第4話 初めての街で感謝された
「先程は本当にありがとうございました!偶然ではありますが、あなたが声を上げてくれなければ、危うくあのような非道を許してしまう所でした。本当にありがとう。」
「いえ、ホント偶然です。先程も言ったように私たち身分を証明する物をほとんど全て紛失していまして……。この後俺たちどうすればいいでしょうか?」
「そうか。それは大変だ。持ち物については後で伺うとして……。まずは守衛の詰め所に行きましょう。そこで今回の謝礼をお渡し出来るし、あなた方の身元は私が責任を持って保証いたしますのでご安心を!」
「えっ?ホントですか?困っていたのでホントありがたいです。ありがとうございます。」
「いえいえ、困っている方を助けるのが我々の役割ですから。それでは詰め所まで案内しますので、私の後に付いて来て下さい。」
「「分かりました。」」
日の光が翳り出してきた頃、先程の一件から門番に再三に渡ってお礼を述べられていた二人は、事態が予想以上に好転したと内心では密かにほくそ笑んでいた。
先程の一件、荷台の違和感に気が付いたのはカザリの方であり、ハジメの袖を引いてコソコソ声を掛けたのはとある理由があった。
すると、先を歩き出した門番の男、ローウェンの後に続いた二人は前方を歩く彼の背中を眺めつつ、微かな小声で会話を行う。
「……それで、さっきのは何だったんだよ?いきなり『あの中から女の子の助けての声が聞こえるわ。』って、確かに中には女の子がいたけど、喋れないように口を縛っていたし、音が漏れないように蓋の付いた樽の中にいたんだから……。普通あそこに人がいるなんて分からないだろ?それなのに、どうして人が攫われてるって分かったんだ?」
「……。正直、私も半信半疑だったのだけど、さっきは確かに聞こえたのよ。『帰らずの森で攫われちゃった!誰か助けて!』ってね。
別にあの男が変だとか馬車がおかしいなんて分からなかったけれど……。その声だけは私の耳に届いたのよ。不思議とね。
あなたのその反応を見るに、あなたには声が聞こえていなかったのでしょう?さっきのあなたと私で門番の言葉の聞こえ方の違ったのも含めてよく分からない事象だけども。」
「うーん。確かにさっき門番の言葉が意味不明に聞こえたのに、今では普通に日本語で分かるからな。俺の言葉もちゃんと相手に伝わっているみたいだし……。これは何かしらの力が働いているのかもしれないのか?」
「何かしらの…力?ふぅ。ハジメくん。もしかして私がさっき言ったこの世界の攻略本とチートの話を信じちゃったの?
あのね。こんな当たり前の事を成人男性に言いたくないのだけど、世界の攻略本や魔法、チートなんて便利な物は存在しないのよ?格好を付ける前に常識を身に付けましょう?」
「……いや、女の子の声が突然聞こえたとか言ってきたのお前の方なんだが?てか、そもそも地球じゃない土地な上、謎のスライムらしき生物が闊歩する世界で常識云々を言われる方が非常識だろ……。うん、やっぱりその謎の声が聞こえるってのが、お前のこの世界での特殊能力、チートなのかもしれない。」
「えー、謎の声がたまに聞こえるだけの能力って……。そんなの、かなり地味な能力じゃない。どうせ貰えた能力ならリアル『わたしは最強』なチートがよかったわ。」
「まっ、お前はリアル外面無双で『わたしは最強』状態だし、神さまがバランスを取って地味目の能力でもつけてみたんじゃねーの?
てか、さっきまで常識言ってた奴が当たり前のように俺が言った話を信じて能力云々言ってるの……。お前順応力高過ぎか?」
「あら?私の不確かな話ですぐに声を掛けに行った誰かさんよりはマシじゃないかしら?
それに私には確かに声が聞こえたもの。これが能力でなければ何なのか……。納得出来る理由を見つける方が難しいわ。それなら、これが自分の特殊能力だと考えた方が合理的だし、何より考えずに済んで楽じゃない。」
「……さいですか。とりあえず、暫定それがお前の能力として、当たり前だけど、それを他の人に話さない方がいいのは確かだな。この世界の常識が分かっていない以上、それがどれ程希少価値のある力なのか分からないし、変に力を話してもそもそもそれがどんな能力なのかの全体像を掴めていないからな。
話す機会があったとして、信用出来る相手の前でのみ話すくらいにした方がいいな。」
そして、彼らがコソコソと話しているうちに一同は詰め所に到着し、そこの恐らく偉い人?にまでお礼を言われて、テキトウについた嘘の身分証明書を含めたスラれた荷物の中身について、メモを片手に尋ねられる。
そもそも存在しない荷物を探す事など不可能なのだが、街に入る為であれば多少は仕方がない。彼らはここよりもかなり遠方の島から旅をしている途中に立ち寄ったとして、街の事を含めてローウェンに色々と質問をしてこの世界の常識を獲得する事に成功する。
また、先程の話にもあったように彼らの身分証を新しく作ってくれる上、犯罪の未然予防への報奨として1〜2泊分くらい(一泊で約二千〜三千円程)の報奨が貰えるようだ。
そして、身分証の発行と報奨金準備の為の時間を彼らは詰め所で待つ事にする。
「それで……。お前さんたちは冒険者なのか?持ち物がないからそんな風には見えないが、そんな遠方から遥々って事はかなり自由な形で生活資金を作ってるんだろ?」
「そうですね。彼がその冒険者の真似事のような物をしていて……。『いっそこの街で登録が出来るならしましょう。』と、二人で話していた所なの。無知で申し訳ないのですけど、この街で冒険者登録は可能ですか?」
「おお、そうなのか。まあ、たまに冒険者登録はしてなくて、フリーで活動してる奴がいるって聞いた事あるしな。それにお嬢ちゃんの丁寧な言葉遣いからして……。どこかの貴族さまだったりするのか?」
「ふふふ、それはどうでしょう?まあでも、世情には色々と疎い事はあるので……。その辺りはよろしくお願いしますね?」
「な、成程……。あなた方にも事情があるのですね。とりあえず、冒険者登録であればここを出てからすぐ右に曲がって、突き当たりを左に直進すればギルドが見えてきます。
万が一の事もあるので、旅の際には護衛任務なども冒険者ギルドでは請け負っていますので、そこの辺りもご検討下さい。」
「ええ、ありがとう。その辺りも検討させて貰うわ。『し、失礼します!』……あら?」
そうして、他愛もない会話で待機時間を潰していた彼らの元に、別の衛兵らしき若い男が一人、何やらとても慌てた様子で詰め所に入って来て、ハジメとカザリの顔を見るや否やバッと勢いよく頭を下げて懇願する。
「突然の事で大変申し訳ありませんが、先程の一件でお話ししたい内容がありまして、ご足労だとは思いますが……。どうか私に付いて来ていただけませんか?勿論、応じていただければその分の謝礼もお支払いさせていただくとの事なので……。お願いします!」
「おいおい、どうしたんだ。コール。そんな勢いではお二方も面食らってしまうだろう。
それにこの方たちは人攫いを未然に防いだだけでエルダーさんは勿論、この街にもたった今到着したばかりなんだぞ?それで一体何を彼らに尋ねる事があるんだ?」
「そ、それは……。『いいですよ。そちらの案内に従います。』ほ、ホントですか!?」
「ああ、こちらとしてもさっき捕まってた女の子の事は気になっていたので。大方、その子絡みの話なんでしょう?であれば、俺たちが断る理由はありませんよ。」
「なっ!?そ、そこまで分かって?で、では私の後に付いて来て下さい。身分証や報奨などは後程これから向かう先へと私が責任を持って届けさせていただきますので。」
「成程、了解しました。では、カザリ行こうか。頼りにしてるからよろしくな。」
「ん。行きましょう。」
そうして、彼らは詰め所を後にするのだが、その堂々たる振る舞いから彼らと話をしたローウェンは勿論、署長である男も彼らが特別な生まれであると信じて疑わなかった。
これが後々大きな混乱を生む事になるとは、その頃の彼らはまだ知らない……。
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