第18話 ヨシュアの主張

 危ない、危ない。自らの勝利を確信して慢心し、余裕綽々で今しがた口に含んで優雅に飲んでたハーブティーが、間抜けに開いた口の端からダラダラ零れていくかと思った。は? ヨシュアも付き合う? 俺が参加する王太子主催の茶会に? ……冗談だろ?


「……ヨシュアは俺と違って、殿下主催の茶会への招待状を受け取ってないじゃないか。いくら公爵家のコネや権力を使っても、王太子がヨシュアに対して招待状を新しく送ってくれるというのはかなり望み薄だと思うんだが?」

「ご安心を。私に対する招待状は新しく必要ないよ。そんなものなくても、ちゃんと参加できるからね」

「何だと? 何を言っているんだ? いくらベンデマン公爵家が強い権力を保持していようが、魔物や呪いの影響で王家の威光に陰りが見られようが、それでも形式上の立場は向こうが上だ。王家に楯突いて横車を押しても、向こうに不遜な態度を取ってきただのお受けを舐めているだのと言われてしまって、こっちが付け入られる隙を与えてしまうだけだろう。賢い君の事だ。そんな事になったら、とてもだと言うのが理解できていない訳じゃないんだろう?」

「勿論、分かるとも。でも、幸いな事に私の実家の権力を使わずとも、この茶会に参加する事はできるんだよ。ほら、見てご覧。細かい字で回りくどく書かれていて熟読しないと分かり辛いけど、送られてきた招待状のここに、この通りパートナー同伴必須と書かれている。パートナー同伴必須なんて夜会でもないのに聞いた事ないが、茶会の主催者である王太子がそう言うんなら仕方がない。大方君へ恥をかかせる為の嫌がらせの下準備だろう。私はどうせお遊びの軽い気持ちで君に付き合っているんだろうし、流石に公的な場にパートナーとして出て、今後に響くような後戻りできない状態にはなりたがらないとでも思ったんだろうな。それで、私にパートナーになって貰えず1人で茶会に参加した君を笑い者にしようって魂胆だろう。フンッ、これだから馬鹿は考えが浅い。こっちとしては、その浅知恵のお陰で付け入る隙ができて大助かりだ」


 そう言ってヨシュアがこちらに向けて指し示した招待状の文面を見ると、成程確かにその通りの事が書いてある。さっきはヨシュアに内容をザックリ掻い摘んで説明する事にだけ重きを置いてしまっていて、読み飛ばしており気がつけなかった。成程、確かに。ヨシュアの言った通りなら俺は立場上誰かと必要以上に親しくする事ができないから、ヨシュアに断られたら代役も立てられない程人間関係が貧しいと思われたのだろう。俺にだって多少なりとも知り合いは居るが、こんな重たい今後に響く頼み事をするような相手はそうそう見つけられないだろうから、尚更。


 だって、考えてもみろ。俺の頼みを受け入れて茶会のパートナーになったが最後。後はもう望もうとも望まざろうとも、その人は俺にとって婚約者である王太子以外の親しい相手……それこそ、愛人という事になってしまう。そうするとその人は自動的に婚約者である王太子に反目する事となり、途端に王家とも反目する事になる。そんなの、やりたがる奴が居たら見てみたいね。


 王太子の婚約者という立場や、1人の人間として生きてるだけなのに個人が持つには強過ぎる生来の力。そういった一見権力を強めるだけで利益にしかならなさそうな要素は、俺の自由を狭めまくっている。それに対して思うところは特にない。ずっと昔からそれは俺にとって当たり前で、そんな日常にはもう慣れたから。力のせいで、俺はいつだって孤独だった。それに対して今更なにか思うような事は最早ない。


 それでも、今目の前でこうしてあなたの力になれとよかった。自分の事はいくら利用してくれても構わないし、一切の遠慮は無用だよ。私はいくらでも君の力になるからね。……と微笑むヨシュアを見ていると、誰にも深く関われず、寄り掛かれない自分のこの生き方は、少々寂しいものなのかもしれない。と、不意に気が付かされた気になる。まあ、我ながら情緒に欠けた人間なので、その認識がどこまで鮮明なものなのかは定かではないが。


「いやしかし、だからと言って……ヨシュアはよくてもその周りの人達がいいかどうかは……」

「私が誰1人不利益を被らないように手配するから心配ない。イーライのパートナーになりたいと言うのは私の我儘だからな。先手を打って安心材料としてそれくらい確約しないと、あれこれ理由をつけて反対や妨害をされるだろうからね。そこら辺の対策はバッチリ決めるさ。若し君が安心できないというのなら、実家から籍を抜いても」

「いやいやいや! そこまではしなくていいから! だが……連れてかないと駄目か?」

「むしろ、連れていかないという選択肢があるとでも? 招待状の必須条件に従わなかっただとか、パートナーを頼める親しい相手も居ないのかだとか、態々敵に攻撃材料を与える謂れはないだろう? それにね、イーライ。分かってないみたいだけど君はまだ十分な経過観察が必要な治療中の人間なんだ。それも、そこそこ重症の。急に体調が悪化する事も大いに考えられるし、どういう理由でこのお茶会に行きたいかはもうこの際聞かないが、ならばこそある程度医療知識があって君の体調管理ができる私の帯同は必須条件だ」


 それはそうなんだけど……。でも、連れてったら絶対俺個人だけが不興を買うどころじゃなくなるじゃんか。絶対、王太子の怒りの矛先がヨシュアにも向いてしまう。ヨシュアの目を盗んで一人で茶会に参加するのは……無理ですね、はい。分かってた。優秀なヨシュアを凡百な俺が出し抜くなんて、想像すらもできない。


 現在俺は何から何までヨシュアの管理下にある。この状況でヨシュアの目を盗む? あちこちに抜かりなく管理の名目で特上の監視魔法がついてる子の環境で? 無理無理無理。魔物の王すら斃す勇者にだって、できない事はあるのだ。聖魔法を持っている事以外は並以下なので、当たり前である。


 あーあ。俺はただ、死刑にして欲しいだけなのに。それがこんなにも難しいなんて、知らなかった。まあ、 当然と言えば当然か。俺の力は魔物を強大な魔力にものを言わせて捩じ伏せる事はできても、穏便に他人を意のままに操る事には向いていない。拷問とかすればまた別だろうが、ヨシュア相手にはそんな手を使う訳にいかないので論外だ。誰だよサクッと、とか言った奴。俺だな、畜生。あーあ、度し難い。まあでも、駄目元で一応聞いてみるか。


「独り立ちの為のリハビリと思って、現地では別行動したりとかは……?」

「する訳ない。さっき上げた理由以前に、特別な理由もないのに招待された先でパートナーと別行動するなんて常識的に考えて有り得ないだろう」


 ですよねー。こういう所で育ちや品性、これまで受けてきた教育が出てくるな。ていうか、よくよく考えたら受け取った招待状を俺なりに読み解くに、本来パートナー関係であるべき俺と王太子は別行動でそれぞれ別にパートナー立てるみたいだけどそれはいいのか? 不仲が公的に周知されるのでは? 今更っちゃ今更だけどそれでいいのだろうか。……あの王太子の事だから、そこまで深く考えられてないんだろうな。ヨシュアの言葉を賛同と共に借りるが、王太子の奴正真正銘の馬鹿だから。


 何にせよ、背に腹は変えられないか。このまま引き篭っていても状況は停滞するだけ。どうせなら攻勢に出よう。王太子から直々の招待で断るのも面倒だし、体調だってヨシュアの管理のお陰で最近はそれなりにいい。まだ分からないが、茶会に参加しさえすればいざその時になれば何か俺一人だけ不興を買うチャンスくらい巡ってくるかもしれないし、こっちがその機会を逃さなければいい話だ。精々頑張ろう。


 しかし、俺は分かっていなかった。世の中には頑張りだけではどうにもならない事があるのを。そして、婚約者である王太子が、想像を絶する程に馬鹿だと言う事を……。

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