禁止カードが過ぎるぞ。

 ま、まあ……。明日から数日間、行動を共にするし、最低限の会話は……。なっ?」


「背後からの不意打ちには気を付ける事ね。リグレアに不必要に近付けば……。分かってるわね?その時は去勢も辞さないわ。」


「シレっと恐ろしい事を言うなよ!?流石にヴァイオレンス過ぎるだろ!あと、悪い笑みを浮かべるな!普通に怖いんだから……。

 ……っと、話がかなり脱線してたな。結局明日の予定としてはエルフの里に向かうとしても、今日はこの宿に泊まって、明日の朝方頃にリグレアさんの方からこっちの宿に訪ねて来るって言ってたよな?」



 ギルドでの一幕があった後、慌ててハジメとカザリの事を追ってきたリグレアは、そのままエルフの里へと出発しようとしていた二人を制止すると、『今日は街に宿泊して、明日の朝方に出発しては如何ですか?』と提案し、彼らはその提案に乗ったのだった。


 そして、宿の前に服と雑貨の集まる商店に立ち寄ると、リグレア勧めの元で服や旅に必要な物などを購入したのであった。


 しかも、その全額リグレアが負担してくれたようで、ハジメ、カザリの両名は必要最低限のみを希望して、宿もハジメとカザリで一部屋とそこも二人して遠慮の言葉を述べた。


 そうして、余った一部屋でリグレアが宿泊する予定だったのだが……。その後宿に衛兵のローウェンが昼間ぶりに現れて、リグレアを街長の下へ連れて行ってしまったのだ。


 何やら今後の事で話し合いがあるらしい。ゴタゴタが起きない事を祈るばかりである。



 そうして、その別れ際に彼女の方から二人を迎えに来ると聞いていたので、改めてその事をハジメが確認したのだが……。



「いえ……。どうやら昼頃からの出発になるそうよ。街長とかギルド長とかが出てきて、かなり話が立て込んでるみたいだわ。」


「ん?どうしてそれを……。今ここにいるお前が分かるんだ?もしかして、それもお前の能力か?遠く会話を盗み聞き出来るとか?」


「うーん、半分正解で半分間違いね。正確には『自身の認識する領域を拡げる力』と言うべきかしら?詳しい仕組みは分からないのだけど……。耳を澄ませるようにどんどん拡がって行くような感覚で、その拡がる領域の中での会話を聞き取ったという所ね。」


「えっ?マジで!?それ普通にヤバい能力だな……。その認識?の範囲ってどこまで拡げられるんだ?ここからあの洋風の屋敷までは大体1キロ弱位だと思うけど……。それ以上でも範囲を拡げる事は可能なのか?」


「いえ、さっき『どうやら』と前置きしたように、あちらの会話も途切れ途切れなのよ。例えるなら、ラジオの電波が安定しない?ような感覚ね。だから、この能力ちからの有効範囲は凡そ1キロ位だと思うわ。ただ、十分な認識聞ける範囲がそれであるだけで、今のように途切れながらでもいいのならもう少し可能だわ。」


「あー、それで断言はしなかったのか。まあそれでも、思った以上にお前の能力がトンデモないな。それと、あの後少しだけ考えたんだけど……。俺があの衛兵の会話が聞き取れなくなったのって、もしかしなくてもお前の能力と関係してそうじゃないか?確かあの時の俺って、お前の側を離れてたし……。

 もしかすると、この世界の言語や文字が日本語で出来るのも、お前のその認識範囲の能力と関係あるんじゃないか?」


「まっ、その説は否定しないわね。その能力の及ぶ範囲がこちらで指定可能だし、日本から来た私がベースだから、あなたが認識するこの世界の言語が日本語に置き換わっているのかもしれないわね。

 しかし、そう考えると……。あなたってこの世界では、完全に詰んでないかしら?言語も何もこの世界の物を理解出来ないし、会話だって私の能力ちからなしでは伝わらない訳でしょう?だって相手はあなたの日本語を認識出来ないんだから。」


「……まっ?」


「ふふふ。可哀想な旦那さまね。私がいないと一人じゃ何も出来ないのだから。

 それで……。生殺与奪の権を他人わたしに握られている気分はどうかしら?私との婚姻関係を否定し続けている旦那さま?」


「ナマ言ってすいませんでした……。」


「よろしい。これで名実共にずっと一緒にいるしかないわね?……ふふふ。」



 そうして、その後に宿屋の店主が明日リグレアが迎えに来るのが遅れる旨を伝えてくれた事で、改めてカザリの認識範囲の能力のトンデモなさをハジメは理解するのであった。

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