第15話 様々な進展

「うん。ザッとではあるが診た限り、大分回復してきたな。まだ予断を許さない状況ではあるが、最初の頃を思えばずっといい。最近は吐き気もかなり治まってきてるだろう? 今日の昼は滋養が着くように、久しぶりにちゃんとした肉でも食べようか? 勿論、脂身は抜いておく。胃にもたれるし、ギトギトして気持ち悪くなりやすいからな。消化にもよくない。肉じゃなくて、サッパリとした味付けの肴料理でもいいな。勿論、生は駄目だけど」

「虚弱な赤ん坊じゃないんだから、別にそこまで食事内容を気にしなくても……」

「自己管理能力が赤ん坊以下な癖に、何を言ってるんだか」


 何を言うのやらとでも言いたげに、ヨシュアが俺の為に行っている手元の調剤作業から目を逸らさず、そう言ってのける。その軽口に俺は黙って彼の腕に人差し指を突き立て、指先でグニグニとその逞しい腕の筋肉を押し潰すという反応を返した。大して力は込めていないのもあって擽ったいらしく、ヨシュアはそれに小さく笑を零した。この一見意味不明な行動は、俺なりのヨシュアに対する抗議の形だ。


 普通の親しい男同士ならこういう時、馬鹿を言うなと明るく笑って、肘で小突いたり肩を叩いたりするものなのだろう。流石にそれくらいは討伐隊内で何度か見ているので、世間に疎い俺でも知っている。ただ、高位貴族のヨシュア相手に俺みたいな名ばかり貴族がそんな気安い行動を取っていいのか分からなかったし、何より俺はこれまでの人生で親しい相手を全く作ってこなかったので、そういった触れ合いの適切な使い方や力加減というものも分からなかった。


 そもそももって、俺からしてみれば触れ合いというのは力加減からして難しい。聖魔法で無意識に身体能力諸々が強化されている俺が力加減を間違えると、冗談とかではなく本当に相手の怪我に繋がってしまう。はしゃいで抑制を忘れれば、それこそ向こうが死にかねない。かと言って軽口とはいえ黙って言われっぱなしは空気がおかしくなるし、どうせ反応せざるを得ないのなら下手に間違えるよりは、と妥協案で成ったのがこれである。


 最近は事あるごとに、俺はこうしてヨシュアの筋肉を啄いている。話題に上った事がないのでヨシュアの方がこの行動をどう思っているのかは分からないが、少なくとも嫌がってはいなさそうだ。相変わらず表情に乏しく揶揄う度に無表情で腕を啄いてくる俺はなかなか不気味だと我ながら思うのだが、ヨシュアはどこか満更でもなさそうな表情で悠々とされるがままにそれを受け止めていた。


 祝勝パーティーから早10日。いつの間にか、俺達はこうして軽口を言い合う仲にまでなっていた。相変わらずヨシュアが何を考えて俺にここまで良くしてくれているのかは分からないが、それでも毎日は変わらず穏やかに過ぎていく。公爵家令息という他人に傅かれ、恭しく仕えられる立場の筈のヨシュアは、意外な程にまめまめしく細やかに俺の世話を焼いている。


 知識を存分に使って毎日の俺の体調に合わせ細かく調合し直した薬を用意してくれたり、吐き気と目眩が酷くて枕から頭が起こせない時は気が紛れるようずっと辛抱強く隣で手を握っていてくれたり。調子がいい時は体が萎えないようにとこまめに外に連れ出し散歩をさせ、魔力過多のせいで治癒魔法が使えず回復の遅い俺を懸命に励まし、王太子が突撃してくれば進んで矢面に立って追い返してくれる。献身的なその態度に感謝するよりも先に困惑している俺を、恩知らずと責める事も一切ない。そんなヨシュアの看病のお陰で、俺の体はゆっくりとだが、確かに少しずつ回復していっていた。


 この穏やかな日々はいつまで続いてくれるのだろうか? いささかヨシュアの意図が読み取れず不気味ではあるものの、諸々の負担が目に見えて減ってそれなりに楽なので、できる限り長く続いてくれたら助かるのだが。そんな少々罰当たりなことを俺が考えていた頃。が俺の元へと届いた。


「これは……招待状……?」

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