第17話 どうしてそうなる

 自分に対する途方もない悪意が仕組まれている可能性がかなり高い茶会へ、サラリと事もなげに出席すると返した俺に、ヨシュアはいつもは冷静沈着で貴人然と振舞っている彼らしくない驚きの声を上げる。まあ、それも当然か。あれだけ俺の事を目の敵にして虐げてきた、底意地の悪い婚約者殿がお膳立てた罠なのが見え見えの茶会に出席するだなんて言い出されたら、誰だってこんな風に驚くもんだ。我ながらいっそ頭がおかしくなったと思われても仕方がない選択であるのは勿論自覚済みだ。


 驚きのあまり石化したヨシュアが再び動き出すのを待つ間、俺は彼が淹れてくれたハーブティーを、落ち着いた所作で一口飲む。うん。相変わらず香りがいいし、味も悪くない。


 余談だが、戦いばかりの日々でどのような所作だろうとマナーも優雅さも糞もない酷い有様の俺だったが、ここの所ヨシュアが退屈しのぎにとしなよと付きっきりで教えてくれるお陰で、最近では王太子の婚約者に恥じない振る舞いができるようになっていた。これまではどうせこいつみたいな野蛮人は身につけられないと躾は放棄されていたのに、やってみるもんだ。ヨシュア様々である。


「……イーライ。私は今君が王太子主催の茶会に行くと、そんな世迷言を言ったように聞こえたんだが、まさかそんな訳ないよな……? どうも私は急に耳がおかしくなってしまったみたいだ」

「そんなわけないも何も、正しくそう言ったぞ。安心してくれ、ヨシュアの耳はちゃんと正常に聞こえている」

「な、何で……何でそんな、態々敵陣に飛び込むような真似を……?」

「何でって、それは……」


 それは勿論、相手……つまりは王太子、ひいては王家の不興を買う為だ。……と、馬鹿正直に答えるのがまずいのは、俺の貧相な作りの頭でも流石に理解できた。そんなこと口にしたが最後、涙ながらの説教と説得を、日が傾くまで頂戴してしまうのが目に見えている。


 それでも、俺は死刑を勝ち取る為にもなんとかして不興を買わなくては。だって、俺の不興を買って早々に死刑に処してもらう作戦の進みは、今のところあまりはかばかしくない。それもその筈、ヨシュアに甲斐甲斐しく看病され面会謝絶で優雅に療養する日々のいったいどこに、王家の不興を買う要素があるというのか。


 一応愛人と1つの部屋に引き籠もり、婚約者である王太子とは顔も合わせないという意味では、嫌悪感を獲得できて嫌われているだろう。しかしそれも、最初にヨシュアを庇おうとするあまり『好いた相手の王太子に悋気を起こして欲しいからヨシュアと一緒に居る』だなんて嘘をついたもんだから、半ば王太子の気を引きたくてゴネている……と見られそれならまあ仕方ないか、とイマイチ許容され気味なのだ。


むしろ、あの無感情な人形野郎にもそんな人間らしい心の機微があったか、と物珍しがられている感じである。これに関しては全く計算外だった。ヨシュアを巻き込まない為の苦肉の策の結果とは言え、望まない方向に話が流れてしまって、自体が膠着している。これではよくない。


 なので、俺はサクッと王家にたいする不敬罪からの死刑になりたいんだ! と奮起し、再び不興を買おう大作戦の断行を固く決意した俺だったが、さりとてヨシュアの監視の目があって下手な行動ができない。だってヨシュアは何故だか、どんな形であろうとも俺が不利益を被らないように色々細々と働きかけてくるのだ。


 何かしようとする度に君は療養にだけ専念しなさいと止められてしまい、あの愛人所望宣言の時からこっち、王家に対する俺の不敬な言動は全てヨシュアに握りつぶされてしまっている。隙を伺おうにもヨシュアの方が二枚も三枚も上手で、今のところ俺の企みはすべて未然に封殺されてしまっている。それで最近は不敬罪を狙うネタも尽きて仕方なく燻っていたのだが……。ここに来てこうしてチャンス到来! これを逃す手はない、と思って茶会への参加を決意した次第である。


「……あなたに甘やかされてばかりいるのは、よくないと思うんだ。最前線から遠ざかって戦いの勘が鈍るのは勿論、いつまでもあなたに守ってもらえる訳でもないのに一応これから王太子の配偶者という重責のある立場に成る身で、他人の助けがないと何もできない状態に慣れてしまうのはあまり宜しくないだろう? 未来の国母として、大抵の事は1人で何とかできる力をつけなくてはね」

「甘やかされてばかりなんて、別にそんな事ないだろう。貴人だからこそ周囲に傅かれてなんでもやってもらうって言うのはよくある事だし……。例え本当に甘やかされているのだとしても、これまで沢山頑張ってきたんだから、これから君は好きなだけ私に甘やかされていいんだ」


 悲しげに眉を下げて無理はしないでくれと言い募ってくるヨシュアに、少々罪悪感が芽生える。元々俺は他人の要望を突っぱねるのが得意ではない。というか、これまでの人生で他人にいいように使われ続けてきて、他人に逆らうというのを基本的にした事がない。元々あまり自己主張はしない方の子供だったと記憶しているが、なにより嫌だとかやりたくないなんて我儘を示せば、返ってくるのは酷い折檻と罵倒だけだと幼い内に嫌という程学んだからな。


 そんな俺がこうしてヨシュアに無茶をしてくれるなとされて、嫌だと突っ撥ねるのは少々……いや、正直かなりやり辛い。ヨシュアの言っている内容が人としてかなり真っ当で、心底俺の為を思ってくれた上での言葉だと分かっているからこそ、尚更。でも、だからってここで挫ける訳にはいかない。俺には目標がある。死刑にしてもらって死ぬ、という目標が。それを達成する為には、ここで怖気付いていては駄目だ。どうにかこうにか、頭をフル回転させてそれらしい言い訳を捻り出す。


「俺が嫌なんだよ。これまで1人自分の足だけで立っていたからこそ、万が一にでも他人の支えなしでは立てなくなる可能性が、無力になるみたいで怖いんだ。どの道国母となるならここでの人脈作りは必須で、逃げる訳にはいかない。将来を見据えた自立の為にも、この茶会への参加をその足がかりにしたい」


 俺の台詞にヨシュアがグッと体を硬直させ黙り込む。伝家の宝刀『あなたは良くても私は嫌』の登場だ。どんな人にも他人がどう思うかばかりはコントロールしようがない。命令なんかで変える事は到底できず、誰しも心ばかりは自由だ。そして尊重している相手と自分の意見が食い違っても、尊重しているからこそ渋々でも従わざるを得ないもの。いつも良くしてくれているのに悪いと思うが、そこら辺をよく理解し弁えているヨシュアが相手だからこそ効く言葉だろう。


 まあ、これでなんとか俺の茶会への参加は押し切れただろう。良きかな良きかな。後はそこでサクッと不興を買って、バッチリ悪印象を植え付け、トントン拍子に死刑になるだけ。それでチェックメイト。ミッションコンプリートだ! 顔を俯け固まるヨシュアを前にそんなことを考えホクホクしている俺だったが、次にヨシュアが口にした台詞で、今度はこっちが固まる羽目になる。


「分かった。君がやりたがっている事を私が無理に止める権利もないしな。王太子が主催するこの茶会への参加を応援しよう。ただし、その茶会には君のパートナーとして、勿論私も付き添うからな?」

「……は?」

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